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無骨な騎士団長に溺愛されるなんて!? 服飾オタクの私、アンティークドレスごと異世界召喚──“魔力刺繍”で最強聖装を仕立てたら、王国の救世主になりました

作者: きせまる

 路地裏で見つけたアンティークショップの奥で、私は運命を変えるドレスに出会った。


 奥沢香織。古びたミシンを相棒に、夜な夜な服のリメイクに勤しむ。アンティークレースや刺繍に目がなく、自他共に認める“服飾オタク”。


 ロココやヴィクトリア朝の刺繍を愛してやまないけれど、周りは誰も興味を示してくれず、いつも浮いた存在。


 だからこそ、こういう古めかしい店に来ると、自分だけの世界に浸れる気がして嬉しい。


 店奥で見つけたガラスケースの中には、繊細な金糸とレースが幾重にも重なった華麗なドレスが鎮座していた。


 まるで昔の宮廷舞踏会から抜け出してきたかのようなオーラがあり、吸い込まれるように視線が固定される。


 あまりの美しさに思わず手を伸ばした途端、鋭い電流が指先を駆け抜けた。


 思わず腕を引っ込めようとしても、何かが私を引き寄せるように、ドレスが腕に巻き付いてきた。


「え……ちょ、ちょっと待っ――」


 目の前が急に暗転し、立っていられなくなる感覚。遠くで、ガラスの割れる音が聞こえたような気がした。







「……聖女様、しっかりなさってください!」


 どこかで男性の声がする。うっすらと瞼を開けると、石造りの床が視界に広がっていた。


 まるで西洋のお城にいるような、冷たい空気と石のにおいが鼻をかすめる。


「え……ここ、どこ……?」


 私は慌てて上半身を起こす。すると、自分の身を覆っているドレスがまさに先ほど手に取ったアンティークドレスそのもの……どころか、まるで誂えたようにサイズがぴったり合っている。


 ファスナーを探したが、背中の方までピタッと吸い付いているようで、脱ぐ隙間がまったくない。


 目の前に跪いているのは鎧をまとった男たち。


 金髪や茶髪の若い兵士が「大丈夫ですか、聖女様!」と心配しているが、何がどうなっているのかサッパリ分からない。


 さらに奥では、背の高い青年がこちらをまじまじと見つめていた。


 綺麗に短く切りそろえた濃紺の髪をした、端正な顔立ちの青年。


 腰には美しい装飾が施された剣を帯び、鎧の胸当てにはライオンの紋章が刻まれている。威厳のある雰囲気だ。


「聖女様……私たちは、サン・リュエール王国の騎士団です。どうか、名をお聞かせください」


 彼が一歩近寄って頭を下げる。私は思わず後ずさりしてしまい、背後の壁にぶつかった。


「あ、あの……奥沢香織と申します。日本から来ました」


「奥沢、カオリ……。珍しい、そして美しい響きですね」


 ユリウスは小さく首を傾げた後、居住まいを正す。


「はじめまして、私は騎士団長のユリウス・ランバール」


 そう名乗ると、彼は恭しく一礼した。


「あなたをここにお呼びしたのは、私たちの女神へ祈りを捧げる儀式の一環……“聖装クラリティ”の召喚です」


「クラリティ? あ、このドレスの名前……?」


 胸元の刺繍に視線を落とすと、不思議なことに金糸が微かに光を放っている。


 まるで布が自ら鼓動しているかのようだ。すると突然、頭の中に女性の声が響いた。




(あなた、服を愛しているのね? 私の布地にも随分感嘆してくれたわね……嬉しいわ。私は聖装クラリティ、この世界を守るために存在する“魔装”よ)




「えっ、だ、誰……?」


 自分の言葉に周囲が怪訝そうな顔をする。どうやら今の声は私の脳内にしか届いていないらしい。


(私はドレスそのもの。あなたの服飾センス、布地への関心、どれも大いに評価しているわ。だから、あなたをこの世界に呼んだの)


 ドレスが自分でしゃべった……? 耳を疑うが、どうやら本当に私の思考に直接語りかけているようだ。


 クラリティと名乗るこのドレスには、自我があるのか。


 さらに周囲を見回すと、そこはどうやら城の廊下らしい。


 窓から見える風景は、日本では見たことのない石造りの街並みが広がっている。


 ここはどうやら別の世界。つまり私は“異世界召喚”されてしまったということになる。


「私、本当に普通の人間で……なんで私が召喚されるの?」


 目の前のユリウスが神妙な顔で答える。


「先ほどの儀式書によれば、“服を深く愛し、その本質を理解する者”でなければクラリティは応じない……とありました」


 服を深く愛し……まさか、ただの服飾好きのわたしが?


