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#28「願いを背負って、これからも"おれ"が続く。」

「ニア……大丈夫? 痛いところ、ない?」


「んー……痛いところはいっぱいある。でも、大丈……ぶっ!?」


「良かった……良かったよお……!!」


 アーニャは強く抱きしめた。本当に、もうどこへも行かないように。


「ったく……心配させやがって」


「ジャック……わっ! わしゃわしゃするなー!」


 二人の家族に囲まれながら、ニアは幸せそうに笑っていた。


「……えっ」


 その時間は、すぐに終わった。アーニャは転び、ジャックの手は宙を舞った。


「…………え? なん、で……ニア、透けて……」


「ククク…………」


「!?」


 わけもわからず戸惑う彼らの耳に──否、心に。怨嗟のようなその声が響いた。


「私を打ち破ったことは認めてやる。私はもうじき消滅するだろう。だが呪い子ニアよ。どの道、お前もここで死ぬのだ」


「死……ニア、が……」


 アーニャは震える声を漏らしながら、最愛の少年を見つめた。


 彼は、顔を伏せたまま動かない。


「当然だろう……ニアは我が分身。本体たる我が消えれば、分身もこの世に残ってはおれん」


「は……? ふざ、けんな……!」


 ジャックは怒った。アーニャは泣いた。少年は、一言も発さない。


「クク……ほら見ろ、すでに指先から消え始めているぞ? 冥土の土産に貴様らの絶望、見ていくとしようか…………」


 リーンカースの声が、フェードアウトしていく。彼に怒りをぶつけることすら許さずに、この世界から消えていく。


 そして、絶望だけがそこに残って。


「…………分かっていたさ。もしかしたら何とかなるかも、と思ってたんだけどな」


 それでも、少年は困ったように笑っていた。


「ニア……お前……」


「すまない、二人とも。あっちのみんなにも謝らないとな……あんなことを言っておいて、結局おれも、すぐ死ぬことになってしまった」


 海の先の誰かを見つめるように、ニアは海岸線に目を向けた。その先の夕焼けが、ひどく美しくて、眩しくて。


「…………あれ」


 涙が溢れた。


「おかしいな……おれが望んだことなのに……覚悟、してたのに……はは。弱いな、おれは」


「ニア?」


「アーニャ。どうしたら良いかな?」


 震えた呼び声に応えた、その声もまた震えていた。


「おれは……おれはまだ、死にたくないんだ……!」


 ああ。視界が滲む。


 心なんて持たなかったら、こんな風にならずに済んだのだろうか──。


「…………なら、生かしてやるよ……」


「ケセラ……?」


 一歩ずつ。這うようにニアに歩み寄って、ケセラはそう言った。


「ちょっと、そこに座れ」


「お前……何する気だよ!? 動いていい怪我じゃねえだろ!」


「止まって! 今、治すから……!」


「良いから従えよ。それに、もう助からない。きっと、お前の治癒でもな」


 それだけ言うと、ケセラは汗と血を垂らしながら、ニアと再び向き合った。


「体が消えようと、お前の心はまだここにあるだろ? だったら僕が錬成してやる。お前の新しい、人間としての体を……代償は」


 ケセラは消えゆくニアの体に、両手を添えた。赤い光が、彼を包み込んだ。


「代償は、僕の命だ」


「!? ダメだ! それじゃ、あなたが!」


「うるさい。言っただろ……僕は、もう保たない。それに、さっさとカルナのところへ行きたいんだよ」


「おい、ケセラ!!」


 アーニャとジャックが見守る中、ニアに変化が起きた。消えゆく体が、逆行するように戻っていく。生物としての存在を、取り戻していく。


 そして反対に、今度はケセラの体が透明になっていった。


「アーニャ。この先しばらく、お前が世界で唯一の祝い子だ。特別強くなくて良い。特別賢くもなくて良い。ただ、お前の優しさは多くの人を救える。悔いを残すな。懸命に生き続けろ」


「ケセラ……さん。分かりました」


 アーニャの目から涙が溢れた。どうしても堪えきれなかった。だって目の前にいるのは、裏切り者ではなく、自分の師なのだから。


「ニア。エルスカッドでは、化け物のように扱ってすまなかった。お前は間違いなく人間だ。お前が人間として生きていくことこそ、カルナ達の魂の救いになるんだ」


「ケセラ……」


「運命は変えられるんだって、これからも僕に見せてくれ。僕達の願いを背負って生きていけ」


 ケセラの意識は、遠くなっていった。周囲の声も、波の音も聞こえない。視界が真っ白に染まってしまいそうだ。ああ、思考もどんどん覚束なくなっていく。眠りにつくように、鈍重になって、何も考えられなくなっていく。


『あなたにだって……ちゃんと、未来があるじゃないか!!』


 だけど、彼に言われたその言葉。それだけは、絶対に忘れない。


「頼んだぞ。僕の、かけがえのない友よ」


 だから、最後にそれだけは伝えたかった。


 そうして、一人の神の子の物語が終わった。






「…………さよなら。ありがとう、おれの友達」


 確かに蘇った五感を噛み締めて、ニアは空へとそう告げた。


 そうして、呪いの輪廻が終わった。


 聖国にまつわる、長い長い物語が終わったのだ。

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