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初めてのデート

「今日は早く来たのに……」


 一時間前から待っていると椿さんもすぐに現れた。

 眩しいほど白いシャツに、淡いピンクのロングスカート。


 少し悔しそうにはにかむ姿に、思わず見惚れてしまう。

 そして、メッセージでは出来ていた会話が、頭が真っ白になって急に思いつかなくなる。

 リードすると意気込んでいたはずが、体が硬直したかのように動かない。

 そんな俺の手を引いて映画館へ導く椿さん。

 自分の手が汗ばんでいないか気になりながら、女性の柔らかい手に感動する。


 映画館の座席は思いの外狭く、近づく二人の距離。

 まだ、上映前だから写真を撮ろうと言う椿さん。

 彼女はポップコーン片手に俺にポーズを求める。

 そして、二人でも写真を撮る。さらに、近づく距離。

 シャンプーだろうか? 少し甘い香りが俺を包む。



 椿さんはホラーが好きらしい。

 正直、ホラー系は苦手だったが、思わず好きと嘘をついたことを後悔している。


「楽しみだね」


 耳元で囁く彼女の声に心臓を鷲掴みされる。

 隣の椿さんにも伝わってしまうのではないかと思うほど心臓が高鳴っていた。


 映画の冒頭でポップコーンを取る手が重なって慌てて手を引く。

 目が合うとニコっと笑う椿さん。

 映画上映中は再び手が重なる事を期待しながらポップコーンに手を伸ばす。



 スプラッター映画の残酷なシーンに思わず目を背けてしまう。

 だが、椿さんは夢中で映画に釘付けになっていた。

 前のめりに見る彼女の横顔を、横目でチラチラと見てしまう。

 映画の光が反射するその整った横顔に、思わず見惚れてしまった。


 映画は終わりトイレに向かうついでに、ポップコーンやジュースのゴミを捨てに行ってくれる椿さん。

 さり気ない彼女の優しさに心引かれる。

 夕食まで時間があるため、喫茶店で映画の感想を話し合うことに。

 だが、正直映画の感想はよくわからない。

 デートの緊張と映画の恐怖で感情はぐちゃぐちゃになっていた。


「映画どうだった?」

「綺麗だった」

「えっ!?」


 思わず椿さんの感想を言ってしまう。

 俺は慌てて誤魔化す。


「え、映像がね!? すごく綺麗な映像だなぁと思って……」

「あぁ、映像ね! 綺麗だったね! 特に血飛沫のシーンなんて、本物かと思っちゃった」


 にこにこと笑う彼女にうまく誤魔化せたと安堵する。

 余程映画が面白かったのか、興奮した雰囲気で饒舌に話す椿さん。

 彼女の話を聞いているだけで充実感に満たされた。

 コーヒーを飲む俺をスマホで撮影する彼女。

 どうやら、写真が好きなようだ。


 会計が終わり店の外に出ると、忘れ物をしたと慌てて戻る彼女。

 その慌てた姿もどこか可愛くて。



 それから、予約している鉄板料理屋さんに向かう。

 この店は椿さんの知り合いがやっているお店らしい。

 落ち着いた雰囲気の店内に、大きな鉄板を囲むようにカウンターテーブルが配置されている。

 慣れないオシャレなお店に緊張が押し寄せ、財布の中身が心配になった。


 隣に並んでカウンター席に座ると、気さくな店員さんによるパフォーマンスが始まる。

 喋る話題が思いつかない俺にとって、これほど大きなサポートはないだろう。

 火柱が上がると無邪気にはしゃぐ椿さん。

 体温が上がったのは火柱の熱気のせいか? はしゃぐ彼女の肩が触れたせいか?