「歴代の試みはことごとく失敗してきたのですが、今回、ついにあなたが現れたのです。つまり真の“聖女様”として選ばれたのですよ」


 騎士団の面々はそれを聞くと感嘆の声をあげて喜び、「この日をどれほど待ったことか……!」と涙ぐむ者もいる。


 私は正直、それどころではないが、どうやら私が“伝説の装備であるクラリティを使いこなせる存在”としてこの国に歓迎されているらしい。


(あなたなら、私を使いこなせる。なんといっても、現代日本でも限られた人しか持っていないような服飾への深い知識と愛情を、あなたは持っているから)


 クラリティの声が嬉しそうに響く。


 服への理解の深さ、仕立てや刺繍へのこだわり……そんなものが役に立つなんて思いもしなかった。


 私は困惑しながらも、少しだけ胸がときめく。


 もしかしたら、誰にも理解されなかった私の“服オタク”ぶりが、この世界では肯定されるのかもしれない。


「で、でも……あなたを使いこなせるって、つまり魔法とか、戦うとか、そういうこと……?」


 騎士団長のユリウスは目を伏せ、静かに言葉を継ぐ。


「はい。この国は、数十年前まで“魔獣”に悩まされていました」


 突然の”魔獣”という言葉に、私は息を呑む。


「先代の聖女様がクラリティの力を発揮し、封印を施してからは平和でしたが、近年、その封印が弱まり始めていて……再び魔獣の被害が出ています。あなたにはどうか、この国を……」


 彼はそこで言葉を切り、膝を折った。騎士や兵士たちも一斉に頭を下げてくる。


「助けていただきたいのです、聖女様。どうか、クラリティの力をもって、魔獣の脅威から国を救ってください」


 まさか「服を愛する者」は国を救う役目を負う……。なんという展開だろう。


 だけど彼らの真摯な姿に嘘は感じられない。私が断ったら、また多くの人が犠牲になるのだろうか。


 元の世界に帰る方法すら分からないし、こんな服飾バカな私を、それでも必要としてくれている――。


「分かりました。私にできるか分からないけれど、精一杯やってみます。私に何ができるか分からないけれど、この……ドレスの声も聞こえるし……」


 そう答えると、クラリティが誇らしげに布を揺らす。まるで「待ってました」と言わんばかりだ。


(ええ、あなたなら大丈夫。それに私の刺繍や縫製、もっと見てちょうだい。あなたの知識が加われば、私はもっと強くなる)


 私は戸惑いつつも、どこかワクワクしてしまう心を抑えきれなかった。


 


 翌日、私は王城の一室で、クラリティを改めて観察する時間を与えられた。


 脱ごうとしてもファスナーが下りないし、布も私の身体に吸いつくように張り付いているが、袖口やスカート部分は手のひらで触れる。


 こうして生地を調べてみると、緯糸よこいと経糸たていとの合間に、金色に光る不思議な繊維が縫い込まれているのが分かった。


「この金糸、魔力の通り道になってるみたい……。でも、ここだけ綻びてる。あ、ほら、ほつれてるところに魔力が漏れてるかもしれないね」


(さすがね、カオリ。ここ、先代が最後の戦いで傷を負ったとき、私も一部を損傷してしまったの)


