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#13「何度だって、立ち向かった。」

「来たか、呪い子」


「あのガキ、昼間うるさかったアイツか!?」「呪い子だって!?」「なぜここにいる!? 死んでるはずじゃ……」「祝い子様はなぜ、教えてくださらなかった!?」


 周囲の声を気にも止めず、ニアは一歩、また一歩と歩いた。


「1人なのか? 隣にいた男はどうした」


「"しょけい"は、悪い人への罰だ。アーニャが受ける必要は無いだろ」


 ケセラからの問いかけを無視して、ニアは苛立った声を彼にぶつけた。


「何を言う。君にとっても、この女の存在は悪だろう? 光ある所に影が生まれるのだから」


「何……?」


「分からないか? まあ良い、これから死ぬ君が知る必要は無い」


「死ぬもんか! お前をやっつけて、アーニャを助けるまではッ!!」


 ニアは言い放つと、強く地面を蹴って城へと駆け出した。


「こいつ、速ッ……!?」


 小柄な体で、四足獣のスピード。重厚な武装をした衛兵達ではその動きを捉えられず、ニアの通り道に吹いた風だけが彼らの鎧を撫でた。


 ならずものの集まり故に統率が取れていないらしく、衛兵達の動きはバラバラだった。あっさりと包囲網を突破されたが、ケセラは見下すような笑みを崩さない。


「では、こういうのはどうかな?」


「っ……何の、揺れだ」


 ケセラが指を弾いた途端、広場の地面が大きく揺れ始めた。地震──ではない、巨大な何かに大地が揺さぶられている──!


「これは……!?」


 石の巨城が音を立て、巨人のように立ち上がった。その表面がボロボロと崩れ落ちていく。だがそれは衝撃で崩れたと言うよりも、最初からそういう仕組みになっているかのようで。


「隣の田舎町での出来事は耳にしているよ。不可解な馬鹿力を秘めているようだが……自然法則を超越した異能はなにも、君だけのものではないのさ」


 犬と猫の戦争の物語を、昔読んだ。猫の軍勢が、城にある大砲に大きな毛玉を装填して発射し、犬の歩兵隊を苦しめていたのを覚えている。


 だけど、直感でわかる。今目の前にある城からは。巨人の形に変貌した城の腹部に取り付いているあの大砲からは、毛玉なんて比ではない危険物が発射される──!!


「くそっ!!」


 後先考える暇などない。ニアがほぼ反射神経で横に飛び退いたのと、大砲から岩石の弾が発射されたのは同時だった。


『うわあああああっ!?』


 なんとか回避して地面から立ち上がった途端、背後から悲鳴が聞こえてきた。


「み……みんな!!」


 考えてみればそうだ。ニアが避けたのなら、その後ろの人々に弾が飛んでいく。運良く誰にも当たらなかったようだが、石の砲弾が直撃した地面はえぐれ、下から噴き出した土が煙を上げていた。


