表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

初めての食事

 遅刻しないように早めに出発する。

 集合場所の駅には一時間前には着いていた。

 口臭ケアをバクバク食べ過ぎて、気分が少し悪くなる。

 集合時間が刻一刻と迫り、心臓が飛び出そうなほど緊張感が増す。


「お待たせ!」


 女性の声に振り返ると、綺麗なワンピースに身を包む椿さんが微笑んでいる。

 長い髪が風でなびき、掻き上げる姿に思わず「ドキッ」とした。

 心臓が締め付けられ、緊張で声が出ない。

 そんな俺を察してか「行こっか」と、椿さんの一言でレストランへ向かう。


 無言の道中、「何か話さないと」と思う気持ちはあるが、話題が思いつかない。

 沈黙が続く中、少し前を歩く椿さんはどこか嬉しそうで。

 彼女を見つめるだけで幸せなに気分になり、この時間が永遠に続けばと願う。


 椿さんが予約してくれたイタリアン。

 届いたオシャレな料理を写真に撮っている姿は、今どきの女性だなと感じる。

 食べているとスマホを向けられて、「笑って」と微笑む彼女。

 子どもの頃以来、向けられたことのないカメラ。

 緊張していたがうまく笑えていただろうか?



 髪を耳にかけながらパスタを食べる椿さん。

 美味しそうに食べながら微笑む彼女の姿は、まるで——女神のようで。

 食事することも忘れてしまいそうなほど、見惚れてしまう。


 楽しい時間は一瞬で過ぎ、気付けばお別れの時間。突然、時が飛んだかと思うほど。

 だが、全て覚えている。今までの人生で一番の時間。

 椿さんが乗る電車を見送り、徐々に遠ざかる電車のライト。

 届かない所に行ってしまう感覚。幸せが遠ざかっていくと錯覚する。


 ただ、見つめることしか出来なかった後悔。

 もっと椿さんのことを知りたかった。

 トボトボ歩きながら帰路に就く。

 家に到着するとスマホには一件の通知。


「今日はありがとうございました。また、誘ってもいいですか?」


 椿さんからのメッセージ。

 思わずスマホをベッドに投げてしまう。

 慌てて拾ってもう一度確認する。

 バクバクと聞こえてきそうなほど、高鳴る心臓。

 震える手で必死に返信する。


「こちらこそありがとうございました。いつでの大丈夫です」


 送信してから気付く。

「誘ってもいいですか?」って、社交辞令だよな……。

 しかも、誤字までしている。

 舞い上がった自分が恥ずかしくなってきた。

 さらに、誘われ待ちしている自分が嫌になる。

 自己嫌悪に苛まれていると、再び通知が飛び込む。


「絶対ですよ! 次は……デートですよね?」


 頬をつねるが痛い。どうやら現実のようだ。

 椿さんの笑顔を思い出し、思わずニヤけてしまう。

 これは、脈アリ……だよな!?


