#25「呪いと裁きの火が、この身を焼くけれど。」
「呪い子がどこで生まれ、どこから来るのか……謎だったが、それもお前の手の内だったとはな。ともすると、ニアが処刑を生き延びたのも、小耳に挟んだ黒い怪物の話も、全てお前の仕業か」
「クク……そうだ。貴様らが正しいと信じて行ってきた呪い子の処刑は、私の復活を助長する行為だったのだよ」
「そうか……カルナが苦しんだのも、殺されたのも、全てお前のせいか」
「何を言う? 私がいなければ、奴は生まれることすらできなかった。親には感謝すべきだろう?」
「黙れッ!!」
叫び、ケセラは右腕を掲げた。その先へ、四方八方から金属片が高速で集まり始める。
「この村全ての金属を、一旦借りるぞ」
「ほう、無機物操作……少しは楽しめそうだ」
金や銀が流星のように空を飛び交う。それかはぶつかり、結合し、無数の刃物を形成していく。
「おい! お前らがアイツ野放しにしたのか!? 犯罪者だぞ!?」
「だ、だって……流石に戦力が必要だと思いまして!!」
ジャックの怒号に、赤髪の青年は必死な弁解で答えた。他3人も同調するように、こくこくと首を縦に振る。
「てかお前、能力封印されたんじゃ……」
「は? あの程度の封印、僕には効かない。演技だよ」
「はぁ!? じゃあ……」
「心配するな、もうお前達を襲う気は無い。また殴られたらたまらんからな」
僕はただ──呟きながら、ケセラは前へ前へと歩む。
「せめて、彼女に恥じない自分でありたい。それだけだ」
二度と結ばれぬ愛だとしても、その愛が今の自分を作ってくれたから。
だから彼は、絶望に抗いに来た。
「僕が一撃当てに行く! お前達は周りの足に対処しろ!」
「う、うっす!」
砕けた口調の男は槍を構え、額に汗を垂らしながらリーンカースを見据えた。3人もそれに続き、息を呑みながら歩む。
「アーニャ。別にそうして震えていても構わん。僕はそれが恥とは思わない。ただ」
頭上で構築された無数の刃が融合し、一般の剣になったのを見届けると、ケセラは彼女の方へ振り返った。
「僕のように、後悔だけはするなよ」
先代としての最後の教え。
そうして、ケセラは駆け出した。
「うおおおおおおッ!!」
告げるべきことは告げた。あとは、眼前の敵に立ち向かうだけ。ケセラは覚悟を決め、銀の剣を握りしめた。
小細工はしない。アーニャと戦った時のように武器を分散させても、リーンカースには通じないだろう。一本の武器を極限まで作り込み、強化し、最大威力の一撃を狙う形でなければ、勝負にすらならないだろう。
「散れッ!」
そのために、隙を作る。自分達の仕事を心得ている若き衛兵達は、合図とともに散らばった。
「ええい、まとめて死ね!!」
「防御!! 腰を入れろ、だが正面からぶつからずに受け流せ!!」
ケセラの叫びに呼応して、四人はぐっと足を踏み込んで武器を構えた。左右から迫り来るリーンカースの両足が、槍や盾に阻まれる。
「よし、今だ……がっ!?」
「ふはははは!! 腕が2本しか無いと思うたか!!」
水中から突如飛び出した三本目の足が、砂浜から跳躍してリーンカースの腹を狙うケセラの体に、鞭のようにぶつかった。一瞬の反射で剣を構え受け止めたが、巨象の突進を人間が受けるようなものだ。耐えきれず、ケセラは吹き飛ばされて砂に打ち付けられた。
「そおら、貴様らも吹き飛べ!」
「しまっ……うわあああああっ!?」
新兵には荷が重かったのだろう。軌道の変わった両足の攻撃に対応しきれず、衛兵4人もまとめて吹き飛び、ケセラの周囲に散らばって倒れた。
「うっ……祝い子、様……」
衛兵の少女がうずくまり、呻くように言葉をこぼす。その脇腹から滴る赤い水が、乾いた砂の上にこぼれ落ちた。
「どうだ、効いたか? 足の表面に、ちと棘を生やしてみたが」
「っ……すまぬ、深く刺さりおった……!」
白髪の衛兵が、右胸を押さえながら言った。心臓に刺さらなかったのが幸いだったが、少女兵以上の重症で、溢れる血が止まらない。
「やっぱ……ダメっすかね、俺らごときじゃ……」
「せめて……祝い子様のお力を……」
他二人も軽症では済んでいない。たった数秒で、既に勝負はほぼ決してしまった。
「愚か者共が!!」
「!?」
絶望を引き裂くように強く叫んだのは、ケセラだった。
「一丁前に語っておいて、結局祝い子頼みか!? お前達も他の国民と同じ、祝い子にすがらなければ何もできない人間なのか!?」
