5.
朝の光が城の窓から差し込む中、昨日のおめでたい雰囲気から一転して、城全体は重苦しい空気に包まれていた。
異変に最初に気づいたのは、いつものように朝早く宝物庫を訪れた老いた管理者だった。
「ああ、なんてことだ…!」
彼の震える声は宝物庫で、かすかに聞こえた。
すぐに国王と王妃、ミシェル、ラピス、アレックス、そしてグレイスが集まった。
神聖な台座には、本来残っているはずの4種のダイヤモンドの姿が無くなっていた。
「一体、何が起こったのですか…?」
青ざめたミシェルの声が震える。
アレックスは、宝物庫の床や壁を注意深く調べていた。
「侵入者の痕跡があります」
ミシェルは信じられないという表情をして、
「ダイヤモンドは…全て、どこへいったんだ…?」
ラピスの声にも奥底にある不安が滲んでいた。
グレイスは、神聖な台座を深く見つめながら昨日の儀式で父からラピスに託されていたブルーダイヤモンドの光景を思い出していた。
「これは…ただの盗みではない。ダイヤモンドは、王国の心だ。全てが失われたとなれば…」
国王の言葉は重く、失われたものがどれだけ大切だったものかを思わせた。
「そんなこと…させない」
グレイスが台座を見つめながら言った。
「私が、王国の宝を見つける」
全員がグレイスを見た。
真剣な面持ちで言うグレイスにミシェルは寄り添いながら
「グレイス!?何を言うのです!?」
と声を荒らげた。
「グレイス、何を考えているんだ? ダイヤモンドは危険な力を持つ可能性もある。軽はずみな行動は慎むべきだ」
なだめるように、でもそれでいてしっかりとラピスは言う。
「それでも!無くなってしまったものは見つけないと!」
台座を見つめながら泣きそうに声を荒らげるグレイス。
そんなグレイスをミシェルは見つめて、
「そうですわね…。グレイスだけにそんな大役を務めさせるわけにはいきませんわ」
「お姉様?」
「グレイス…わたくしはあなたの姉ですわよ?一緒に行きます。あなた一人にこの国を背負わす訳ないじゃない。」
「そうだぞ、グレイス!」
ミシェルの後ろからラピスが顔を出して言う。
「軽はずみな行動は慎めと言っただろう。一人で行かせないぞ」
グレイスはミシェルとラピスと顔を見合わせた後、力強く頷いた。
「私も共に参ります。私はグレイス様の護衛を任されておりますし…ミシェル様、ラピス様も同様にお守りいたします。これでも腕はいい方ですし…連れて行って頂けませんか?」
アレックスの言葉に、「もちろん!」と答えるグレイス。
そんなグレイス達を見ていた王と王妃は、心配そうにしていた。
「行かせるしかないのだろうな……。
この状況を打破するには、動くしかないのも理解している。
だが、お前たちに何かあったら……。考えるだけでも不安なのだ」
王は思い悩んでいた。
老いた自分では自分は足手まといなのも理解していたし、王としてディアリスを離れる事は出来ないからだ。
旅は簡単ではないだろう。
こんなこと前例がないのだ。
王妃も戸惑いの顔をしている。
想いは同じようだ。
「行かせてください!どんな道でも必ず、生きてこの国に戻ります」
グレイスの決意は固い。
「…どうか無事で。ラピスもアレックスも一緒なら心強いわ」
王妃はグレイスを見つめ言った。
「皆、頼りにしている。無事に帰還してくれることを願うぞ」
王も覚悟を決めたように言った。
4人は顔を見合わせてから宝物庫を出た。
これからの旅に必要なものの準備をするために。
そして、グレイスはある策を考えていたのだった。
柔らかな日差しが、城の庭園に降り注いでいる。
色とりどりの花々が風に揺れ、甘い香りが空気を満たしていた。
普段は賑やかなこの場所も今日はどこか静かで、今朝のの騒動の余韻が残っているかのようだ。
グレイスは、お気に入りのバラの茂みのそばにある白い石のベンチに腰掛けて、クリスの到着を待っていた。
彼女の表情は、先ほどの宝物庫での** 決意**とは裏腹に、少し緊張しているようにも見える。
クリスが、この事実をどう受け止めるだろうか。
不安と…共に旅に出てほしいという強い願いが。
彼女の胸の中で交錯していた。
その隣にはアレックスも控えていて、空を眺めている。
足音が近づいてくるのが聞こえた。
グレイスは顔を上げると、 クリスが心配そうな眼差しでこちらを見ながら歩いてくるのが見えた。
彼の髪は少し濡れていて、先ほどまで体を動かしていたのだろうと見受けられる。
「グレイス」
クリスはグレイスの前に立つと、そっと声をかけた。
「何かあったのか? 宝物庫でのことは、俺も聞いた。大丈夫か?」
グレイスは立ち上がり、クリスの目を見つめた。
「えぇ…。そのことで、クリス…。実は、あなたに話したいことがあるの」
顔を下に向けながら
「私たち…いえ、私とミシェルお姉様とラピスお兄様とアレックスで、ダイヤモンドを探す旅に出ようと思っているの…」
グレイスはその言葉を伝えると、ゆっくりと息を吸った。
そしてクリスがどう反応するかドキドキしながら言葉を待っていた。
「それなら俺も聞いた。だから、一緒に行く」
グレイスはその言葉を聞くと、クリスを見つめた。
クリスもまた、グレイスをまっすぐ見つめていた。
待つ、のではなく、一緒に行く。
実に彼らしい言葉。
グレイスはその言葉を聞いて、安堵のため息をついた。
「なんだよ、どうした?」
「ううん。よかったと思って。そう言ってくれると思っていたから」
グレイスが微笑むと、クリスも笑った。
そんな二人を見てアレックスも微笑ましくなっていた。
「では、クリス様もご準備をなさらないとですね」
クリスはアレックスの肩をポンと叩くと、
「もう済んでる」
と言葉を返した。