「デートプラン考えときます!」


 舞い上がった俺はカッコつけてしまう。

 だが、送信してから再び気づく。どこに行くべきか検討もつかないことを。


「楽しみにしときますね! おやすみなさい」


 この日は椿さんの事を考えながら、スマホを抱きしめて寝る。

 そして、デートプランを必死に考えた。

 しかし、女性が喜びそうなデートプランなど思いつくはずもなく。

 途方に暮れながら、頭を悩ます。


「ちょっと相談があるんだけど……」


 武史にメッセージを送信してデートプランの助言を求めた。

 結婚した武史なら的確なアドバイスをくれるだろう。

 そんな期待をしつつスマホを握りしめて待ち望む。

 妻子持ちの武史なら、家族サービスしているのかもしれない。

 だが、待てど暮らせど返信がない。

 ようやく来た返信は、連絡してから一週間が経っていた。


「お前騙されてるんじゃね?」


 武史の辛辣な言葉が胸に刺さる。

 夢心地な俺を現実に戻すには十分な一言。

 良く考えれば食事に行った時も、緊張からほとんど話を出来なかった。

 そんな男をいくらナンパ男から助けてもらったからと、好きになる女性なんて……。

 調べていたデートプランをそっと閉じ、俺は彼女を忘れようと眠りにつく。



 順調だったはずの仕事もどこか手につかず。部長に叱られ記憶が飛ぶ。

 これが俺の人生だった……。

 薬のお陰で明るくなりかけた人生だったが、再び暗闇へ俺を引き摺り込む。

 仕事終わりに椿さんからメッセージが来ていた。

 だが、どうすれば良いかわからず無視してしまう。


 モヤモヤした気持ちのまま帰路に就く。

 すると、駅前で肩をポンポンと叩かれる。


「なんで返信くれないんですか?」


 振り返るとそこには、——椿さん。

 目に涙を浮かべて泣きそうな表情に、胸が締め付けられ後悔に襲われる。

 だが、頭が真っ白になって言葉が出てこない。

 そんな俺を見かねた椿さんが一言。


「さようなら」


 後ろを向く横顔に一筋の涙が光る。

 歩いて去っていこうとする背中を見つめることしか出来ない。

 拳を握りしめ、意を決して彼女の背中を追いかけた。ここが人生の転機。

 騙されていたとしても、どうせ忘れられる。

 ——薬が俺に力を与えた。


「あの……。ごめんなさい」


 肩を掴み引き止めた。

 しかし、振り向いてくれない。


「……自分に自信が持てなくて。……友達からは『騙されてる』って言われて。……自分でもどうしたらいいかわからなくて。本当にごめんなさい」


 溢れそうになる涙を堪え、誠心誠意謝罪する。

 何度も何度も、謝ることしか出来ない。

 もう嫌われたかもしれない。もう会うことが出来ないかもしれない。

 でも——後悔だけはしたくない。

 すると、彼女は振り返り微笑む。


「デート奢ってくれたら許してあげる」


 振り返った顔は涙で溢れ、化粧が少し崩れている。

 そんな苦笑いのような微笑みを見て、再び心臓が締め付けられた。

 もう椿さんにこんな思いをさせたくない。

 彼女の優しさに感謝しつつ、絶対にデートを成功させると心に誓う。


 駅のホームに向かい、電車を待つ。

 無言の時間が続くがどこか椿さんは嬉しそうで。

 こんな状態でも喋れない自分に嫌気が差す。


「勇気を出して、仕事帰りを駅で待っていてよかった」

「本当にごめんなさい。でも、よくここが会社の最寄り駅ってわかりましたね?」


 初めて出会った時とは違う駅。

 食事に行った時も仕事の話はしなかった。


「前にここが最寄りって言っていましたよ? 忘れちゃいました?」


 そう言われれば言ったのかもしれない。

 初めての出会いは酒にも酔っていたからな。それか薬の影響か?

 そんな事を考えていると電車がやってくる。


「楽しみにしていますから。絶対連絡してくださいよ」

「最高のデートプラン考えます」


 扉が閉まり走り出す電車。

 その電車を見送りながら、すでにデートプランを考えていた。

 楽しいから遊園地か? 女性は買い物好きだからショッピングか?

 スマホで検索しながら悶々と悩み苦しむ。

 すると、届くメッセージ通知。


「怪我の具合は大丈夫?」


 相見さんからのメッセージ。

 椿さんからではなかったショックと、相見さんの優しさに感謝する気持ちが入り交じる。

 もしかして、モテ期か? ふざけた思考が頭に過ぎった。

 だが、これはチャンスかもしれない。


「怪我は大丈夫。相談したいことがあるんだけど……」


 思い切ってデートプランを相見さんに相談する。

 遊園地かショッピング、どちらがいいか聞いてみた。


「えっ!? 初めてのデートで遊園地とかショッピングって微妙じゃない?」


 予想だにしない返答。

 何がダメなのか? 理解に苦しむ。

 頭が真っ白になり、返信を躊躇する。


「映画くらいが無難だと思うけど……」


 続けざまに届くメッセージ。

 どうやら映画は喋らなくて良いから、初めてのデートに向いているらしい。

 そして、映画終わりにはその感想を話すから、話題にも困らないようだ。

 確かに合理的な意見。すごく納得できる。


「ありがとう! やっぱり女性は恋愛映画かな?」

「それは人の好みだし、女の子と相談したほうがいいんじゃない? デートプランを一緒に考えるのもデートだよ」


 青天の霹靂。その考えは頭になかった。

 デートプランはサプライズの必要がないようだ。

 相見さんに感謝を伝え、すぐに椿さんに連絡を取る。

 椿さんとのメッセージは思いの外、順調に進む。

 考える時間がある分、メッセージではうまくやり取りできた。

 ウキウキでスマホに夢中になっていると肩を叩かれる。


「お客さん! 終電行っちゃいましたよ!」


 駅員がムスッとした表情でぶっきらぼうに言い放つ。

 どうやら椿さんのメッセージに夢中になり過ぎて、電車に乗り忘れたようだ。

 仕方なく会社に向かい、会社で一晩過ごすことに。

 その間も続く椿さんとのメッセージ。

 こんなにもスマホが愛おしくなることがあるのかと思うほど、スマホを強く握りしめてメッセージを待ちわびる。

 心は椿さんで埋め尽くされていた。




 気付けば仕事中もスマホを握りしめていた。

 部長に注意されるが関係ない。正社員になればこっちのものだ。

 スマホが常に気になり待ち焦がれる。

 そして、デートの日があっという間に訪れた。


11/22~11/24で全話投稿されます。


評価してもらえると嬉しいです!

コメントで感想やアドバイスを頂けると励みになりますので、よろしくお願いします。


X(旧Twitter)やってます。よろしければ、登録お願いします。

https://x.com/sigeru1225

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