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#27「この心のそばにある、なにかを信じて。」

 そうして、ケセラの心は届いた。


「……ケセラ……?」


「久しぶり。カルナ」


 闇に包まれた精神世界に、一筋の光となって。


「あの……………ケセラ、私……っ!?」


 最後まで言わせもせず、ケセラは真っ暗な世界に着地すると、カルナをそっと抱き寄せた。


「君もここにいるって、信じてた。髪、僕の好きな長さのままにしてくれてたんだな。変わってない」


「そんなことない……変わっちゃった。私、こんなに醜くなっちゃった。顔も、心も」


「カルナ……」


 こぼれ落ちたカルナの涙を、ケセラはそっと指で拭った。


 そしてニアの方を振り返ると、すうっと息を吸って。


「お前が泣かせたのか? 殺すぞ」


 手厳しいコメントを添えた。


「待った、泣きたいのはこっちだ。おれを見てくれ。拷問なんてレベルの扱いじゃないぞ、これは」


「黙れ、カルナは何も悪くない。お前が謝罪しろよ」


「困った。会話が出来ない」


 黒焦げの顔で、ニアはため息をついくように言い捨てた。


「本当にこの子のせいじゃないの、ケセラ……全部私達のせい。生まれた意味なんて無い無価値な人間なのに、それを認めないで、世界に八つ当たりして……そうやって怨念を溜めてしまったから、リーンカースが復活した」


「無価値な人間、だと?」


 聞き返したケセラに、カルナはただ、小さな頷きで返答した。


「……はぁ。醜くなどなっていない。でも、少し愚かにはなったな」


 ケセラの手が、カルナの頭へと伸びた。美しい黒髪をそっと撫でた。


「無価値なわけがないだろ。君のおかげで、僕はずっと幸せだった。数字で示すのは無粋だとは思うが……これまで83人から求婚があった。全員断ったよ」


「どう、して……私、もう死んでるのに。もう会えないはずだったのに」


「そんなこと、関係ないさ」


 二人は顔を見合わせた。この奇跡の一瞬を噛み締めるように。永遠に互いの顔を忘れないよう、瞳に焼き付けるために。


「救えなくてごめん。それと、生まれてきてくれてありがとう。生き抜いてくれてありがとう。君の生きた証は、僕が世界に刻みつけてみせる。永遠に、君を愛することで」


「…………っ」


 溢れる感情を頬に滴らせながら、カルナはケセラと一生分の抱擁を交わして。


「私も、大好きっ……リーンカースのせいで忘れてた……私、ちゃんと生きてた……愛し合ってた……他に何もいらなかった……ケセラが愛してくれるだけで、私、幸せだったんだぁ……!!」


 真っ黒な自分の人生の、たった一つの光を思い出した。


「…………ありがとね、ケセラ。私、もう大丈夫。独りぼっちでも、ちゃんと我慢できる」


 それでも、この時間は限られているのだ。カルナは、ケセラをそっと腕の中から突き放した。


「カルナ……」


「その……独りぼっちじゃないと思う。おれは」


 二人の間に申し訳なさげに割り込んで、ニアはカルナにそう伝えた。


「え…………あっ」


 ふと感じた手触り。ケセラから離れたカルナの手に、新しいぬくもりがあった。


「あなたは……」


「♪」


 齢6歳の呪い子の少女は、何も言わずにカルナの手を握った。最期まで言葉は話せなかったのだろう。それでも、その瞳には優しさがあった。両手で猫のような耳を作って、頬を擦り寄せるその仕草には、普通の子供となんら変わらない無邪気さがあった。


「猫が好きなのか? にゃーって鳴く、小さい生き物」


「!」


 ニアが尋ねると、少女はそれだ! と言うかのように笑ってみせた。


「…………っ!」


 途端に、脳裏に流れ込んできた。知らない映像と、知らない音。


 今のニアより随分と低い視点だ。そして、あの暗い洞窟の中にいる。そこへ、鉄格子の間を抜けて、1匹の子猫が入ってきた。ニア──否、その記憶の主は、衛兵に与えられた貧相な食事を少しだけ、子猫に分け与えた。それからふたりは友達になって、毎日こっそり遊んで、笑い合っていた。


「……そっか。ちゃんと、楽しいこともあったんだな」


 ニアはそっと、少女の頭を撫でた。


「独りぼっちじゃない。みんなで痛みを分け合える。そう言ったのはカルナ、あなたじゃないか」


 他の呪い子からも、目が合うたびに記憶を受け取った。煌めく流星群を見て、涙を流した記憶。衛兵が気まぐれに分けてくれたパーティーの料理を食べて、そのおいしさに感動した記憶。


