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1.

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「パンはいらんかね〜!焼きたてだよ!」


「お母さーん、あの剣かっこいい!」


「お前にはまだ早いぞ、坊主!」


と、店主が笑いながら声をかける。


街の中で石畳の上を馬車が通り過ぎ、カラカラと車輪の音が響く。


市場の方では果物を並べる商人の掛け声が飛び交い、パン屋の店先からはバターの香りが漂ってくる。


路地では子どもたちが笑いながら走り回り、兵士たちは行進しながら王城へ向かっていた。


「おはよう、グレイス様!」


「おはよう!」


「グレイス様!これ持っていきな!」


「リンゴ!ありがとう!」


グレイスと呼ばれた女の子は、街の中にある教会に向かい走っていた。


走り始めてから20分ほど経っているはずなのに、息も切らさずにいる。


「おはよう、神父様」


教会に着いたグレイスは一人の男性に声をかけた。


「おはようございます、グレイス様。明日は式典ですし、本日はいらっしゃないかと思っておりました」


「そんな事ないわ!毎朝ここに来るのがとても楽しいんだもの。あ、でも明日は来れないわ。ごめんなさい」


と笑いながら言い、教会の扉を入っていった。


ステンドグラスに囲まれたその教会は朝日を浴びて内装をキラキラと染め上げていた。


その中央でグレイスは跪き、祈りの捧げる。


すると、ステンドグラスのキラキラした光がグレイスの体の周りを覆っていった。


〈おはよう、グレイス〉

〈おはよう〉

〈おはよう~〉


周りのキラキラは精霊達であった。


それぞれに精霊達が喋るのは、いつもの事である。


「おはよう、みんな。ねえ、明日は式典なの。だからここに来れないんだ。」


〈仕方ないわ〉

〈ミシェル様の晴れ舞台!!〉

〈うふふ〉

〈わたしたちも観にいくわ〉

〈万歳!〉


「みんな、ありがとう。…お姉様が終われば次は私の番だもの。しっかりと、目に焼き付けて勇者様に恥じないようにするわ。」


〈えらい!〉

〈勇者さまのことならわかるよ〜!〉

〈ディアリス創った人だよね〜〉

〈グレイス、応援してる~〉


「ありがとう!」


そして、グレイスは目の前にある像に深くお辞儀をして教会を出ていった。


教会を出ると、見慣れた顔がそこに居た。


「よっ、グレイス!」


「クリス!中に入ってくれば良かったのに」


彼はクリス。


グレイスの幼なじみである。


貴族の第二世でグレイス初の社交パーティでクリスを見つけ、


『私たち、同じ年なら仲良くしましょう!』


というグレイスの言葉でだんだんと仲良くなって、今に至る。


「嫌だよ。俺、精霊共にからかわれるし」


「ふふ。みんな、じゃれてるだけだよ〜」


「なぁ、グレイス、今日ラピス()ぃ来てるんだろ?」


「あ、うん。さっき門出る時に衛兵さんから着いてるって聞いたよ」


「よっしゃ!稽古つけてもらお!!行こーぜ!!」


駆け出したクリスに


「ちょ、多分そんな暇ないんじゃ…?!」


と追いかけるグレイスがいた。


帰宅すると、稽古場から人の声がたくさんしていた。


ここは国の兵士が毎日使っている場所である。


その中でも一番盛り上がっている軍団がいた。


「いいぞ~!」


「もっとやれ~!!」


こんな声援がたくさん聞こえてくる。


闘技場の中からひときわ盛り上がっている所にグレイスとクリスが歩いて進む。


その中心では、2人の男性が木刀で決闘していて楽しんでいる。


しばらくその様子を見ていると


「あら。グレイスとクリスいらしてたのね」


と、透き通った女性の声が2人の耳に聞こえた。


「ミシェルお姉様!」


グレイスは近づきハグをする。


この女性はグレイスの姉のミシェル。


今決闘中である片方の人と、明日結婚式をあげる予定なのだ。


「全く…結婚式の前日だと言うのに、こんなのんきに決闘している場合なのかしら…」


と言いながら、ミシェルお姉様の口角が少し上がったことに気づいたのはグレイスだけだった。


すると「わーーっっ」と大歓声が起きる。


決闘中である1人はアレックスと言い、グレイスの家庭教師を務めている男だ。


もう片方の男性はラピス。この国の大貴族の一人であり、ミシェルの婚約者である。


