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#15 狭間の物語

「こ、これは……母さん! 元気になったのか!?」


「患った者が例外なく死んでいた、この難病を容易く治すとは……間違いない、この子が、いやこの方が次の祝い子だ!」


 そうして、私の運命が決まった。


 祝い子は世襲制ではない。先代の属する家系に関係なく、この国のどこかで、十数年に一度ぽっと生まれるのだ。


 ならどうやって、どの子が祝い子か判別するのか。曰く、「見れば分かる」。放つオーラが、他の人間とはまるで違うらしい。私は自分が祝い子だから、あまり実感がないけれど。


 加えて、祝い子は特異な能力を神様から授かる。私は治癒と健康な体だった。それが発現した時、人々はその子が祝い子だと確信するのだ。


 たまたま訪れた村でその能力を発現させた私は、それから両親もろともとある海辺の町に招かれた。まだ1歳だった。


「……祝い子様? 聞いておられますか?」


「あっ……ごめんなさい」


 その後の生活に不自由は無かった。むしろ、タダで与えられた豪邸での暮らしは最高品質だった。元々は零細な農家だったから、両親も生活水準の向上をすごく喜んで、いつも私に感謝していた。


 だけど7歳になった頃、私は異様に寂しさを覚え、家庭教師の授業中もずっと窓の外を眺めていた。


「……先生。私も外で、友達と遊びたい」


 一流シェフの料理より、お姫様のような豪華なベッドより、友達が欲しかった。


 政治学より、物語や外の景色の方が好きだった。


「運動の時間はまたご用意します。今はよく学び、良き指導者を目指してください。大丈夫、民は皆あなたを敬愛していますよ」


 みんな優しくて、親切で、愛情を持って接してくれる。


 だけど私はそんなものじゃなくて、対等な友達が欲しかった。一緒に笑い合える友達が。


「呪い子……私と正反対の子か……」


 家庭教師の授業で習った、呪い子の存在。悪しき怪物だから、決して近寄ってはいけないと教わった。


 だけど私は会いたかった。私と対照的な存在に、不思議な縁を感じた。友達になれるかもと、根拠も無く思った。だから、居場所を探して会いに行った。


「あっ、いたいた」


「……?」


 正直、ちょっと怖さもあった。本当に話の通じない化け物で、食べられでもしたらどうしよう、と思っていたから。だけどそこにいたのは、綺麗な赤い目をした男の子だった。






 彼は、悪しき怪物なんかじゃなかった。


 その手はちゃんと温かい。美味しいものを食べた時の顔が、すごくかわいらしい。一生懸命勉強して、すごく立派だ。


 何より、私が来たことに気づいた時の、あの希望に満ちた笑顔が愛しい。


 だから、傷ついていくその身を見るのが辛くて、罪悪感と悲しみで心が埋め尽くされた。そんな憂鬱を抱えながらも、なぜか私は彼の元を訪れ続けた。


 彼のまっすぐな心と、優しい声や瞳に、いつしか心惹かれていたのだ。


 自分で言うのもおかしいけれど……彼もきっと、私のことが好きだ。だけど、それが恋愛感情なのかはわからない。


 それに、私自身のこの思いの正体も掴めない。育て親のような慈愛なのかもしれないし、自分の心の及ばない運命的な縁かもしれないし、男の子への恋心かもしれない。


 だけど確かに言えるのは、彼と過ごす時間が一番心を満たしてくれる、ということだった。


 国のみんなのことも、両親のことも、みんな愛している。だけどニアへの私の愛は、彼らへの愛とは別の何かだと断言できた。


「ねえ、ニア。今はまだ無理だけど……必ず私が、あなたと平穏に暮らせる場所を見つけてあげる」


 だから、何があっても守ると決めた。






「港はいつも監視の目があるけど……うん、深夜に船を盗んで抜け出せそう。申し訳ないけど、1億ギルぐらいの小切手を用意しておこうかな。それで新しい船を買ってもらって……」


