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#24「それを拒むのは、おれの仲間達で。」

 胸に、激しい痛みを感じた気がした。


 絶対に泣いてほしくない人の、泣き声を聞いた気がした。


 だけど、意識は深い闇へと溶けて。


「…………ッ!!」


 目を覚ますと、ニアはもう、真っ暗な世界の中にいた。


「ここは……誰か!」


 ニアは叫んだ。何も見えない。何も聞こえない。


 体も動かない。正確には五感全てが閉じているせいで、自分が動けているのかどうか分からない。


「あんまり暴れない方が良いよ。全部無駄だからね」


 そんな真っ暗闇の中で、何故かその声は鮮明に聞こえてきた。


「あなたは」


「カルナ。あなたの先代の呪い子……あなたの、お姉ちゃんかな」


 目元に銀の仮面を付け、ニアと同じ黒髪を肩まで伸ばしたその少女の姿は、何故かはっきりと目に映った。拷問されていた頃のニアと同じようなボロボロの服の袖からは、あまりに痩せ細りすぎた手足が伸びている。


「カルナって、ケセラの……いや、いい。おれは、死んだのか」


「完全に死に絶えたわけじゃないよ。あなたはリーンカースに吸収されて、今ここにいる。いずれ私みたいに、リーンカースと完全に融合しきったら、もう外へは出られなくなるけどね」


 アーニャにどこか似ている、穏やかで優しい声色。だが、そこに感情はこもっていなかった。


「それは、困る……アーニャ達が危ない。行かないと」


 ニアは言いながら、手足を強引に動かそうとした。だがカルナとの距離が縮まりも遠ざかりもしないことが、その行為の無意味さを示していた。


「祝い子のこと? どうでも良いよ。あなたが助けてあげる義理は無いでしょ」


「アーニャだけじゃない。ケセラも……あなたが愛していたケセラも今、この村にいる。リーンカースが村に侵入したら、きっと彼も危な──」


「どうでも良いって言ってるでしょ!!」


「!?」


 初めて聞こえた彼女の感情は、激しい怒りだった。


「ケセラも……アイツも結局、私を救ってくれなかった。私には、やりたいことがたくさんあったのに……ひとつも叶わなかった。世界中が、私達の敵だから」


 だけどね──カルナは再び穏やかに微笑んで、仮面の奥の赤い瞳でニアを見つめた。


「私達は違う。虐げられてきた呪い子同士、きっと痛みを分かち合える。私達こそ、この世界で唯一の、お互いの理解者なの。だから、ね? ひとつになろうよ」


 カルナの細い指が、ニアに届く。顔についたいつかの傷跡をいたわるように、その頬をそっと撫でる。


「私なら、あんな被害者(づら)の箱入り娘よりもっと、あなたを愛してあげられる。私達なら愛し合える。そうでしょ」


「……ああ。そうなのかもしれない」


 カルナの力なのか、ほんの少しだけ体を動かせるようになっていた。だからニアは、右手で彼女の手をそっと握って。


「だけど、嫌だ」


 その手を弾いた。


「確かに、おれにはあなたの痛みが分かる。だけど、アーニャは俺を救ってくれた人だ。アーニャがいたから、俺はただの運命の歯車じゃない、人間のニアになれたんだ。その彼女を悪く言うような人とは、きっと分かり合えない」


「…………そっか」


 すまない、と一度だけ頭を下げて、ニアはそれっきり踵を返して歩き出した。時間が無い。まだニアとして動けるうちに、ここから出る方法を探さねばならないのだ。


 真っ暗だけど、何かを踏み締めている感覚も、前に歩み進んでいる感覚もある。このまま行けば。


「かひゅっ……?」


 一瞬の衝撃の後、全身の筋肉が硬直した。


「……かはっ、ごほっ、がっ……」


 次いで、激痛がはらわたを突き抜けた。


「なら仕方ないね。"みんな"のためにも、弟を"説得"しようかな」


 振り返った先で、カルナは怪物と同じ嘲笑を浮かべていた。






 かたや、現実世界。


「ニア……嘘、嘘だよ……ニアぁ…………」


 うずくまりながら、アーニャは何度もその名を呼んだ。


「くははははっ……貴様も死ねえ!!」


 だがリーンカースには、その行為が無意味で無価値な愚行に見えた。


 迫る、真っ黒な前脚でアーニャを押し潰さんとする一撃。


「危ねえッ!!」


 その寸前で、ジャックは彼女を抱きかかえて跳んだ。靴のかかとをかすめる感覚に、冷や汗をかきながら。


「逃げて立て直すぞ、お嬢さん!」


「ダメだよ!! ニアが、ニアが……!!」


「アイツがあんな簡単に死ぬわけねえ!! んなわけ……んなわけねえだろ!!」


「ククッ、中々鋭い。そうだ、奴はまだ死んではおらん」


「何……?」


「ほれ、これを見てみよ」


 巨大な黒い烏賊(イカ)の容貌をしたリーンカース。その腹部に、ひとつの人影が浮かび上がった。


「ニア!」


「祝い子よ。此奴はこのままいけば、私と融合してこの世から消滅する。気分が良いから一つ、戯れをしてやろう……何でも良い、この私の土手っ腹に、一撃入れてみよ。さすればニアを貴様らに返してやる」