ラピスが一歩踏み込んだ。


鋭く振り下ろされる木刀。


だが——


「遅い」


アレックスは軽く後ろに跳び、刃をかわす。


続けざまにラピスの横腹を狙って木刀を突き出した。


しかし、ラピスも負けてはいない。


素早く身をひねり、アレックスの木刀を弾くと、すぐさま踏み込む。


王族の剣術らしい正確な一撃。


「ほう……なかなかやりますね」


アレックスは口元に笑みを浮かべながら、ラピスの連撃を受け流し続けた。


「お前こそ、かわすのが上手いよな……!」


打ち込めばかわされ、かわされた瞬間にカウンターを狙われる。


ラピスは冷や汗をかきながらも、剣を振るう手を止めない。


「なら——」


ラピスは剣を振るう速度を上げた。


風を切る音が増していく。


アレックスもそれに応じるように動きを変え、二人の木刀が何度もぶつかり合う。


激しく交錯する剣と剣。


見守る兵士たちは、思わず息を呑んでいた。


いつの間にか最前列で2人の決闘を見ていたクリスは目をキラキラさせている。


お互いがまた攻撃を仕掛けようとしたその時、


「そこまで」


透き通るような声が響き、二人の剣が寸前で止まった。


ミシェルがため息をつきながら、ゆったりと歩み寄る。


「勝負がつかない決闘を、ずっとは見守れませんわ」


堂々と言い放つ彼女に、ラピスとアレックスは互いに息を切らしながら視線を交わし、やがて笑った。


「確かにその通りだな」


「ラピス様、また腕をあげられましたね」


互いに手を伸ばし、がっちりと握手を交わす。


周囲にいた兵士たちが、一斉に拍手を送った。


「やっぱラピス()ぃ、すげぇな!アレックス師匠もさすがだ!」


決闘を見守っていたクリスが、目をキラキラ輝かせながら駆け寄る。


「クリス。おはよう。お前もアレックスに稽古をつけてもらっているんだろう」


「そうだけどさぁ……師匠の稽古は命がいくつあっても足りねぇよぉ!」


楽しげに笑い合う三人。


その様子を見つめながら、グレイスは思わず口元を綻ばせた。


「アレックス!流石ね!」


「グレイス様。お褒めの言葉、痛み入ります。ラピス様の剣筋も以前より格段に冴えておりました」


汗を服の裾で拭きながら声をかけるアレックス。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。アレックス、お前はまだまだ衰えていないな」


アレックスは少し驚いたような表情を浮かべ、すぐラピスに向かって軽く笑った。


「まぁ、男性陣は朝から汗を流して大変ですこと。でも、わたくしの晴れ舞台をお忘れになっては困りますわよ。」


そう言って優雅に扇を広げ、微笑むミシェルに、ラピスが目を細める。


「もちろんだよ、ミシェル。明日は、最高に美しい君をこの目に焼き付けるつもりだ」


「ふふっ、それは楽しみにしていてくださいまし。」


ミシェルが幸せそうに微笑むのを見て、グレイスとクリスが顔を見合わせる。


「うおぉ~、なんか大人の雰囲気!」


興奮した様子でグレイスの肩をつつく。


「ミシェルお姉様、いよいよ明日、お嫁さんになるのね……」


「そうよ?あなたもしっかり目に焼き付けて、これからの参考になさいな。」


「はい、お姉様!」


元気良く答えたグレイス。


ずっとソワソワしてたクリスが、


「ラピス()ぃ!落ち着いたら俺とも手合わせしてくれよ!」


とラピスに声をかける。


「おう!やるか!!」


と、2人でワイワイしながらその場を去っていった。


「本当に、もう・・・」


と、ミシェルは飽きれながら笑い、2人の決闘を近くの椅子で見守る事にした。


グレイスも隣に座り、アレックスはその後ろに着く。


「お城の中は結婚の準備で慌ただしいのに、私たちはこんなにまったりしていていいのかな?」


「最終確認は終わりましたし、わたくし達がやるより使用人達に頼んで素敵な式になるよう準備をして頂く方がいいですわ」


「お姉様のために、みんな一生懸命なのね」


「ええ…でも、それだけじゃありませんわ」


「え?」


「これは、王国の未来を担う大切な結婚式ですもの。使用人達の気合いが伝わりますし……だから、わたくしは明日、最高の花嫁になりますわよ」


ディアリス王国の未来の女王となるミシェルはその瞳に誇りと覚悟を宿していた。


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