第7話 イ・L・カント
薄暗い石階段は、15段ほどで折り返して、更に15段ほど降りたところに木製の扉が待っていた。
「……」
喉がいやに乾いた。取っ手を掴もうと伸ばした手が震える。
(この先に神父が…)
カシューはプロウプトがここにいるだろうと予想し、この先の部屋に足を踏み入れようとしている。見たくないものを見るかもしれない。最も信じていたものに裏切られるかもしれない。…だから、カシューはこの場所を知りながらも決して足を踏み入れようとしていなかった。
当然、この地下室のことはダルシュたちにも話していない。
もしもプロウプト神父がよからぬことをしているとしても、カシューは一人で向き合いたかった。それで死ぬことになるとしても…それは今まで向かい合わなかった自分の責任だ、と思っていた。
けれど…、決心してここに来たはずなのに、手の震えは止まらない。心の迷いで、目の前の扉に手をかけることができなかった。
(俺は…俺は…)
その逡巡を払ってくれたのは——壁の向こう側からかすかに聞こえた、ひどく狼狽した声だった。
「ハァ…ハァ…」
「……‼」
カシューは、すぐさま扉を開いた。
扉の先には……、薄暗い研究室があった。中央に巨大な長テーブルがあり、様々な資料が散らばっている。
小さな試験管から、壁際に設置された見上げるほどに大きな筒形のガラスまで。
奥は地下通路につながっていて…そこからちょうど、狼狽した様子のプロウプト神父が出てくるところだった。
彼の肩の上には——金髪の美少女が意識を失って寝息を立てていた。そして、神父の服は…返り血にまみれていた。
「カシュー…見て…しまったんだね?」
「神父……!」
クラウプトが笑みを浮かべる。カシューも過去何度か目にしたことがある、怪しい笑みで。
———
イムコウ街にある、裏路地にて。ダルシュは——石畳に突っ伏していた。
軋み、悲鳴をあげる全身の痛み。痛覚に蓋をして、ダルシュは首を持ち上げようとする…が、その頭を思い切り革靴で踏みつけられた。
走る痛み。
石畳に打ち付けられ、ダルシュの意識が明滅する。
「——噂の【聖樹の枝】——イ・L・カント団も、この程度の実力ですか…。私の前では相手になりませんね…。【金色の閃光】以外」
「……おまえ‼」
怒りを覚えたダルシュが顔をあげようと力をこめるが、急激に強まった力によってダルシュは顔面を石畳にめり込ませる。
…しかし、めり込ませるなどという生易しいものでは収まらなかった。
そのまま踏みつける力は加速度的に増していき、人間ではありえない怪力によって潰されてしまったのだ。
ダルシュの胴体が痙攣し、動かなくなる。
ダルシュを踏みつけていたのは、長身でスーツを着込んでいる男性で。
全身から口内の尖った八重歯に繋がる様に、赤いオーラが迸っていた。