 勉強、公務、また勉強。そんな日々の数分の合間を縫って、私は計画を立てた。ニアと一緒に、この国を出ていく計画を。


 勿論、祝い子の使命を投げ出す気は無い。ニアを安全な場所へ連れ出せたら、いたずらをしたという体で私だけ国に帰る。ニアのことは、牢屋の洞窟が崩れて死んだという(てい)を偽装する用意をしている。次の祝い子が見つかったら、その子に役割を継承して、私はニアのところへ行く。そして、ずっと2人で暮らしていく。


 いよいよ、実行は明日の夜だ。


「ふふ。楽しみ」


 2人きりになれたら、何をしよう。ニアは本をいっぱい読みたがるかな。隣国の言葉は勉強しているから、今度はこの国だけじゃなくて、色んな国の物語を聞かせてあげよう。


 それより、色んな場所に連れて行ってあげるのが先かな。山も海も街も、どこへでも一緒に行こう。服を買って、演劇でも見て、美味しいものを食べて。笑顔になって。


 特別はいらない。きっとそれだけで、私達は満たされる。私達はきっと、私達さえいれば、他に何もいらない。


「…………ちょっとだけ、会いたいな」


 ふと、今思い描いた夢を彼にも聞かせたくなった。


「あれ? でも……」


 明日の夜、実行の日は、確実に番兵がいなくなるように細工がしてある。だけど今夜はどうだったか。見張りがいたような気もするし、いなかった気もする。


「……大丈夫。いたら急いで戻って来よう」


 安直な考えで無理やり納得して、私は自分の心を優先した。






「ニア……きゃっ!?」


 牢屋の手前で、私はつまずいて転んだ。普段会いに来る時は無かったはずの何かが邪魔をした。明らかに、自然なものではない、誰かが仕掛けた罠。


「こんなところに縄……どうして?」


「来たぞ! 呪い子を取り押さえる! お前は祝い子様を牢屋に近づけるな!」


「ああ、わかった!」


 してやられた。完璧な連携で、番兵2人は私とニアを引き離した。


「待って……ニア!!」


 細かいことはよく覚えていない。だけど確かなのは、私のせいで私達の密会が暴かれて、私達が脱出を企てているという疑惑が確信に変わったということ。


 そしてそのせいで、ニアの即刻処刑が決められたということ。


 私が軽率だったから。私のせいで、ニアは殺された。






 そもそも、私なんていなければ良かったんだ。


 光があるから闇が生まれる。祝い子なんてこの世に存在するから、その反対である呪い子も生まれてしまう。私のせいで、何の罪も無いニアが、苦しい目に遭ってしまう。


 きっとニアは私を恨んでる。当たり前だ。受けた責苦の全てが、過酷な運命の全てが、私のせいなんだから。


 彼を愛していると思っていた。だから、彼に尽くしてあげたくなるんだと思っていた。


 でも違う。私は罪を償いたかった。彼に優しくしてあげることで、自分の罪が許されると思いたかったんだ。全部偽善だったんだ。それを美化するために、そこに美しい愛があると思い込んだんだ。


 国を担う資格なんてない。私は、自分の罪すらろくに背負えない最低な人間だ。


 もし、ニアが生きてたら。もし生きてて、私の前に戻って来たら。


 その時はきっと、私のことを殺したいほど憎んでいることだろう。


 それでいいよ。いっそ、私を殺してよ。


 私の誕生とともに焼きついた罪を、その手で粉々にしてよ。


 そう思いながら、私は今日までの日々を空虚に過ごしてきた。






 ニアは生きていた。そしてやっぱり、私の元へ帰って来た。前よりもっと綺麗で力強い目になっていて、嬉しかった。生きていてくれて、本当に良かった。


 だけど、もう私が彼の隣にいる資格は無い。だから突き放した。私を嫌いになってくれるように。全ての呪縛から逃れて、1人で自由に生きていけるように。


 時は来た。ケセラを倒したら、そのまま全ての運命を終わらせよう。


 呪い子(ニア)祝い子(わたし)を殺して、自由を手に入れて、私達の物語はおしまい。






 ああでも、せめて最後に。


 全てが終わった後もずっと、彼がちゃんと笑えていたら良いな。

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