三.トップウォーター
「謎の少女? なんっすか、それ」
クーラーの効いた部屋で涼みながら煙草をふかす山本を、岸本は訝し気に眺めた。
「いたんだよ、守山の湖岸沿いの何の変哲もない遠浅の砂浜に。しかも、釣りやがった。真夏の炎天下に、こーんなでっかいバスを三匹。しかもへら竿でだぞ」
「でかいのを三匹。しかもへら竿っすか……」
大きく手を掲げで天井を見上げる山中に、岸本は眉をひそめてパソコンに打ち込む手を止めた。
「雄琴や和邇ならまだしも、守山? しかも、真夏の炎天下に少女がへら竿っすか? ちょっと信じられないっすねぇ」
家族で遊びに来た子供を見間違えたんじゃ。にわかに信じられない話だったが、岸本は興味をそそられて山中に尋ねた。
「でも、なんで守山にむかったんです? 確かトップウォーターの素人特集の締め切り、今月末っすよ。まだ対象も絞れてません。やばくないっすか?」
「まあ、落ち着け。ちょと噂を耳にしてな。これを見てみろ」
山中はスマホを取り出し、操作をした後に画面を岸本に見せた。
9ch バス釣り(琵琶湖)
そう書かれたページには多くの書き込みが書かれていた。
>守山で、でかいの釣れるらしい
>守山? あんな遠浅で?
>まじで。50オーバーがガンガン釣れるらしい。しかも、炎天下の午後に。
>うそだろ。何か埋まってんのかな。ワームでじっくりってやつ? 暑さで俺には無理だな。
岸本は呆気にとられた。日付は二週間前。
「こんな情報、鵜呑みにしていいんすかねぇー。しかも、炎天下で50オーバーっすか? ありえないっすよ。それより、締め切がマジやばいですって」
「トップだ」
「何っすか?」
「彼女はトップウォーターで釣り上げたっつってんの」
岸本は再び呆気にとられた。真夏の炎天下でトップ?
「今月の特集、彼女で行くぞ」
「えぇ?」
山中が時計を見た。そろそろだ。ぼそりとつぶやいた。
「ついてこい」
「今から……っすか?」
トップウォーターの素人特集の下書き。大枠だけでも今日中には決めてしまわないと
「一から書き直すことになるかもしれん」
「まじっすか……」
岸本は肩を落とした。昨日から必死に仕上げていた原稿が。山中が我関せずと煙草に火をつけた。
「あの少女。あの子は何かがおかしい。それを見極めてやる」
険しく眉をひそめる山中に岸本はなぜか、悪い予感がしてひやりと背筋が凍った。