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#16「それでも、諦めたくないから。」

「私はニアに殺されて、罪を償うの。あなたなんかに、私もニアも殺させはしないよ」


「…………え?」


 何の話か、何が言いたいのか、分からないけれど。


 その言葉は彼女の本心なのだと、それだけはニアにも確かに分かってしまった。


「なら都合が良い。今すぐここで死んでくれよ」


「聞こえなかった? あなたじゃなく、私はニアの手で殺されるの。それがニアのためにもなるから」


「待って……アーニャ! 分からないぞ……おれはアーニャを殺したいだなんて、思ってない!」


 クリスタルを内側から叩きながら、ニアは叫んだ。何度殴っても傷一つつかない。すぐそこにいるのに、無限の距離を感じてしまう。


「ありがとう。ニアは優しいもんね……でも、私なんかに優しくしなくて良いの」


 彼女もまた、ニアに目を合わせようとしない。


「優しいから我慢してるだけで、本当は痛かったでしょ? なんで自分ばかりこんな目に遭うんだって思ったでしょ……私がいるせいなの。祝い子がいたから呪い子も生まれた。全部私のせい……だから、心のどこかにあるでしょ? 私への憎しみが」


 お見通しだとでも言うように、アーニャはそっぽを向いたまま微笑む。その目にニアは映らない。


 だけどニアには、訳がわからなかった。的外れだ。


「……おれは、そんなこと」


「そうか、そういうことか! アーニャ、君も僕と同じだ。祝い子として生まれた運命を呪い、全てを壊してしまいたいんだろう。なら目的は同じだ! 手を組もう! ともにこのふざけた国を滅ぼそうじゃないか!」


 今度の彼の笑顔は、嘲笑ではなかった。同じ苦痛を味わった者と出会えた、そんな歓喜の笑み。


「私はただ、ニアの幸せを願っているだけ。そして、罪を償いたいだけ。何があったのか知らないけど……関係ない国民に八つ当たりする、あなたとは違う。自分のエゴを押し付けないで」


 だが、差し出した手はあっさりと振り払われた。アーニャは両手を掲げ、照準するように指先をケセラに向ける。


「"固化(ロック)"!」


「おっと……来い!」


 クリスタルが生成されたが、そこに敵の姿は無い。ケセラは飛び退いて回避すると、再び石の剣を作り出して握った。さらにその周囲に、粗雑に作られた数十本の刃物が顔を出す。


「"守壁(オーラ)"!」


「無防備な……なにっ」


 両腕を交差させたアーニャに向けて、ケセラは無数の刃物を一斉に放った。だが、それが肉を切り裂くことはなかった。壁に弾かれるようにして、力を失った石の塊がぽろぽろと落ちていく。


「"固化"! "固化"ッ!!」


 攻撃の手を止めず、アーニャは詠唱を続けた。ケセラは一旦反撃を諦め、踵を返して斜めに回り込むように走る。だが、連鎖して生まれるクリスタルの監獄が、徐々に彼を捕捉しつつあった。

 

「ええい、鬱陶しい……このッ!!」


 痺れを切らして、ケセラはクリスタルに向けて手を掲げた。


「あっ……!?」


「……ほう。なんだ、最初からこうすれば良かった」


 アーニャが驚嘆の声を上げる一方、ケセラは勝ち誇ったようにそう言った。


「神性を帯びているというだけで、これも"無機物"だったのだな」


「クリスタルが……!」


「クリスタルじゃない。僕の干渉を受け、ただの石ころになったよ」


 "固化"は──宝石の監獄は、ただの色褪せた石に変わり、粉々に砕け散った。


「アイツ、何でもありか!?」


「アーニャ! このっ、何でおれには壊せないんだッ……!?」


「ナイフでも傷つけられねえ……超常的な力で保護されてるらしい。嬢ちゃん本人か、同格の異能を持つケセラにしか壊さねえってワケか」


 ジャックは歯を食いしばった。これで戦いは完全にケセラが優位。今も尚、アーニャは彼の無数の凶器に襲われて防戦一方だ。


「くそ……嫌だ、このまま蚊帳の外なんて……ケセラ! アーニャを傷つけるな! おれと戦え!!」


「ニア……」


 だけど、ニアは彼以上に辛いのだろう。世界で一番大切な人間が傷つけられて、何も出来ない現状が。


 だがどうしようもない。ニアやジャックにはこの監獄は壊せない。壊せるのは、アーニャ本人と──


「……ニア。多分ひでぇ目に遭うけど、一つ考えがある」






 そんな会話の傍ら。


「行け、お前達!」


「"守壁"! っ、あうっ……」


 ケセラの猛攻に、アーニャは再びダメージを受けた。"守壁"も無限に維持できるわけではない。体力の限界が来て、一瞬だけ守りを解いた瞬間──その瞬間、ケセラは地中に隠していた短剣を空へ飛び上がらせた。回避しきれず、彼女の右肩を凶刃がかすめる。