「お、おい旦那!! 俺達もまだここにいるんだぞ!?」


 裏切り者の衛兵達も、焦って怒鳴り声を上げた。きっと、こんなのは段取りに無かったのだろう。


「知るか。正規の衛兵達を地下に閉じ込めて貰った時点で、君達との契約は終わった。後はどうなろうが知ったことか!」


「そんなこと、させないッ!!」


 割り込むように言い放つと、ニアは怯むことなく、すぐさま駆け出した。


 蛮勇ではない。勝てると踏んでいる。あの直線的な射撃なら、走り続けていれば避けられるはずだ。


「お前が殺したいのはおれなんだろ!? 狙うならおれ1人を狙え!」


「良いだろう。では、こうなったらどうだい?」


 ケセラが指を鳴らすと、再び砲弾が腹部から発射された。先程と同じように、ニアは横に飛び退く。今度は転びもせず、再び走ることができた。このまま距離を詰めて──


「えっ」


 どうして。正面の砲塔を避けたのに。


 次の砲弾がまた、低い軌道で目の前まで迫っている。


「……うおおおおおおおッ!!」


 一か八か。ニアは右の拳に力を込めて、巨大な砲弾にまっすぐ叩き込んだ。


 バキィッ!! 岩が砕けた音か、骨が砕けた音か分からない。すごく痛いけれど、このぐらいなら大丈夫。そう思って、再び駆け出した。


「まさか、砲塔が2個あるなんて……」


 ニアは上空を見上げて言った。まさか隠された砲塔が、巨人の右肩にあるなんて──右肩? 違う、さっきのは低い軌道で。そう、奴の右足から発射されて──


「……気づいた頃にはもう遅い。15個の砲塔が、貴様を狙っているぞッ!!」


 ああ、まずい。足からも腕からも頭からも。人間という脆弱な種を簡単に捻り殺す(あな)が、顔を出しているではないか。


「まずい、まずい、まずいッ……!!」


 すぐさま両腕を地面に突き、四足の高速走行に肉体を切り替えた。獣のような猛ダッシュも、しかし追尾し続ける巨岩の雨をかわしきれず。


「ぐあああああっ!?」


 左足から放たれた石の大砲が、ついにニアの腹に激突した。いくら頑丈な彼といえど耐えきれず、10メートル以上後ろへと大きく吹き飛んで地面を転がった。


「げほっ、がはっ……」


「はぁ、はぁ………….って、おい!! ニア!?」


 倒れ込み咳き込む少年。そんな危険地帯に自ら足を踏み入れた男は、目の前の少年の姿に驚きの声を漏らした。


「ジャッ、ク……」


「衛兵を探して武器パクろうとしてたのに、どこにもいねえし……来て早々何なんだよこれは!? なんであの野郎がアーニャの嬢ちゃんを拉致ってる!?」


「これはこれは。わざわざ戻って来なければ、部外者の君は見逃そうと思っていたのに」


 巨人の肩の上のバルコニーから、ケセラが嘲るような声を上げた。ジャックはすぐさま見上げ、彼を睨みつけ息を吸った。


「アンタ、嬢ちゃんに何する気だ? クーデターで始末して、先代の自分が祝い子の座に戻ってチヤホヤされてえ……そんな所か?」


 尋ねながら、ジャックは一歩ずつ巨人に近づいていった。巨人の砲塔が彼を狙う気配は、まだ無い。ケセラにとって、彼は脅威ですらない、ということだろうか。


「祝い子に戻る? はははっ、何を言うかと思えば! くだらない……僕は終わらせるんだ。コイツらの命で、祝い子呪い子のふざけた風習を!!」


「そうかい。そいつは俺も割と賛成だが……やり方が気に入らねえよ」


「……ああ、そうだ。だから、おれが止める!」


 ニアは立ち上がると、頭から血を流したまま、覚束ない足取りで再び走り出した。今の怪我で走れなくなっていないか不安だったけれど、走れたから大丈夫だ──そんな馬鹿げた思考と共に。


「おいニア!! アイツ、フラついてるクセに……おい、お前ら!!」


 ジャックは後ろを振り返り、無数の群衆に強く言い放った。


「聞いたろ? アイツは祝い子様を殺そうとしてる。けどニアならアイツを止められる。だから勇気のある奴だけで良い、ニアを援護すんぞ!」


 ジャックは学んでいた。彼らにとってアーニャは神であり、宝であり、生き甲斐ですらあると。だからこう言えば、部外者の言葉でも協力してくれる。


「…………いや、でも」


 とは、限らなかった。


「あの子供……呪い子なんだろ!? ケセラ殿を倒したところで、今度はアイツが祝い子様に何をするか!」


 ジャックの一番近く、正面にいた小太りの男。彼がそんなことを言った。


「なっ……んなコト言ってる場合か! そうしないと──」


「コソコソうるさいんだよ……邪魔するなら貴様らも消えろォ!!」


 彼らの意識外から、右手をジャック達目がけて掲げ、ケセラが叫んだ。


「なっ……やべえ、やべぇって……!!」


「ジャック、みんな!! クソ……届け、届けぇッ……!!」


 ニアが急速旋回して疾走した。彼を狙う砲弾が少ない気がしたわけだ。砲塔は、彼の背後に向いていたのだ。


 急げ、急げ、急げ!! 20メートル。15メートル。10メート──駄目だ! 届かない、当たるッ──!!


「やめろおおおおおおッ!!!」






「許しません」


 星の美しい輝きすらも、その声の前には穢れて濁った。


 闇夜を貫く、月光が如く真っ白な光。


 それが触れた時──罪の無い人々の命を奪おうとしていた巨岩は、粉々に砕け散った。


「な、何だ!?」


「…………おい。何故目覚めている」


 ケセラは振り向き、苛立った様子で声を漏らした。


「アーニャぁ!!」


 その先では青い瞳が、真っ直ぐに彼を睨みつけていた。

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