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#5「この手ですべて、まもりたくて。」

「んんっ……んー!!」


「おいしー!!」


 雲にかぶりついたニアとソフィが、同時に声を上げた。


「ま、わたあめが不味いことは無えよな、基本」


 ジャックも呟きながら、白いわたあめを一口かじる。彼の地元では風を起こす機械を使って作るシロモノなのだが、ここレノ聖国は彼の国ほど科学が発展していないらしく、その機械が無かった。


「……やれるもんだな。人間、やろうと思えば」


 代わりに、人力で作っていた。


 ザラメを溶かして持ち上げて、その周囲にうちわで風を起こしまくって作っていたのである。事実は小説よりも奇なり、というコメント付きで、ジャックは取材ノートにしっかり一部始終を書き残しておいた。


「さて……飯も甘味も食ったし、そろそろ終わりか? おじさんはそろそろ宿に帰って寝てえんだが」


「あっ、待ってくれジャック! さっき食べた焼きパスタってやつ、美味しかった。だからあと5個ぐらい食べさせてくれ」


「まだ食うのかよ! もうデザートまで食っただろ!」


「おじさん、お願いー!」


「ソフィもかよ……てかお前、親はどうした? ずっと俺らと居て良いのかよ」


「パパもママもね、お祭りのうんえー? の人だから、忙しいのっ。去年まではおばーちゃんと一緒にいたけど、今年は来れないんだって」


「んで、丁度良いとこにやって来た俺らが子守役、と……」


 ジャックはげんなりして肩を落とした。


 ただ、向こうの都合を勝手に押し付けられたのはともかくとして。


「にしても防犯意識低いな。初対面の奴に一人娘預けねえだろ普通。危ねえっての」


「危なくないよー! 祝い子さまが、いつも守ってくれるもんね!」


「祝い子?」


 ニアがソフィに聞き返した。


「うん、みんな言ってるよ! 祝い子さまがすごいお祈りで、この国をかいぶつから守ってくれてるんだって! だからだいじょーぶ!」


 ピースサインと共に、ソファはにっこり笑って言う。その瞳には疑心も懸念も無く、ただ純真無垢な信頼と憧れだけが灯っていた。


「そうか。やっぱり、すごい人だな」


 空を見上げて、ニアはそう呟く。


「やっぱり……?」


 ジャックにはどうしても気になった。世間知らずにも程があるニアが突然見せた、その仕草が。よく知った懐かしいものに思いを馳せるような、その仕草が。


「お前、まさか祝い子と──」


「はーい注目!! 皆さん、そろそろ恒例の我慢大会の時間ですよー!!」


 ジャックの声は、そんなよく通る大声に掻き消された。


「我慢大会? 何だ?」


「みんなで罰ゲームを受けてね、最後まで耐えられた人が優勝なの! あっついお湯に入るとか!」


「それは大変そうだ……でも何故だろう、めちゃめちゃやってみたいぞ……!!」


 お子様二人はもう、次のイベントに夢中らしい。水を刺すのも悪いと思って、ジャックは疑念を無理やり喉の奥へ飲み込むのだった。


 彼の思いも知らず、ニアとソフィは人混みをかき分けて前へ前へと進んでいく。会場である町の中央広場には、すでに円状の人だかりが出来ていたのだ。


「今年の演目は……無限くすぐり地獄! 最後まで笑いを堪えた奴が優勝だ! さあさあ、自信がある奴は上の服脱いでこっちに来な!」


「なんで脱ぐんだよ」


 司会の陽気な男の一声と共に、上裸の筋肉質な男達が次々に名乗りを上げた。機械工場の生産工程が如く、上裸マッチョが出現しては横一列に並んでいく。くすぐられるのを待ちながら。


