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初めての彼女

 目を覚ますと目の前には彼女が寝ている。

 まだ、薄暗い朝日が差し込み、部屋の中を淡く照らす。

 気持ちよさそうに眠る彼女の寝顔。

 それだけで十分と思えるほど幸せな光景。


 彼女を起こさないように静かに起きる。

 思い立ったようにキッチンに向かう。

 昨晩のお礼に朝食を振る舞おうと考えた。

 出来上がったのは不格好で黄身が漏れた目玉焼きと、少し焦げてしまったウインナー。

 予想以上にうまく出来なかったことが悔しくて、シンクに投げ捨ててしまいたくなる。


「美味しそう」


 耳元で囁きながら背後から抱きついてきた彼女。

 いつの間にか起きていたようだ。

 テーブルへ朝食を運ぶと写真を撮りだす彼女。

 写真家のように色々な角度から写真を撮っている。

 そして、不格好な朝食を「美味しい」と、ニコニコ笑いながら食べる姿に嬉しくなる。



 この休日は自分の話を色々とした。

 武史との思い出、仕事の愚痴、最近の出来事。

 彼女は微笑みながら、ずっと聞いてくれた。

 左腕の傷の話になると、酒の飲み過ぎを注意された。

 傷をそっと撫でる彼女の優しさが染みる。

 そして、楽しい時間は一瞬で過ぎていく。


 自宅に帰る彼女を駅まで送る。

「鍵係でなければ、もう少し一緒にいれたかもしれない」

「残業がなければ平日も気楽に会えるのに」

 溢れ出すと止まらない愚痴。

 もう帰らないといけない彼女を、引き止めたかったのかもしれない。

 楽しかった彼女の時間の最後が、こんな愚痴で終わってしまうなんて……。


「また、すぐに会えるから……」


 人目も気にせずにそっと抱きしめてくれる彼女。

 溢れ出しそうな涙を堪えて見送る。

 うまく笑えているだろうか?

 彼女の笑顔も少し暗い気がする。

 走り出す電車。彼女を連れ去る電車が憎く感じてしまう。

 家に帰ると通知が一件。


「もし、明日残業で遅くならなかったら会いたいな」

「もちろん。明日は残業にならないように頑張る」


 明日も会えるかもしれない。

 寂しさで暗く沈んだ気持ちが、一気に嬉しさで明るく照らされる。

 仕事を早く終わらせて、残業しないようにする事を決意した。



 仕事中も彼女のことを考えてしまう。

 だが、会うためには集中しないと。

 男として一段成長した気分の俺は、バリバリと仕事をこなしていく

 飛び込み営業から戻って事務処理を次々に処理して、少しでも早く仕事を終わらせる。

 いつもより早く終わった仕事。だが、珍しく帰らない部長。

 部長が帰らないと鍵が閉められない。そして、恐る恐る部長に話しかける。


「あの、用事があるので、鍵を任せていいですか?」

「この私に明日の朝鍵を開けろとでも!?」


 苛ついた表情で八つ当たりする部長。

 ただ、時間だけが過ぎていく。

 何時に終わるか聞きたいが、忙しそうな部長を前に聞くに聞けない。

 気が付くと時間が飛び、部長はそこにはいない。

 そして、一通のメッセージ。


「今日は帰るね。無理しないでね」


 椿さんに会えない。その悲しみで怒り狂いそうになる。

 部長のことが許せない。明日、目が合うと手が出てしまうのではないかと思うほどに。


 もしかしたら、家の前で椿さんが待っていたりして。

 淡い期待を胸に帰路に就く。

 だが、彼女がいるわけもなく……。


 翌日、暗い気持ちのまま向かう会社。

 早く週末になってほしいが、この程度のストレスでは飛ばない時間。

 また、自然と薬に手を伸ばしてしまう。


 日をまたいでも消えない部長への怒り。

 一発殴ってやりたい気持ちを押さえて仕事を始める。

 だが、部長がやって来ない。

 連絡もないようで、社長が怒りを露わにする。


 それから部長が再び会社に来たのは二週間後のことだった。

 部長は階段から足を踏み外して、怪我をしてしまったらしい。

 頭には包帯を巻き、足は引きずっている。

 正直、ざまあみろと思った。

 怪我が原因とはいえ、二週間も無断欠勤して社長にこっぴどく叱られたのだと思う。

 キョロキョロと周りの様子を伺い怯えた様子の部長。そんな怯えた部長に呼び出された。


「鍵係のことなのだが、明日からは私がやるから……」


 どういう風の吹き回しだ!? 人が入れ替わったのか!? それとも、社長からの罰なのか!?