「言ったなテメェ……約束だぞッ!!」


 ジャックはゆらりと立ち上がると、ベルトに括り付けたナイフを手に握り、走り出した。


「おらぁッ!!」


「面白い。足掻いてみせろ、異邦の無能力者よ」


「くっ……!」


 ジャックの投擲したナイフは、容易くリーンカースの前足に弾かれた。だがジャックも方も、もう片方の前足による反撃を寸前でかわす。


「もう逃げねえ、隠れねえ。俺の親友で、弟なんだよ……テメェなんかに奪わせねえぞ!!」


「ハハハ、熱い男よ! お前のような奴こそ、潰し甲斐があると言うものッ!」


「ほざけ……おいお嬢さん! 戦うぞ! アンタ祝い子だろ!!」


 敵の両足の動きに最大限注意しながら、ジャックは後ろに座り込むアーニャへとそう叫んだ。


「…………無理、だよ」


 だが、返答はそれだった。


「勝てない……私は、怖い…………」


 今のジャック相手の遊びの攻撃とは違う、先刻ニアを破った、リーンカースの本気の一撃。それを味わったせいだ。


「ただ持て囃されていただけ……私は……何も出来ない、ただの子供なの……」


 祝い子という誇りも、使命感という鎧も、絆という剣も、それに砕かれた。残ったのは、まだ14歳の美しくも脆い少女だけ。


「まこと無様であるな、祝い子よ! では見ているが良い!」


「がはっ!?」


「じ……ジャックさん!!」


 攻撃をさばき損ねたジャックは、砂浜に伏していた。そこへ、巨大な足がとどめを刺さんと上空から迫る。


「貴様の臆病さと無力故、無垢なる民が死んでいく様をなぁ!!」


「やめて……やめてええええええっ!!」






「……っ。うおおおおおおおおッ!!」


「押し返せ、お前らああああああッ!!」


「む……?」


 死の運命は、打ち砕かれた。


 鎧を纏い、銀の槍で怪物の足を弾き飛ばしたのは、4人の男達。


「はぁ、はぁ……ご無事ですか、祝い子様!!」


「衛兵の、皆さん……? どうして……?」


「騒ぎを聞きつけ、急いで駆けつけて参りました!」


 号令を放っていたリーダー格の男──赤髪の若い青年は、凛とした声でそう言った。


「サウ殿が戦闘不能な上、ほとんどの者が怖気付いてこのザマでござるが……我々はこの命、貴方様のために捧げようぞ」


 隣に立って語るのは、筋肉質の白髪の男。


「俺は正直、あの呪い子への興味本位で来たっす。醜い化け物って聞いてたのに、実態は普通の少年だったもんで」


「あなた達、どこかで……」


 砕けた口調の緑髪の男を含む3人。彼らを順番に見つめながら、アーニャはそう言った。


「我々は先ほどサウ殿とともにお屋敷に入り、呪い子を押さえ込んだ衛兵です。我々が間違っていました。その罰は必ず受けます……しかし、今だけはあなた様をお守りさせて頂きたい!」


 リーダーの男が深く頭を下げると、他の二人もそれに倣った。


「わ……私は……」


 その隣、紅一点の盾を持った少女が口を開いた。


「昨日までエルスカッドで番兵をしてた兄から……祝い子様と呪い子が仲良しで、二人でケセラさんを止めたって聞いて……正直、何が何だか分からないでいます。まだ、あの呪い子のことも信じられません」


 白いツインテールの少女は、震えた声でそう言う。


「で、でも……祝い子様のことなら信じられます! あたし、ずっとファンで……あなたの声と笑顔が好きで……そばでお守りしたくて、衛兵になったんです! だから、祝い子様があの子のこと好きなら……あたしも、あの子を助けてあげたいです!」


「…………でも。私はもう君達が崇めるような祝い子じゃない。怖くて、仕方ないの」


 嬉しさに涙を浮かべながらも、アーニャはそう本音を言うしかなかった。


「お助けするのは、あなた様が祝い子だからではありません」


「え……?」


 赤髪の青年の言葉に、アーニャは顔を上げた。


「美しく、我々のことを第一に考え、何より心優しい……そんな"あなた自身"のことを、我々は尊敬しているのですよ」


 そう言って微笑む彼の笑顔は、とある少年に少し似ていた。


「良いだろうッ!! だが、雑魚が何人集まろうが同じだ!! そおらッ!!」


「来るぞ、迎撃!!」


「は、はいぃ!!」


 それぞれ武器を構え、二撃目に備える。


「……おい、甘いぞお前達。それでは次は防ぎきれない」


 だが、彼らの出る幕は無かった。


「ぐおおおお!?」


 突如、岩石で作られた無数の剣が、リーンカースの足を迎撃し弾き飛ばしたのだ。


「全く……まあ、師匠が僕では仕方ないか」


「あなたは……」


 アーニャは言葉を漏らす。ジャックも、目を丸くしてその助っ人を見つめていた。


「元祝い子、ケセラ・ブリュンセイバー。贖罪と我が使命がため、ここで怪物を討つ……!!」


 剣の切先を怪物に向け、ケセラは言い放った。

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