視線を感じた……それが始まり
このお話は今までの夏ホラー用作品とは違い、『怖さ』・『不思議さ』を押し出して書いています。
恐怖など苦手な方はご注意ください。
『誰かに見られている!?』
そんな感覚に襲われた経験ありませんか?
俺はまさに今そんな感覚に襲われている――。
俺、霊山樹は、高校1年生になったばかりのどこにでもいる普通の男子――のはずだった。
中学時代までは、何でもそつなくこなせる所謂マルチレイヤーとして、運動面でも勉強面でもそれなりの成績を残してきたのだけど、それは周りには知っている学区の人達しかいなかったからともいえる。
そんな俺は自分を試したいという気持から、少しだけ地元から離れた高校へ進学したいという思いが出てきて、自分に合うレベルの学校を探し、それまであまり本気でした事の無い勉強まで、毎日楽しみにしていたものを捨ててまでこなした。
そのおかげ――というわけではないけど、地元から二つの市をまたいだ場所にある私立の高校へと進学することが出来たわけだけど、そこではもちろん俺なんて知っている人は少なくて、居ないわけじゃないけど顔見知りとも言えない程の関係性だから、基本的に学校の生活上は絡むことはほぼ皆無だし、そういう人たちの俺への偏見を少しでも感じる事のない生活をしたいと思っていたので、自分から進んでそういう人たちに絡むことをしないでいた。
そういうわけで、今の俺は高校に入学してから既に3カ月が経とうとしているのにも関わらず、本当に親しくなったと言える友達もできないまま、一日をただ授業を受けるだけに学校へと通っている。
そして、この学校では今までの様に『何でもできる奴』から『どこにでもいる平凡な生徒の一人』となったのである。
そう、今までよりも広範囲な地域から入学してくる生徒たちの中には、とんでもない才能があるやつが多く、俺は今までの井の中の蛙状態だったことを改めて感じたのだ。
そんな俺がどこにでもいる平凡な男子なんだと悟った時、気になる生徒を見つけた。
俺達新入生が授業を受けているクラスは、学校の建物の中で一番正門に近いところにあり、尚且つ3階建ての最上階にある。
2年生や3年生に進級すると同時に、段々と奥の方の建物へとクラスは移動していく事になっていて、更に1年生時は基本移動教室は音楽、体育など専門の教室で行う場合のみであるが、2年生からは更に専門の選択授業を受ける事になるので、移動に費やす時間が増える事になる。
その俺達が今まさに授業を受けている教室で、窓際――つまりは学校の正門方向になるのだけど――から外に出る事が出来るドアを越えた先に、少しだけあるベランダ。そこに今も一人で佇む女子生徒が居る。
初めてそれを見たときは、いじめか!? とも思ったのだけど、先生もクラスメイト達も全く気にする様子がない事に気が付いた。
――つまりはそういう制度だという認識を持たれているって事か?
藪をつついて蛇を出したくない俺は、その光景を見てからも誰にもその事を確認せず、心の中で『そういうものなのだ』と納得させることにした。
しかし時が過ぎてもジッとそこから動く気配のないその女子生徒を見ていると、ちょっとばかり『可愛そう』という思いと共に、何故そこに居るのか? という思いもふつふつと湧いてしまうモノ。
そのまま授業は進んでいくし、そのまま時間だけが過ぎていく。
授業が終わり、休憩時間が来ても、休憩時間が終わり、次の授業が始まっても、その女子生徒はそこから動くこともなく、ただただジッとその場で外の方へと向いていた。
こちらを向く様子がないから、その生徒の顔を伺い知ることはできないけど、きっと悲しそうな顔をしているか、まったくの無表情かだと思う。
――これだけの人から何も言われないって……。
ジッとしたまま背を向けている生徒に対して、俺は何かあるのでは? と思い始めていた。
そんな毎日がしばらく過ぎて、相変わらずその生徒はベランダでジッとしたまま動かないでいる。雨の日も風が強い日も、じりじりと太陽の日差しが校舎を焼いてしまう様な天気の時も、彼女はジッとしたままその場を動かない。
とある日、日直だった俺は放課後になり、掃除当番がしっかりと掃除したのか確認したり、掃除道具がしっかりとい周れているか確認したり、生徒たちが開けっぱなしにしていた窓などを締める為、最後まで教室に残っていた。
全てのチェックが終わり、日誌を担任の先生に渡すため教室を出ると、既に太陽はオレンジ色の残滓を残して、ビルや山の蔭へと沈んでいた。
誰もいない廊下や教室というのは、日中の喧噪などが嘘のようにシンと静まり返り、少しだけ恐怖感が襲ってくる。
「急いで帰ろ……」
一人つぶやく言葉が、誰もいない構内で思った以上に響く。