「地獄か? ここ」


 そんなもの、正気のジャックとしては、そんなツッコミしか出て来ない。


「おれも行くぞっ!」


「がんばれー!」


「バカッやめとけ、お前絶対すぐ笑うだろ」


「よーし……!」


 ジャックの忠告も聞かず、舞い上がったニアは広場の中心へ駆けていく。観客の無数の歓声に心を昂らせながら。


 こんなに楽しい日は初めてだ。美味しいと嬉しいと楽しいでいっぱいだ。


 世界がこんなに賑やかで幸せに満ちているなんて、今日のこの日まで知らなかった。だから何もかも全部、楽しみたい。そんな思いの全てを吐き出すように、ニアは駆け抜けた。


「よっ!」


 そして、上半身にまとった黒い衣を脱ぎ捨てて。






「…………え?」


 沈黙。静寂。


 楽しい時間は、そこでぷつりと途切れて終わった。


 はじめに、巨大な黒い影が街灯の灯る町を包んだ。そして、地面を揺るがすような衝撃があった。目の前で大きく砂埃が待った。


 人間が吹き飛んで、ニアの真横を通り抜けた。


「「「……うわあああああああああ!?」」」


 狂乱と悲鳴。綺麗な円を描いていた民衆は発狂し、恐怖に突き動かされて四方八方へとバラバラに散らばり出した。


「何だ!?」「何かが襲って来た!! 逃げろみんな!!」「怪我人!! 怪我人がいるぞ!! 誰か連れてけ!!」「無理だ!! 巻き込まれる!!」「ママああああぁ!!」


「ソフィ、しがみ付いてろ!」


「う、うんっ」


 絶望的な喧騒の中、ジャックはすぐさまソフィを拾い上げ、胸元に抱えた。


 何だ? 何が起きた? コイツら何から逃げてる!? ジャックは逃げ惑う人々に何度もどつかれながら、月に照らされた"それ"を見上げる。


「──────!!」


 "それ"の言葉になっていない叫びには、聞き覚えがあった。ジャックは脳内情報をすべてかき出し、高速で並べて整理して、そして結論に至った。


「……昼間の獣の仲間か!?」


 そう認識したことで、その襲撃者の姿がはっきりと見えて来た。


 黒い大蛇だ。紫の牙、赤い瞳。そして、数十メートルあるであろう巨体。上空から町へ突っ込んできたその大蛇は、今は人々を品定めするように、舌鼓を打ちながらじっと立ち止まっている。


 ああ、当たり前だ。こんなのに突然襲われたら、誰だって裸足で逃げ出すだろう。


「み、みんなああああっ!! 蛇が、蛇がそっちに行ったぞおおおお!!!」


 民衆がおおかた逃げ延びた後、町外れの見張り台から、そんな叫び声が聞こえて来た。


「遅えよ、バカ! ニア、早くこっちに戻れ!!」


 目を閉じて震えるソフィを抱えながら、ジャックは広場中央に残ったニアに呼びかける。


 だけど、彼もまた動かない。いつしか、蛇とニアが睨み合う構図となっていた。


「……やっぱ、ニアを狙うのか……? いや、ニアが奴らを呼び寄せてる……?」


 ジャーナリストとして、少しでも状況を整理しておきたい。そんな思いが、ジャックに無意識にそう呟かせた。


「あ!? おいアンタ、今なんて言った!?」


 ただ、今ここで呟くべきことではなかったらしい。


 先ほどまで司会をしていた男だ。逃げようとしていたところ、急に立ち止まって、ジャックの肩を掴んできた。


「冗談だろ!? アンタの連れのガキがアイツを連れて来たのか!? この騒ぎはアンタらのせいか!? 見ろ、広場も周りの家もぶっ壊れて……ひいぃ!? 来るなああああ!!」


 罵声を悲鳴に変えて、男はまた逃げ出した。ふとニアから目を逸らした大蛇と一瞬目が合ったのが、よほど怖かったらしい。


(やべっ……今の失言だったか!?)


「おじさん? どういうこと? お兄ちゃんがお祭り壊したの? 悪い人だったの……?」


「あっ……ち、違えよソフィ! アイツだぞ!? あんな気の抜けた奴が、そんなこと出来るかよ!!」


「でも、あのケガ!」


「ケガ?」


 ソファに指差されるまま、ジャックは上着を脱ぎ捨てたニアに目を向けた。


「な……!?」


 火傷。切り傷。抉られたような跡。"残酷"を具現化したかのような痛ましいその身は、おおかた14の少年とは思えないものだった。


「アイツ……何なんだよ……!?」

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