表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

ストレスの無い生活

 鳴り響くアラームを止め、スマホの待ち受けを『薬を飲んだか!?』に変更し、飲み忘れを予防する。

 そして、家中の至る所に “薬飲み忘れ防止” の紙を貼り付けた。


「これで嫌な記憶から、おさらばだ」


 ストレスの無い生活に、思わず胸が高鳴る。

 あんなに楽しかった週末はいつぶりだろう?

 思い出しただけでも、自然と笑みが溢れるのが自分でもわかる。

 完全に依存状態。

 自分でもわかっていた。


 ——けど、この薬がない生活は考えられない。


 ふと、アラームが鳴った違和感に襲われる。

 携帯を見ると、平日の朝だ。まだ外は薄暗く、肌寒い。

 あれ、会社行かなきゃダメなの?

 仕事に行くこと自体が嫌なので、てっきり、平日は来ないと思っていた。

 だが、訪れる平日。


 会社に行く程度では、強いストレスでは無いのか?

 それとも、薬のお陰で心に余裕が出来たのか?

 薬の効果がどの程度有効なのか気になってしまう。



 普段なら、起きた時点で「行きたくない」ではなく、「帰りたい」と願うほど、会社に行くのが嫌だった。

 だが、今日は不思議と会社に行くことが億劫になっていない。

 まぁ、嫌なことがあっても忘れられる。

 この薬が精神的余裕を生み出し、心を強くしてくれた気がしていた。



 会社に着いても、失われない記憶。

 部長の小言も不思議と気にならない。

 そして、始まる飛び込み営業。偉そうに説教を垂れるおじさんの口撃。

 今まで死ぬほど嫌だったはずが、必死に説教を垂れるおじさんが可愛く思えるほど。

 小鉢ほどだった心の広さが、まるで、水平線のように変わっていた。


 だが、どれほど心が広くなろうと、営業成績が上がる訳もなく。

 本日も何の成果も得られぬまま帰社する。

 そして、始まる恒例の部長の説教。

 俺の水平線は——暗闇へ変わっていく……。

 嫌なことを拒否するように、体が勝手に薬を飲みだす。



 気が付くと、駅に向かっていた。

 どうやら、俺の心は部長の説教に耐えきれなかったようだ。

 唐突に時間が飛んだような感覚。しかも、何も覚えていない。

 水平線に太陽が昇り、再び心を照らす。


 自然と笑みが溢れ、自分でもわかるほどニヤニヤしながら帰路に就く。

 はたから見れば完全に不審者だろう。だが、俺には関係ない。

 自分が最強のメンタルを手に入れた気分に、何者にでもなれる気がしていた。



 帰りの電車の中、スマホを見ると珍しく母からメッセージが来ていた。

 両親との関係は悪くはないが、良くもない。

 多忙な両親は幼少期から俺を放任していた。

 大人になった今も、ほとんど連絡することはない。


「同窓会のお知らせが届いています」


 業務的な一文とともに、同窓会のお知らせハガキの写真が添付されている。

 学校全体の同窓会のようで、大きな会場で行われるようだった。

 いつもなら行くはずがない。

 だが、心の余裕からか、「参加する」とだけ返信していた。

 まぁ、嫌なことあれば忘れられるだろう。

 安直な思考が俺を同窓会に導く。


「了解。参加で返信しときます」


 業務的なやり取りを終えて人のまばらな終電に揺られながら、学生時代の僅かな思い出に胸を膨らます。

 “植村(うえむら) 武史(たけし)” 学生時代の唯一の友人で幼馴染。

 学生時代の思い出は、彼が大半を占めていた。

 ふと、彼に会いたい気持ちが押し寄せ、少し気分が高揚している。

 こんな気持ちになったのはいつぶりだろう?