「"廻帰(ヒール)"っ」


 すぐに右肩に手をかざし、アーニャは回復の詠唱を行った。数秒かけて徐々に傷が塞がっていく。まるで、時が元に戻ったかのように。


「さあどうする? どうせお前にはもう、攻撃用の能力は無いんだろう? 僕には勝てない。今のうち降参すれば、一撃で楽に死なせてやる」


「……まだ……!」


 ふざけるな。そう思いながら、アーニャはケセラを睨んだ。


 ここで負けたら、次はニアが狙われる。だから、アーニャは諦めるわけにはいかなかった。能力で勝てないのなら、殴ってでも、噛み付いてでも倒してやる。


 どんなにみすぼらしくても、あの男を倒さねばならない。でなければ、ニアに報いることができない。そんな脅迫じみた使命感だけが、アーニャを立ち上がらせていた。


「調子良いじゃねえか、大将。あー、その調子でこの拘束も壊してくれねえか? さっきみたく」


「ああ……?」


 予想外だった。クリスタルにニアと共に捕らえた男が、突然ケセラに話しかけたのだ。


「あんたに降伏すっからよ、とりあえず出してくれ」


「ククッ、何を言うかと思えば……確かに僕なら君らを出してやれる。だが、そう言われて素直に従うと思うか?」


「へぇ。そりゃ、俺らがアーニャ側についたら、アンタ負けちまうからか?」


「……なに?」


 ケセラは顔色を変えて、ジャックに目を向けた。


 ここまで相対し続けたアーニャには、すぐに分かった。彼の心が乱れたことが。


「聞いたかニア? アイツ、この国を滅ぼすとかほざいてるくせして、俺達たった2人が敵に回るのすら怖いらしいぜ」


「そ、そうだな。えーっと……あ、アイツは臆病者で、よ、弱いんだ、本当は!」


 あからさまに不慣れな様子で、ニアも一緒になって暴言を吐き捨てた。


 ケセラは賢明な男だ。多少自分を悪く言われたところで、余裕のある態度を崩しはしない。常に冷静沈着にして聡明だ。


「貴様……貴様、貴様ッ!! よりによって汚い化け物のお前が、僕を──!!」


 だが、心から見下す者にそれを言われてしまえば、話は別で。


「良いだろう。僕の力で、お前達をそこから出してやる」


 睨みつけるようにニア達を見ながら、ケセラはそう言って右手を掲げた。


「どうして……」


 アーニャは困惑しながら、その様子を見た。なにせ、彼にメリットが無い。頭に来ているにしても、流石に悪手が過ぎる。確かに彼の能力なら、クリスタルという無機物を掌握し、自在に操ることもできるが──


 ──自在に?


「…………待ちなさい!! やめてッ!!」


「ただし……こうやってなァ!!」


 アーニャが悟って走り出した時には、もう遅かった。


 ケセラの能力によって、2人を拘束するクリスタルは形を変え。


「ッ……!!」


「がああああっ!!」


 無数の棘を内側に作り出し、2人の体を無惨に貫いた。肩から、足から、背中から。鮮血が噴き出し、中が見えなくなるほどクリスタルを真っ赤に染めた。まるで拷問部屋のような、凄惨な光景。


「はははっ! 安心しろ、急所は外してある。一発で死んでしまっては勿体無いからな。何度も何度も傷つけて、僕への無礼を後悔させてやる」


「戻れ、戻れッ!! 嫌……どうして消えないの……!?」


「馬鹿が、もうあの石ころの支配権は僕にあるんだよッ! お前の意思に反して、奴らを傷つけ続けるぞ!!」


 嫌、嫌──うわごとのように言いながら、アーニャは必死に呼びかけ続けた。


 傷ついている。また、苦しんでいる。今度は関係の無い人まで巻き込んで。


 まただ。あんなところに放置したせいだ。別の能力で彼らを無理やり逃がしでもしていれば、こうはならなかった。ここに置いたままにした、その判断ミスのせいで、また自分はニアを──


「……さっきは悪口を言って、すまない。でも、これだけは事実だな……」


「ニア!?」


 その声が、闇に沈んでいく思考を現実に引き戻した。アーニャはぐちゃぐちゃになった心のまま、クリスタルの中から聞こえる言葉に耳を傾けた。


「……お前は、すごく、馬鹿だ」


「何を……なっ!?」


 ケセラは驚愕し、目を見開いた。


 壊れている。破壊不能なはずのクリスタルを突き破って、ニアが右手を突き出している。


「このクリスタルをいじってくれたお陰だ……お前が干渉したクリスタルは、ただの石になってしまうんだろ? ただの石なら……」


 ガラスが割れるような高音が、夜の広場に響いた。


 音だけ聞けば、不良の蛮行かと思う。だけどそれは、勇者の希望の一撃だった。


 神性を失い、無敵ではなくなったクリスタルを、ニアは思い切り蹴って粉々にした。


「壊せるんだ、おれは」


 ああ、これが"してやった"というやつか──ニアは不思議な満足感と共に、体の痛みも忘れて夜風を浴びた。


「僕を出し抜いた……? いや、それより……正気か!? このために、体を貫かれる痛みを……!?」


「ニ……ア……」


「よかった。やっと目を合わせてくれたな」


 もう、遮る障壁は一つも無い。世間体とバイアスの邪魔も無い。


 祝い子と呪い子は、ついに再会した。

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