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#29(最終話) そして、君と私の未来

「…………ぐすっ、ぐす……」


「もう。泣かなくても良いじゃない」


 私の著書を最後まで読み終えたリックは、なんと号泣していた。私は嬉しい反面、申し訳ないけどちょっとおかしくて、つい笑ってしまった。三人称だと気持ちが上手く乗せられてないかなー、なんて思っていたけれど、感激してくれたなら何よりだ。


「だってぇ、すごく、良い話だからぁ……!! これ、本当にアーニャさんの、た、だ、だいげん、なんでずがぁ……!!」


「そうだよ。半分くらいは、ニアやジャックさんから聞かされた話だけどね」


 あれから5年。リーンカースの脅威は、ひとまず消え去ったみたいだ。


 この国は変わった。祝い子は、単なる国の政治の主導者になった。昔とは違って、間違えればちゃんと批判を受ける。だけどきっと、それで良いんだと思う。


 ただ、祝い子自体はこの先も生まれ続けるみたいだ。私の次の祝い子が彼、リック。今は10歳。どうやら祝い子は代々そうみたいで、彼も私やケセラさんと同じ金髪。ちょっと気弱だけど、賢くて良い子だ。あと数年もしたら、世代交代しても良さそうかな。


「おー、図書室にいたか。そろそろ昼メシにしようぜ、お嬢さん」


「ジャックさん! 分かった、今行くね。リック」


「はいっ」


 私が図書室を出ると、リックも追随して隣を歩き始めた。


「ああっ、祝い子様! お疲れ様です!」


 屋敷の廊下。その途中でふとすれ違った赤髪の青年は、私を見てすぐさま頭を下げてきた。


「ローグさん、お疲れ様。あれ、ニアのこと探しに来たの?」


 ローグさん……最後の戦いで衛兵を引き連れてくれた、リーダーだった青年だ。今は亡きケセラさんに代わって、衛兵達の指揮をとってくれている。


 そうそう。衛兵長だったサウはあの後、入院中にどこかへ失踪してしまった。だから代わりに、あの時の四人をそれぞれ重役につけた。


 そして、ジャックさんには私の政治の補佐、それと広報を担ってもらうことにした。曰く、もう少しニアのことを取材したいんだとか。


 それと、ニアの無罪をどうにか勝ち取ることができた。はじめは反対の声が大きかったけれど、やがてみんなが私の声を、そして彼の懸命に生きる姿を見てくれるようになったのだ。


「はい。一緒に稽古をする約束だったのですが……忘れてしまわれたのだろうか」


 話は戻って。ローグさんは、ずいぶん困った表情をしている。


「ごめんね。ニア、結構抜けてるから。んー、今屋敷にはいないかな」


 ちょっと申し訳なくて、私は薬指にはめた指輪を、彼に見えないように隠すのだった。


「なるほど、分かりました! では失礼いたします!」


 ローグさんはしゅたしゅたと、屋敷を去っていった。本当に真面目な人だ。


「ニアさん、また砂浜で特訓じゃないでしょうか? ほら、レオと」


「あっ、そっか! リックは鋭いねー。偉い偉い」


「わっ、ちょ……」


 あらら。昔は喜んでくれたのに、最近は撫でようとすると離れてしまう。あの人は大人になっても、未だに撫でられたがるのに。


「じゃあ、ちょっと探してくるね!」


「あっ! アーニャさん、僕も行きます!」






「はあっ!!」


「おっと……」


 レオの右の拳を、おれは身を翻らせて回避した。


「はぁ、はぁ……あーっ、もー!! 避けないでよ!! 一発当てたらオッケーなら、さっさと当たりなさいよ!!」


「悪い人達は、素直に喰らってくれたりはしないぞ。ほら、次」


 今日の特訓は、だいぶ長引いている。そろそろ一休みすべきなのだけれど、レオは中々諦めない。まだ10歳の女の子なのに、すごい体力と根性だ。


 うん、とことん付き合ってあげよう。何か、別の約束を忘れている気もするけれど……まあ、いいか。


「もう怒った、本気出してやる……はあああああああ!!」


「ちょ、それは勝手に出しちゃダメだって前にも……!」


 おれの忠告に耳を傾けず、レオは両手を前に掲げた。そこに、ただならぬ質量の真っ黒なオーラが集まっていく。


「ジャッジメント・ブラスターぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 巨大な閃光が、真昼の空に轟いた。