「ってことは、これをきちんと縫い直せば魔力効率が上がりそうだね。ええと、針や糸は……?」


 するとドレスの胸元が微かに光り、室内の机の上に、裁縫道具が現れた。


 騎士たちが「何事!?」と驚きの声を上げるが、私には自然と分かる。クラリティが私を通じて具現化させたのだ。


 彼女は“刺繍や縫製の修理”を望んでいるのだ。


「ちょっとやってみるね……」


 私は細い針に特別な糸を通し、ほつれた箇所を丁寧に補修していく。


 ミシンはないが、アンティークのコルセットやレース服を手縫いしてきた経験が私にはある。


 ちょっと変わった撚糸の通し方や、裏地に接着芯を貼る技術を駆使して、魔力繊維を破れた箇所に固定した。


「よし……こんな感じかな。あとはステッチで飾りを入れて……」


 集中して縫っているときの幸福感は、私の原動力だ。ひたすら無心で針を動かす。好きこそ物の上手なれ、とはよく言ったものだ。そうするうちに、魔力が自然と循環してくるのを感じる。


(……すごい。まるで私が生き返るような感覚)


 クラリティがうっとりとした声を上げる。


 最後に玉留めをきゅっと結び、針を引き抜いた瞬間、ドレス全体が金色に輝き出し、私自身もふわりと浮き上がりそうなほどの力を感じた。


「え……?」


 部屋の窓がカタカタと音を立てるほどの衝撃。外で待機していたユリウスが、慌てて部屋に駆け込んできた。


「カオリ様、今の揺れは……何が起こったのですか?」


 私はスカートの裾を慌てて抑えながら、「い、今の私、すごい力を感じる……」と正直に言う。


 クラリティの魔力が流れ込みすぎて、身体が熱い。でも痛みや苦しさはなく、むしろ胸が高揚感で満ちていた。


(もう一度、魔獣封印の儀式を行うなら、かなり強力な力を発揮できるはずだわ。修繕してくれて本当にありがとう、カオリ)


「いえ、私こそ、こんなに大きな力になれるなんて思わなかった」


 私は苦笑しながら針山を片付ける。ユリウスがそんな私の姿を目を丸くして見つめている。


「まるでドレスと会話しているかのようですね……」


 ユリウスは驚嘆の息を漏らす。


「いや、実際に会話しているのか」


 彼は信じられない、といった表情で私とドレスを交互に見つめた。


「先代の聖女様でさえ、ここまで自然にドレスを修繕することはできなかったと聞いています。あなたは本当にすごい」


「そ、そんな……私はただの服飾に魅了された者だよ。直すべきところを直しただけ」


「ですが、その繊細な作業が、クラリティの力を高める決定打になったのです。やはり、あなたこそが真の聖女様なんだ……」


 ユリウスの瞳にはまるで憧れの光が宿っていた。


 今まで私の趣味を認めてくれる人なんていなかったのに、こんなふうに素直に称賛されるのは人生初めてかもしれない。胸が熱くなる。




 しかし、その平和な時間も長くは続かなかった。

 

 封印が弱まっている影響か、王都の外れに魔獣が出現したとの知らせが入り、私は急遽ユリウス率いる騎士団とともに現場へ向かうことになった。


 荒野の向こうに広がる森の手前で、村が炎に包まれている。


 何体もの黒い影が村人を追い回していた。


「あれが魔獣……!? すごい大きさ……」


 獣の形をしているが、皮膚は黒い鱗のようで、所々赤く発光している。口から紫色の瘴気を吐き、辺りには不穏な瘴気が渦巻いていた。


「騎士団は村人の救助を! 聖女様は、後衛から浄化の魔法を!」


 ユリウスが的確に指示を飛ばし、私の近くに盾を構えた兵士が配置される。ドレスが微かに震えているのが分かる。


(カオリ、やりましょう。私たちの力を試すのよ)


「う、うん……」


 私は恐る恐るスカートの裾をつかみ、身のこなしを整える。


 クラリティから伝わる魔力の流れを意識しながら、自然に言葉が口をついて出た。


「――『《ホーリードレス・リフレクション》!』」


 すると、私の身体を包むドレスから金色の紋章が空中に浮き上がり、辺り一帯を覆うようにドーム状の結界を形作った。


 剣や槍を手にした兵士たちが魔獣に突進していくと、結界の内側からは浄化の光の粒が降り注ぎ、魔獣の体をじわじわと焼いていく。


「ぐるるる……!」


 魔獣が唸り声を上げ、こちらへ鋭い爪を振りかざすが、結界がその一撃を弾き返す。


 騎士たちも一気に攻勢に転じ、魔獣の足元を狙って切り込んでいく。


 村に残っていた人々は、兵士の誘導で避難を開始する。


 私は祈るように目を閉じ、さらに結界の出力を高めようとする。


(ここでもう一歩、ステッチを……!)