 暗く淀んだ人生が少しずつ色付き、なんだが楽しくなってきた気がした。



 同窓会までの期間、会社に出社するのも苦にならない。

 時間が飛ぶ感覚にも少しずつ慣れてきた。

 むしろ、時間が飛ぶことで早く楽しい時間がやってくる。

 そんなこんなで同窓会はすぐにやってきた。




 くたびれたスーツに身を包み、浮き足立つ気持ちを落ち着けて同窓会会場へ向かう。

 喋ったことはないが見たことある人々が、所狭しと群れをなす。

 彼らは皆大人びており、高そうなスーツやドレスで着飾っている。

 俺は会場の隅に陣取って武史を探す。

 すると、綺麗な女性が話しかけてきた。


「久しぶり!」


 突然の出来事に言葉が出ない。

 久しぶりということは、知り合いなのかもしれない。

 だが、見覚えのない綺麗な女性。そもそも、学生時代に女子と喋った記憶はない。


「忘れちゃった? “相見(あいみ) 智香(ちか)” だよ?」


 彼女の優しい笑顔で思い出す。

 学級委員で誰にでも優しかった彼女。そんな彼女が好きだったこともあった。

 友達の少なかった俺にも優しく話しかけてくれる、心も綺麗な女性。

 学生時代はメガネを掛けており大人しい印象だったが、コンタクトレンズをしているのか、ガラッと印象が違って気づかなかった。


「ひ、久しぶり」


 ひねり出した声が裏返った。

 その声に笑う彼女の笑顔が眩しく見えて。大人の女性に変身した彼女を直視できなくて。

 薬のお陰で心に余裕が出来たと思っていたが、喋る話題も出てこなくて。


「何を話そうか」と考えていると、彼女は友人に呼ばれて連れ去られてしまう。

 呼び止めたいが、そんな勇気は無くて。

 だが、一目彼女を見られただけでも、この同窓会に来た価値はあったと思えるほど、幸せを感じる時間だった。

 思わず彼女の後ろ姿に見とれてしまう。

 すると、肩をポンポンと叩かれた。


(はざま)、久しぶりだな!」


 振り返るとそこには武史の姿。

 ふくよかになり、小綺麗なパンパンのスーツを着た彼は、少し貫禄が出ていた。

 武史の登場に心が落ち着く。


「久しぶりだな、武史! 元気だった?」


 昔話に花を咲かせ、武史の現状を教えてもらう。

 彼はすでに結婚しており、子どもまでいるらしい。

 武史の幸せそうな姿に、俺も思わず嬉しくなる。


「結婚はいいぞー! ところで、お前はどうなんだ?」

「いやいや、俺の話はいいよ」


 咄嗟に誤魔化すがしつこく聞いてくる武史。

 渋々、俺は現状を話す。

 すると、武史は馬鹿にしたように笑い出す。


「俺たちもうすぐ30歳だぜ!? それなのに派遣って……」


 気が付くと会場の隅で相見さんを目で追いながら、一人で酒を飲んでいた。

 空いたグラスが並び、それなりの量を飲んでいたようだ。

 ふわふわと気持ちよくなりながら、飲み放題の酒にありつく。

 そして、同窓会は学年主任の先生の挨拶で幕を閉じて各々解散していく。


「武史どこに行ったんだろ?」


 キョロキョロしながら、武史を探すが見つからない。

 仕方ないので帰ろうとしていると、相見さんに声を掛けられた。


「二次会参加するの?」


 薄っすらと赤らめた頬。楽しそうにニコニコと笑う彼女に、思わずドキッとした。

 彼女もそれなりに酒を飲んでいるようだ。

 酔っ払った彼女の話によると、同じクラスメンバーだけの二次会があるらしい。

 武史がおらず一人で参加する勇気もない。

 金もないし断って帰ろうかとも考えた。


「私も参加するけど」

「行きます!」


 彼女が参加すると知った瞬間、口が勝手に返事をしていた。

 そして、嬉しそうに笑う彼女が俺の参加を報告しに、友人の元へ戻っていく。


 二次会の会場は少し派手な、スナックで行われた。

 貸し切りの会場で響くカラオケ。

 俺は端っこのテーブルで、カラオケと相見さんの楽しそうな背中を肴に酒を飲む。

 酔っ払っているせいか、二次会は驚くほど早く終わった。


「大丈夫だった?私が無理矢理誘っちゃったから……」

「楽しかったよ」


 完全に酔っ払って浮かれ気分の俺を、なぜか気遣う相見さん。

 彼女の表情は少し硬かった。

 「カラオケを聞きながら盛り上がった皆の姿を見ているだけで楽しかった」そう告げると彼女は安心した表情を見せて笑う。

 この笑顔を見られただけで二次会に参加してよかったと、言っても過言ではない。




 楽しかった同窓会が終わって浮かれた気分のまま帰路に就く。

 スマホで時計を確認すると、すでに24時を回っている。

 せっかくいい気分なのに薬が切れたら最悪だ。

 俺は持ち歩いている薬を飲むために自販機を探す。


 自販機で水を買っていると、路地裏からカップルの痴話喧嘩が聞こえてきた。

 俺は薬を飲んで、そのカップルの喧嘩に聞き耳を立ててしまう。

 酔っ払った勢いか?興味本位か?

 普段ではトラブルを避けるはずの俺が、なぜだかそのカップルが気になっていた……。


11/22~11/24で全話投稿されます。


評価してもらえると嬉しいです!

コメントで感想やアドバイスを頂けると励みになりますので、よろしくお願いします。


X(旧Twitter)やってます。よろしければ、登録お願いします。

https://x.com/sigeru1225

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