「……そっか。そうだね。私達、独りじゃない」


 どれも些細なもの。だけど、彼ら一人一人にとっては、幸福だったかけがえのない記憶。儚くも、確かに彼らの中にあった願いだ。皆、同じ人間だ。


「うん、分かった。おれはみんなの願いを背負って、今を生きてるんだな」


「ニア……?」


「帰ろう、ケセラ。おれ達の世界に。誰もが願いを叶えられる、幸せな世界を、おれは作りたい」


「ふっ……馬鹿のくせに、偉そうに言うようになりやがって」


「偉そうなのは、あなたもだろ」


 苦笑しながら言うと、ニアは踵を返した。見据える先は、ケセラが開いてくれたあの光。現実世界へ戻る道。


「ありがとう、みんな。みんなのこと、おれは一生忘れない…………あっ」


 振り返ると、そこはもう暗黒の世界ではなく。


 蝶が舞い、風に草花が踊る、楽園に変わっていた。


 彼らは怒りも憎しみも捨て、ただ静かに微笑んでいた。


「ケセラ」


 ケセラもまた、目を見開いて驚愕していた。そんな彼に言葉を向け、カルナは身を寄せて。


「……っ」


「!」


 最初で最後の口付けを、彼と交わした。


「……バイバイ。大好きだよ」


「カルナ……ああ。僕も、大好きだ」


 それ以上は、何もいらない。


 それぞれのかけがえのない幸福を噛み締めて、二人は夢の世界を旅立った。






「…………うあああああああッ!!!」


「ぐおああああああああ!?」


 それは、言うなれば闇の閃光。悪を砕く、黒く煌めく願いの光。


 リーンカースの腹を裂くように、ニアはその内側から飛び出した。


「おいおい、アイツ……!」


「ニア!! おかえり……!!」


「ただいま!! ジャック、アーニャ!!」


 そのままの勢いで、砂に一回転して着地する。


「ありがとう、ケセ……ラ……!?」


 ふと右を見て、心臓と思考が一瞬固まった。


「……っ、はぁ、はぁ……」


 隣に寝転ぶケセラは──明らかに、致命傷を負っていた。


「どうして……!?」


「ケセラは……ニアが目覚めるまでずっと、リーンカースに剣を突き立てて叫んでいたの」


 震える声で、アーニャはそう言った。


「リーンカースの腕が再生して、ケセラを何度も攻撃した……私の回復も間に合わないくらい……それでも、ケセラは離れなかった……」


「そんな……すまない……」


「黙れ!」


 ケセラは全身から血を噴き出し、うずくまりながらも叫んだ。


「さっさと、終わらせて来い……頼むぞ」


「…………ああ、分かった」


 ニアはそれだけ言うと、リーンカース目がけて最後のスプリントをかけた。


「おのれ……私にここまで傷を……がっ、ぐおおおおお!?」


 ニアが突き破った傷口をさらに広げるように、リーンカースの全身に幅が広がっていく。足が裂けていく。内側から、白い光が漏れていく。


「があああああああっ!? なんだ、これはっ……浄化、されていく……我が体が、内側からっ……!?」


「カルナ、みんな……!」


 ニアにはすぐに分かった。彼らは今もずっと、共に戦ってくれている。


「これで最後だ……力を貸してくれ、みんな!!」


 ニアは叫んだ。黒いオーラが、彼を包み込む。そして、それはいくつもの具象を作り出した。


 式神がごとく彼に付き添う、2匹の黒猫。リーンカースを打ち砕かんと突き進む、黒い流星群。そして彼の手には、黒い炎が灯った。


「力が、力が湧かぬ……負ける、このままでは……負ける、私が……!? な、何故、何故だ……貴様ら人間など、私より遥かに弱いはずなのにぃ……!?」


 防御行動すら取れない。リーンカースは苦しみ、蠢いて、震え上がった。


「確かにおれ達はお前より弱い。お前の暴力ひとつで、簡単に命を奪われてしまう。でも!!」


 ニアは高く跳び上がった。最早、リーンカース自身を見てなどいない。彼は、その先にある未来を見ている。


「心だけは、誰にも奪えないんだッ!!!」


 拳を振り上げて、ニアは叫ぶ。未来へと。


「おれの心の全てよ、未来へ届け…………"ニア・マイ・ハート"ッ!!!」


 炸裂。少年の勇気と願いの一撃が、怪物の心臓を穿ち、爆裂させた。


「ぐおわああああああああああああああああッ!!!!」






 雨は止んだ。雲間からは光が差した。


「……ニア……ニアぁ!!」


 少女の、喜びの声が響いた。


「…………うん。終わったよ」


 そして最後に、少年がそこに立っていた。


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