 脳裏に浮かぶのは、ドレスのあちこちにある魔力刺繍。


 どのラインを強めれば広範囲を覆う浄化結界が作り出せるか、布の作りから推測する。


 私は布を手のひらでなぞりながら、魔力の通り道をイメージする。


「……よし……! 『《ホーリードレス・アブソーブ》!』」


 その瞬間、魔獣の吐き出す紫の瘴気を結界が吸い込み、浄化してしまった。


 凶悪な瘴気は光の粒子となり、空へと昇っていく。


 魔獣は完全に力をそがれ、うろたえるように後退を始める。


 それを騎士団が一斉に追い立て、逃げ場を失った魔獣は絶叫とも悲鳴ともつかない声をあげて地面に倒れ込んだ。


「や、やった……?」


 大地が揺れるほどの衝撃の後、黒い塵のようになって魔獣は消滅した。


 私は思わずその場に膝をつく。


 勝手に出てきた魔法の詠唱もすごかったが、何より服の知識を応用できたことで、ここまで大規模な浄化が成功したことに震えが止まらない。


「聖女様、ありがとうございます……! あなたのお力で多くの村人が救われました!」


 近くにいた兵士が私に駆け寄り、興奮冷めやらぬ様子で頭を下げる。


 その後、ユリウスが手勢をまとめているのが見えた。彼は私を見て、深く一礼して穏やかに微笑んだ。


「すばらしい……」


 ユリウスは感嘆の声を漏らし、そして力強くうなずいた。


「あなたが本気を出せば、封印の儀式もきっと成功するはず」


 彼は確信に満ちた表情で、私を見つめる。


「さすが、服飾知識をもってクラリティを修繕した聖女様だ」


 こんな評価を受けるのは、私の人生で初めてだ。


 自分の好きなことが誰かの役に立つ喜び――それも命を救うほどの大仕事になるとは。


 私は怖さもあったけれど、それ以上に報われた気がして、胸がいっぱいになる。




 その夜、私は王城でささやかな祝勝会に招かれた。


 魔獣撃退に成功したばかりで騎士たちも疲れているはずなのに、「聖女様の初陣を祝おう」と皆が集まってくれたのだ。


 私も緊張しながらテーブルの端に座り、軽食を口にする。


「カオリ様、本当にありがとうございました。まさか、こんなにも早く魔獣を倒してしまうなんて、さすがクラリティに選ばれた方です」


 玉座にいる国王が丁寧に言葉をかけてくれる。


 周囲の貴族たちも口々に「素晴らしい」「まさに聖女様」と讃えてくれ、居心地の良い空気だ。


 とはいえ、ちょっと浮き足立ってしまう。


「で、でも、私、そんな大したことは……。ドレスの魔力と、ほんの少し修繕しただけで……」


 照れくさそうに俯く私に、ユリウスが優しく微笑みかける。


 その瞳が、いつになく熱っぽい気がしたのは気のせいだろうか?