 迫力のあるパフォーマンスとともに、次第に鼓動が早くなっていく。


 新鮮でみずみずしい野菜。口に入れた瞬間溶けていくお肉。

 こんなに美味しい食べ物は初めてだった。

 無邪気にお肉を頬張る椿さんの横顔が可愛くて、いつまでも見つめていられる気がする。


 突然、落ちる照明。僅かな明かりは壁際の間接照明だけ。

 すると、隣にいたはずの椿さんの気配がなくなっていることに気付いた。

 薄暗い店内に状況が把握できず、手探りで彼女を探すが見つからず。

 椿さんがいたはずの椅子に、かすかなぬくもりだけしか残っていない。

 突然の出来事に理解が追いつかず、不安に胸が苦しくなっていく。


「正社員登用おめでとう!」


 カウンターの向かいの下からケーキを持った椿さんが飛び出してきた。

 小さな花火がケーキと椿さんの顔を照らし、周囲からの拍手とともに照明が点く。

 いきなりのサプライズに驚きが隠せず、少し鳥肌が立った。

 そして、自分のことのように喜ぶ椿さんの姿を見ると、涙が出そうなほど嬉しかった。


「ありがとうございます。知ってたんですね!?」

「へへへ」


 サプライズが成功したことが嬉しかったようで、子どものように笑っている。

 祝われる嬉しさと店内の注目が集まる恥ずかしさで、自分でもわかるほど顔が熱くなっていた。

 時間が止まればいいのに……。

 ケーキを一緒に食べながら、この幸せな瞬間を噛みしめる。


 デートも終りに近づき、歩いて駅へ向かう。

 楽しそうにルンルンと歩く姿が可愛くて、可愛くなかったお会計のことは気にならなかった。

 そして、駅に着くと突然立ち止まる椿さん。


「また行こうね!」


 彼女はニコっと笑ったあと、少し悲しそうな顔をする。

 まだ一緒にいたい。この一言が出ない。

 握りこぶしを力いっぱい握り勇気を振り絞る。

 口を開こうとした瞬間。


「あれ!? (はざま)じゃん! 何してんの?」


 声の方を向くと、武史と奥さんと思われる女性と抱っこ紐で抱えられた赤ちゃん。

 初めて見る武史の家族は幸せそうな雰囲気を醸し出していた。


「もしかして、この人が前に言ってた人? こんなに可愛い子がお前の相手するわけ無いだろ!? 騙されてないか!?」

「椿さんはそんなことする人ではないよ!」

「知り合いの店に連れて行かれて、高い会計払わされていないだろうな!?」

「……」


 言い返したいのに言い返せない。

 唯一と言って良い友だちに嫌われるのが怖かった。

 確かに高かったと思ってしまった。

 椿さんに視線を送ると、申し訳なさそうに俯いている。


「なんだよ!? 図星かよ!?」

「パチンッ」


 音にびっくりして武史の方を向くと、武史の奥さんが武史を引っ叩いていた。

 そして、奥さんは頭を下げながら、武史を連れ去っていく。

 武史は何か言いたげな表情をしていたが、奥さんに睨まれて大人しく去っていった。


「ごめんね。嫌な思いさせちゃって……」

「成也さんが悪いわけじゃないから……」


 気まずい空間。沈黙が続き、いたたまれない気持ちになる。

 言い返せなかった自分が悔しい。

 そして、今もなお、何も言えない自分に腹が立つ。


「……今日は帰ろっか」


 椿さんの一言がデートを終わりに導く。

 あんなに楽しかったはずのデートが暗い雰囲気のまま終わっていく。

 電車に乗り込む彼女は俯いた。

 こんな終わり方したくなかった。もっと一緒にいたかった。

 悲しそうな彼女を抱きしめたかった。

 だが、あと一歩が出ない。勇気がなかった。嫌われるのが怖かった。

 薬の力で嫌な事を忘れられても、彼女のことを忘れたくなかった。


 閉まる電車の扉。

 扉の窓から見える彼女は涙を浮かべながら、薄っすら笑っている。

 ぎこちない笑顔。手を伸ばすが電車は走り出し、徐々にスピードが上がっていく。

 必死に追いかけるが追いつけるわけもなく。

 ホームの端で消えていく電車のライトをただ眺めることしか出来ず。


「……もう、……会えないのかな?」


 自然と涙が溢れ、後悔が俺を蝕む。

 力なく膝から崩れ落ち、茫然と座り込んでしまう。

 気が付くとベッドの上で翌朝を迎えており、スマホの通知は来ていない。

 自分から送るべきだと、わかっていても送れない。


 喪失感で心にぽっかりと大きな穴が空いた気分。

 仕事も手がつかず、数日休んでしまった。

 悶々と考えるが解決方が思いつかない。

 呼吸の代わりになりそうなほど、ついてしまうため息。

 考えれば考えるほど加速する時間。

 来るわけもないメッセージを期待してスマホを見続ける。


 気づけばまた朝で、淡い期待を胸にスマホを確認する。

「通知が一件」という表示が目に飛び込む。

 椿さんからのメッセージを期待して、慌ててスマホをスワイプ。

 しかし、そこには母からのメッセージ。


「武史くんが亡くなったそうです」


11/22~11/24で全話投稿されます。


評価してもらえると嬉しいです!

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