「ケセラ……?」
折れた骨にも構わず、ケセラは立ち上がって剣を握りしめた。息を上げながらも、その瞳に灯った光は濁っていない。
「祝い子にすがり! 呪い子に押し付け! 思考を放棄し、運命と風習に盲目的に従ってきた! その結果が今だ! 変わらなければならないんだ、僕達は!!」
変われない人間への怒り。変えられなかった自分への悔しさ。その全てを吐き出すように、ケセラは叫んだ。
「ようやく分かったんだ。カルナに報いる方法が」
それはきっと、全てを世界のせいにして壊すことではなく。
「彼女が愛してくれた僕という人間を、最期まで貫き通すことだ!!」
強く、気高く。ケセラは再び走り出した。
「っ……!?」
「無様よ。口だけなのは貴様も同じか?」
転倒した。足の骨が砕けていたのだ。
その姿を見たリーンカースは、嘲笑しながら足を振り上げた。回避は叶わない。転んだままでは防ぎきれない。完全な詰みだ。
「"廻帰"! "固化"!」
もしケセラが一人で戦っていたら、の話だが。
「なっ……!?」
一瞬固まった自身の足に困惑するリーンカースの傍ら、ケセラは修復された足で地面を蹴り、距離を取った。
「ふっ……重役出勤か? お姫様」
「ごめんなさい。私も、後悔しない道を選びたいから」
「祝い子様……!」
同時にヒールをかけられていた衛兵達も、途端に元気になって立ち上がった。ケセラがエンジンを付けた彼らの心に、アーニャが燃料を注いだのだ。
「やれやれ……それじゃ、俺も命燃やすかね」
「お願い、みんな。"付加"!」
歩み寄ったジャック、そして自分自身もろとも、アーニャは全員の肉体を強化した。
「おのれ……一瞬私を止めた程度で、思い上がるな人間共がァ!!」
「思い上がってなんかいない。ただ、諦めたくないだけだよ」
こんなもので、リーンカースに届くはずがない。強化したニアですら歯が立たない怪物を、上回ることなど不可能だ。
それでも何故か、負ける気はしない。
だから勇者達は、一斉に駆け出した。
その裏側、闇の世界で。
「ぐ、がああああああああっ……!!」
ニアは、激痛をその身に浴びていた。
「痛いでしょ? 肌が燃えて、体の肉が軋んで、呼吸は出来なくなる。私は死ぬのに何分もかかった……あなたにも、同じ目に遭ってもらうね」
リーンカース、そして彼と融合した呪い子達の魂が支配する精神世界。まだ部外者であるニアには、彼らに抗う術が無かった。ただ涙を流して、痛みに耐えることしか出来ない。
「ほら、見て」
そう言いながら、カルナは仮面を取った。そこには、溶融して化け物のように色褪せた、人肌だった何かが焼け残っていた。同時に、焦げて灰色になった前髪も姿を現した。
「私はただ、綺麗でいたかった。普通の女の子としての幸せが欲しかった……欲張ったりなんかしてない。なのに、神様はそれすら叶えてくれなかった」
その声がニアに聞こえていないのは分かっていたが、それでも不満を吐き出すようにカルナは語った。
その背後には、足音と人の気配がさらに増えていく。痩せ細った者、目の無い者、あまりにも幼い者。
「私だけじゃないよ。この人は洞窟に放置されて、飢えに苦しみながら死んだ。この人は目を抉られた。この子はまだ6歳だったのに、生きたままお腹を裂かれて死んだ。そこに明確な理由なんて無かったんだよ? ふざけてる……」
カルナは怒りながら、火の中のニアへと一歩あゆみ寄った。
「痛いでしょ? 苦しいでしょ? 私達とあなたは今、同じ苦しみを分かち合えている。一つになろう? そうしたら解放されるよ。リーンカースに身を任せれば、今までの憎しみ全てを晴らせるよ。潰して、切り裂いて、壊して、泣かせて、殺して……あははっ!」
カルナは悦に浸りながら語った。情緒不安定なその様は、もはや人の域を脱している。
その傍には、十数人の呪い子達。全員が若者か子供だ。みな新入りを迎え入れるべく、慈愛のこもった微笑みと共に、焼け焦げて苦しむニアを見つめている。
そんな奇怪な光景の中、数時間で火は消えた。精神世界故か、それだけ焼かれてもニアは尚、溶けることなく人の形を保っていた。だが、彼はもう指一本動かさない。
「痛めつけてごめんね。本当は、あなたの意志で入ってきて欲しかったけど……」
憐れむような視線を向けながら、カルナはニアに顔を近づけて。
「ようこそ、"私達"へ。ずーっと、一緒にいようね」
その口元に、唇を近づけるのだった。