「怒られた……」


「まあな。自分の乗る漁船にビームを喰らいそうになったら、漁師さんは普通怒る」


 初めて見た時は驚かされた。呪いの輪廻を断ち切ったはずなのに、おれと同じ呪いの力を持った孤児が現れたから。彼女が"おれ達"と同じ、黒い髪と赤い瞳をしていたから。


 リーンカースの力の残滓なのだろうか。それとも、奴はまた復活を企んでいるのだろうか。どの道、レオが奴と因縁のある少女なら、守り導いてあげるのがおれの使命だ。だからこうして、彼女との特訓を続けてきた。


「大体、なんで特訓なんて……あたしの力をどう使おうが、あたしの自由でしょ」


「違うよ。人より大きな力は、人を守るために使うんだ」


「知らないわよ。あたしは生まれつき独りぼっち。誰かのために頑張る義理なんて無いじゃない」


「んー……あっ! じゃあ、リックの為ならどうだ? 好きな子を守る為なら──」


「は、はぁ!? はぁ!? はぁぁ!? いや、いやいや! し、知らなっ、知らない!! 好き!? はぁ!? いや、知らないし!! キモッ!!」


「ははっ」


「笑うなぁ!!」


 だって、笑うだろ。そんなに顔を真っ赤にして叫ばれたら。


「好きなんだろ?」


「…………うん。優しいし、賢い。ワガママで要領悪いあたしとは違う」


「そんなことない。自分の意思をちゃんと持ってるのは、おれは良いことだと思う」


「ほんと?」


「ああ。自分の気持ちが分かっていれば、人の気持ちも分かってあげられるようになる。そうしたら、もっと仲良くなれると思う」


「先生も、そうやってアーニャさんと仲良くなったの?」


「ああ。気持ちをぶつけ合って、一緒に頑張って……今、ここにいる」


 おれは砂の上に寝転んで、左手を太陽に掲げた。薬指の指輪が、日差しを反射して煌めいた。


「うん。分かった」


 ワガママなものか。リックのためなら、こうも素直になれるんだから。なんだか、同じように単純な奴がどこかにいた気がするな。彼女と同じ、黒い髪の奴が。


「ニアー! レオー!」


「あっ! アーニャさーん!」


「アーニャ!」


 陸の方、丘の上からの呼び声に、おれ達は二人で応えた。






「ふぅ……」


「はい。熱いから気をつけてね」


「ありがとう、アーニャ」


 お礼を告げて、おれは食後の紅茶に口をつけた。甘い香りが心地良い。


 屋敷のバルコニーから、庭でなにやらリックをからかう様子のレオが見えた。おれは手すりに寄りかかって、それを見つめていた。


「ああ、またリックをいじめて……」


「良いじゃない。ああ見えてもちゃんと仲良しだよ」


 なら良いのだが。良い加減、レオも素直になれば良いのに。


「……でも、良いことだ。子供が当たり前に、幸せに遊んでいられるのは」


「うん。良くなってるのかな、世界は」


「ああ。きっと」


 そうそう、おれにも一つ変化があった。


「この景色を守るために、おれは頑張るよ。"願い子"として」


 それが、呪い子が必要なくなった今の、おれの新しい肩書きだ。おれがいて、レオがいて、その先にたくさんの子供達がいて。そうしていつまでも、全ての人の願いを守り続けていきたいから。


 そうやって、未来を紡いでいくんだ。


「……ふふっ」


「? どうした?」


「ううん……ニア、大きくなったなーって。いつの間にか、背も越されちゃったし」


 おれの背中に、人肌のぬくもりが重なった。この世界の何よりも好きなもの。かけがえのない絆。それを、背中に強く感じる。


「ねぇ、ニア」


 彼女と同じ息を吸いながら。同じ時を生きながら。


「生まれてきてくれて、ありがとう」


 そんな愛の言葉を、これから何度交わしていくのだろうか。






 この先の未来に何が待つのか。それは、おれ達には分からない。


 この先もきっと、数多の運命がおれたちを待ち構えているのだろう。


 だけどその先にあるのはきっと、希望と幸せに満ちた未来だ。




終わり

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