「何を仰る。あなたこそ、真の聖女様です」


 そう言って、彼が私の手を取った。大きな、それでいて温かい手に、心臓が跳ね上がる。


「あなたの服飾知識と、たゆまぬ努力がなければ、クラリティはあれほどの力を発揮できなかったでしょう」


 そこで一度言葉を切ると、小さく息を吐く。まるでこれまでの日々を思い返しているかのようだ。


「先代の聖女様でさえ、ドレスを完全には修繕されなかったと聞きます。まさか今になって復活し、大きな効果を発揮するなんて……」


 そして、彼は再び私の目を見て、柔らかく微笑んだ。


「私たちがどれほど心強い思いか、きっとあなたには想像もつかないでしょう」


「……そんなふうに言ってくれて、ありがとうございます」


 私は目を伏せながら、ほのかに頬が熱くなるのを感じる。


 ユリウスはそれに気づいたのか、小さく微笑んで隣に腰掛けてきた。


 普段は凛々しい表情の騎士団長が、今日は少し柔らかい雰囲気に見える。


「カオリ様のように、古いものを大切に扱って、それを活かそうとする姿勢。私も感銘を受けています。――実は、昔から私、父の代から受け継いだ鎧や剣を大事にしていて……でも周囲には“時代遅れ”と言われていたんです」


「時代遅れ……ですか?」


 ユリウスは肩をすくめて笑う。


「はい。新品の鋼や魔法具のほうが性能が上だと、周囲は言うわけです」


ユリウスはそう言って、窓の外に目を向けた。星が瞬く夜空が広がっている。


「でも私は、古い鎧には歴史が刻まれていると思うのです」


まるで自分に言い聞かせるような口調だった。


「使い込むほどに馴染む良さがある……それこそが、他には代えがたい価値だと、そう信じています」


彼は再び私の方を向き、静かに微笑んだ。


「あなたに初めて会ったとき、なぜか他人事とは思えなかったんですよ」


 まるで共感し合える仲間を見つけたような心地良さだった。


 こんなに自然に話せるなんて、現代の日本ではありえなかった。


 私が服に対する熱弁をしても、白い目で見られたり、興味なさそうにスルーされて終わりだったから。


 そしてふと、ユリウスが真顔になり、視線をまっすぐこちらに向けて言った。


「……カオリ様、もし本当に魔獣の封印が解けつつあるなら、今後はさらに強大な敵が現れるでしょう」


 ユリウスはそこで一度言葉を切り、カップを置いた。


「あなたには厳しい戦いを強いるかもしれない」


 まっすぐな瞳が私を見つめる。


「ですが、私は誓ってあなたを守ります。あなたがいてくれれば、この国には未来がある。――だから、どうか一緒に戦ってください」


 私は一瞬言葉に詰まった。守るだなんて、こんな立派な騎士に言われるのは初めてだ。


 男女の関係とか恋愛の話とは違うかもしれない。


 でも、その瞳はとても熱意に溢れていて、どこか胸が苦しくなるほどの思いを感じる。


 自然と、私は彼に向かって微笑んだ。


「こちらこそよろしくお願いします。私にできることは少ないかもだけど、服と縫製の知識なら誰にも負けないです。クラリティをもっと最強に仕上げてみせます」


 その言葉に、ユリウスは目を細め、「なんと頼もしい」と笑った。




 そして翌朝、私とユリウスたちは王城の最奥にある“封印の間”へと通された。


 ここは先代の聖女様が命を賭して魔獣を封じ込めた場所であり、再度強化の儀式を行えば、完全な平和を取り戻せる可能性があるという。


 しかし、その途中で突然、警備兵が駆け込んできた。


「緊急事態です! 結界に亀裂が入り、魔獣が結界の隙間から……!」


 想定より早いタイミングで飛び出してきた魔獣たちは、封印の間の隅にある巨大な水晶に黒いヒビを走らせている。


 そこから溢れ出す闇の瘴気が床を染め、数匹の魔獣がうごめき始めていた。


「……くっ、来ましたね。ここは私に任せてください、聖女様」


 ユリウスが鋭い眼差しで魔獣を睨みつけながら、素早く私を背後にかばう。そして、腰の剣を引き抜いた。


 私はドレスの布を強く握りしめ、刺繍のラインを頭に思い浮かべていた。巨大な魔獣が咆哮し、今にも私たちに襲い掛かろうとしている。


「このままじゃ、結界を張り直す時間がない……!」


(カオリ、焦らないで。私を信じて、縫い目を解いて再構築するのよ!)