 だが、こんなにラッキーなことはない。

 これで、椿さんと会う時間が増えそうなことに、気分は舞い上がっていた。

 そして、すぐにメッセージを送る。


「残業の時間が減るかも。椿さんにもっと会えるかも」

「やったね! 早速、今日会いたいね!」


 そして、急いで仕事を終わらせる。

 差し迫る退勤時間。このままでは残業になってしまう。

 焦るが終わる目処が立たない。

 すると、部長がやってきた。


「後は私がやっとくから」


 キョロキョロと周囲を見渡して仕事を巻き取る部長。

 本当に部長なのか!?

 急な変化に戸惑いながらも、これで椿さんに会えると思うと嬉しくて堪らない。


「もう仕事終わったよ」

「じゃあ、今から駅に向かうね」



 それから、毎日のように仕事の帰りに会うのが日課になっていた。

 彼女との日々がまるで精神安定剤のように、心を穏やかにしていく。

 毎日のように飲んでいた酒も、頼らなくても問題なくなった。

 だが、薬だけは止めることが出来ない。

 完全に依存していたと思う。もう、嫌なことに耐えられる自信はなかった。




「同棲とか……してみない?」


 お付き合いを始めて一ヶ月位経った頃、椿さんの唐突な提案。

 彼女は照れくさそうに顔を赤らめる。

 たしかに、毎日のように会うのが日課になっていた。

 同棲をすればもっと椿さんと一緒にいられる。


「もちろん!」


 拒否する理由もない。むしろ、嬉しいくらいだ。

 彼女の家に行ったことはなかったが、どうやら俺の家より広いらしい。

 俺が彼女の家に転がり込む形で、同棲することになった。


 週末、初めて彼女の家にお呼ばれする。

 自分のアパートが犬小屋に感じるほど、大きなマンション。

 しかも、部屋は最上階。街を一望出来る景色。

 なんと、このマンションのオーナーらしい。

 ご両親の所有物を生前贈与してもらったようだ。


 部屋の広さも俺の家の倍以上はありそうだった。

 白色を基調とした綺麗な部屋。オシャレなインテリアに壁に掛けられた絵画。

 テーブルいっぱいに並べられた料理を前に、張り切りすぎたと笑う椿さん。

 この少し天然な部分も愛おしい。


 高級店に来たのかと錯覚するほど豪華な料理。

 彼女の頑張りが嬉しくて、いつもよりいっぱい食べてしまう。

 そんな俺にスマホを向ける椿さん。

 彼女が写真を撮る度に思い出が増えている気がした。


「今日は泊まっていく?」


 恥ずかしそうに髪を弄りながら話す椿さん。

 断る理由もない。即答で承諾する。

 嬉しそうにはにかむ椿さん。だが、急に彼女の表情が暗くなる。

 何事だ!? 突然の彼女の変化に背中に冷や汗が流れた。


「どうしたの? 何か嫌なことあった?」

「違うの……。いつになったら “()()” って呼んでくれるのかなって……」


 たしかにそうだ。付き合ってからも名前で呼んだことがなかった。

 もしかしたら、ずっと名前で呼んでほしかったのかもしれない。

 意を決して彼女の名前を呼ぶ。


「真夜さん!」

「はい!」


 満面の笑みで返事をする彼女が可愛くて。この笑顔をずっと守りたくて。

 ずっと彼女のそばに居たくて。彼女を幸せにすると心に誓う。


 寝室にはお姫様が寝ていそうな、優雅でオシャレなフレームの大きなベッド。

 ふかふかのマットレスが気持ちいい。

 二人で寝ても余裕がありそうだった。


「この “ウォークイン クローゼット” は開けないでね」と照れくさそうに笑う彼女。

 女性のクローゼットを開けるのは野暮だなと思う反面、開けないでと言われてしまうと見たくなってしまう。


11/22~11/24で全話投稿されます。


評価してもらえると嬉しいです!

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