無事に担任に日誌を渡し、さぁ帰ろうと自分のクラスへと足を運ぶ。思ったよりも早足になってしまうのは、誰もいない学校という場所への恐怖心からなのだろう。
ガラッ
思わぬ勢いで教室のドアを開けて、自分の席へと歩を進めていく。
「ッ!?」
ふと視線を上げるとその眼に映ったものに驚いて、声にならない声が漏れる。
いつもは外を向いていたベランダの女子生徒が、俺の方を向いて静かに立っていた。初めて見たその姿にたじろいでしまう。
黒い長い髪は腰を通り越して膝辺りまで伸びていて、女子生徒の顔を確認する事はできない。それでいて何かをしようと動くわけでもなく、ただじっとそこに留まっている。
誰もいない教室。そして誰も居ない学校。
俺は急いで自分の席へと駆けだし、カバンをひったくるようにして手に取ると、女子生徒の方へ視線を向ける事無く、その場を逃げ出すように走り出した。
去り際にチラッと見えてしまった女子生徒は、顔を少しだけ上げて、流れる髪の毛からできた隙間から俺の方を上目遣いに見ていた気がする。
「なんだ?……あれは……」
見えてしまった物を気のせいだったという事にして、急いで一階へ駆け下り、そのまま靴を履き替えて校舎を出た。
しばらくは走っていたのだけど、正門を抜けるとちょっと気持ちが落ち着いたので、その場で休憩する。
その気もなかったのに、何かに誘われる様に後ろを振り返った。
「っっ!?」
その時に見たモノ。
俺達のクラスの有る教室のベランダから、その女子生徒が俺の事をジッと見つめていた。
今度ははっきりとわかる。その表情。
とても目を大きく見開いたままの姿で、ジッと、その場で動くことなく、俺の事を見ていた。
「やべぇ!! あれは……やべぇ!!」
俺はその場からまた走り出した。
その日以降、ベランダにいつも居た女子生徒は時々しか見かける事がなくなった。
ちょっとホッとした俺がいる。
あの日、俺が経験したことを誰にも言わなかったわけじゃない。クラスでようやく話をできるようになった男子のやつらに「こういう事が有って――」とは言ったのだけど、誰もが気にしすぎと相手にしてくれなかった。
それ以上に「付き合っちゃえば?」などと茶化してくる奴もいて、俺はそれ以上あの女子生徒の事を周りにいうのを止めた。
――なんだったんだろう?
一人で考えこんでも何も答えは出ない。ただただ毎日という何気ない時間が過ぎていくだけ。
一度怖いと思ってしまうと、どうしてもそれが気になってしまう。
俺はできる限り一人で帰る事を止めた。何にも用事が無くてもどうにかして一人にならないようにした。
そして帰り際には、校舎の方へ振り向かない事も――。
時間が経ってしまうと、何も起こらないと気が緩んでしまう。何事もないから気のせいだったという結論付けるには少し早い気もしたけど、自分の周りでは何も起きていない。
よく考えればだが、自分が経験したのは本当に『俺を見られていた』という事なだけで、女子生徒から何かをされたわけじゃない。自分が思う以上に何かを感じて怖がってしまっていただけなのだ。
気が抜けた俺は、いつもは数人で帰る帰路を独りで静かに歩いている。
何もない、いつも使っている通学路。
ちょっと寄り道をする為にいつも使う道じゃない場所へと、脚を踏み出した瞬間。
「んっっ!?」
感じた事のない寒さを感じた。
――なんだ?
そのまま気にしない様にして歩き出すと、どこからともなく感じるモノ。
――誰かに見られてる!?
確証は無いけど、確かに感じる。
そして俺は後ろを振りむ――
『今日は違う道なのね』
「はッっ!?」
振り向きざまに俺の肩越しに見えたその顔と、聞こえて来たその声。声には聞き覚えが無かったけど、その顔には見覚えがある。
『あら? 今頃気が付いたの?』
「え?」
『今まで一緒に帰っていたのに。逃がさないわよ? せっかく見つけたのだから……あなたという存在を』
俺を見て笑顔を見せる。
青白く、それでいて生きているとは感じる事の出来ない顔色をして、長い黒髪をそのまま垂らし、隙間から大きく目を見開いて。
『さあ……いきましょう?』
誰かに見られている。それは間違いじゃなかった。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
ある時から――。という感じのシーンだけを切り取った作品となります。
色々と端折って執筆しましたので、色々と考察していただければと思います。『何故?』な部分は多々残していますので。
こういうお話は何というか……。元から不思議な事なので、明確な事は分からないのが常? なので深いツッコミなどにはお答えできないかもですが、ご理解ください(>_<)