 クラリティの落ち着いた声が頭に響く。でも、震える身体は簡単には言うことを聞いてくれない。


 その時、魔獣が太い腕を振りかぶり、ユリウスに向かって振り下ろした。


「危ないっ……!」


 私は、悲鳴にも似た声を上げていた。


 ユリウスは私の前で、容赦なく振り下ろされる魔獣の腕を剣で受け止めた。


 火花を散らしながら、ユリウスは懸命に押し返す。


 魔獣の力に腕が軋んでいるのが分かる。それでも振り向きざまに、彼は私に強い視線を送った。


「縫い直しが必要なんでしょう? ここは任せてください」


 ユリウスはそう言うと、魔獣に斬りかかる。


「必ずお守りします、私の、大切な人」


 その横顔は、一瞬だけ私に向けられた。


「あなたの力がこの国を救うんだ……どうか、最後まで信じて!」


 その瞳には迷いがなかった。私は胸が熱くなるのを感じながら、懸命にうなずく。


「……分かった。ありがとう……! 私、やってみる!」


 私は思い切ってスカートの裾にはさみを入れ、刺繍の根幹を解き始めた。


 騎士たちが必死に魔獣を引きつけ、ユリウスがどこまでも私の盾となってくれている。


 布を大きく広げて構造を組み直し、金糸を通して魔力の流れを再配置する――時間との勝負だ。


 クラリティの魔力が私に注がれるおかげで、針が信じられない速さで動き、形を変えるドレスが急激に輝きを増していく。


「もう少し、あと一針……っ!」


 最後の一針を引き締めた瞬間、ドレスは全く新しいシルエットへと生まれ変わった。


 元の優美さを保ちながら、肩や腰のラインに集中した金の刺繍が魔力を一元化し――それはさらに強大な力を生み出していた。


「――『《グロリア・クラリティア》』!!」


 自然に頭の中から溢れ出した新たな呪文を口にすると、金色の光が爆発的に広がって封印の間全体を覆いつくす。


 咆哮していた魔獣は光の奔流の中で動きを止め、断末魔をあげながら闇の塵へと還っていく。


 ヒビ割れていた水晶も、眩い輝きに包まれて修復されていくのが見えた。


 大地を揺らした衝撃が、次第に静寂へと変わっていく。


 私は荒い息をつきながら、その場にペタリと座り込んだ。


 改造したドレスが、これほどの力を発揮するとは……。


「やった……カオリ様、あなたは本当に……」


 ユリウスは駆け寄って私の肩を支え、苦笑しながらもどこか崇敬の眼差しを浮かべている。


「すごいなんて言葉では足りませんね。ドレスを完全に仕立て直し、この危機を一瞬で終わらせるなんて……!」


「い、いえ……ユリウスさんが守ってくれなかったら、私は最後の針を通せなかった。だから……ありがとう」


 息も絶え絶えの私に対し、ユリウスはぎゅっと手を握り返して優しく微笑む。


「いいえ、こちらこそ。あなたの存在こそ、私にとって――」


 ふと、周囲の騎士たちが立ち上がり、一斉にこちらを見つめていることに気づく。


 ユリウスは少しだけ頰を染め、言葉を区切って小さく咳払いをした。


「……とにかく、封印は再び安定し、魔獣の脅威も一掃できたようです」


 ユリウスはそう言うと、周囲を見渡した。


「あなたがいてくれれば、この国はきっと救われる」


 それから、私の目を見て、優しく微笑む。


「どうか、これからも私の隣で――この世界を守るために力を貸していただけますか?」


 そう言って差し出される手を、私はためらいなく握り返す。


 誰にも認められなかった“服飾オタク”な私が、ここでは必要とされている。


 ドレスのぬくもりと、ユリウスの頼もしさを感じながら、私ははっきりと微笑んだ。


「もちろん。こちらこそ、よろしくお願いします――!」


 誰にも評価されなかった私の“服飾オタク”ぶりは、この世界でこそ認められる――そして、愛される。


 私はクラリティをしっかりと抱きしめながら、今度こそ確かな幸せを噛みしめた。

 読んでいただきありがとうございます!


 少し変わった異世界召喚物、楽しんでいただければ幸いです。


 感想、評価、励みになります!

 

 今回の作品は短編ですが、服に着られて変身してしまうドタバタTSコメディーも連載中です。


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