第5話 謎の猫面
静寂に返る協会内。
ただ街の遠くどこかで銃声が鳴り響いており、いまにも共和国の兵士が乗り込んでくるんじゃないだろうか、と、カシューは落ち着かない気分になっていた。
——衣擦れの音がした。
気配も足音もしなかった入り口から侵入してきたのを、カシューは驚愕の瞳で振り返る。
「だれだ⁉」
「……」
ビクッと。
黒ローブを羽織った人物は、一瞬跳ね上がった。黒フードを深くかぶって居る上、猫の面をかぶっているため素顔など見て取れない。
一つだけわかるのは——ダルシュらと比べても身長が頭一つ分くらい小さいことだ。
「とま——」
「安心しろ、カシュー。仲間だ」
「……」
鋭利な瞳の男——クエンサーが諭すと、カシューは渋々頷いた。
黒ローブの人物が、歩きながら小さく頷く。
協会の最奥——巨大な十字架の前で、四人は集結した。
んんん‼とクエンサーが咳払いする。
「さて、さっきの質問に答えるついでだ。ダルシュ、聞いてやれ」
「……ん?ああ、うん……。カシュー君、クラウプト神父の居場所を知らないかい?」
「神父がいなかった!?……まさか、俺たちを置いて逃げ——いや、神父に限ってそんなわけねぇ。きっと、ここの守りを俺に任せて、応援を呼びにいったんだ!」
「……」
カシューがこうしてはいられない、と走り出そうとして——黒ローブの人物に右腕をつかまれた。
真っ白な細腕だが、巨大な石造のようにビクとも動かない。掌のシルクのように滑らかな感触に、カシューは思わず猫面を見つめる。が、ローブの人物は沈黙を貫く。
クエンサーが嘆息した。
「ったく、どこに行こうとしやがった。今この街は、共和国軍が占領してるようなもんなんだぞ」
「神父が危ないんだ!一人で身を守れるような人じゃないのに……無茶しやがって!」
離せ!とカシューは腕を振り払おうとするも、1mmとすら動かなかった。体格に似合わない剛力。カシューは気味悪さを覚えながら、わかったよ!と肩を落とす。
ダルシュが笑みを浮かべた。
「安心してくれ。……おそらく、クラウプト神父は無事だ」
「どういう——」
意味だ?と、質問を投げかけようとしたその瞬間、わずかにカシューの顔が陰った。
震える小さな体。ダルシュとクエンサー、猫面は互いに目線を交わし——ダルシュが口を開いた。
「クラウプト神父は——」
———
数時間後——。
ダルシュとクエンサーは隊長たちと別れた表通りまで戻っていた。
異様なほど静まり返る、街並み。
周囲を見回せば、明らかに異変があった。辺りにあったはずの射殺された街人たちの遺体がない。——血だまりごと。
「おい、こりゃあ——」
「あの子が駆けつけてくれた時点で、予想はついてたけど…」
嘆息するダルシュとクエンサー。
その背中に、強烈な猛風が叩きつけられた。
振り返ろうとしたときには、現れた筋骨隆々の巨漢によって大戦斧が振り下ろされ始まっている。
——が、そこにもう一つの疾風が駆けつける。
巨漢と二人の間に割って入るのは黒いローブを纏った、猫面の人物。
銀に光る小さなナイフで大戦斧を、石畳に受け流す。
道がひび割れ、遅れて衝撃とともに巨大なクレーターを作り出した。
額から汗を垂らし、やっとその状況を目にしたダルシュとクエンサー。
二人に対し、猫面は小さく言い放つ。
「……ここは任せて」
「……‼うんっ」
「ったく…」
ダルシュが逡巡したのは、数舜。次の瞬間には瞳を輝かせてうなずいていた。クエンサーが呆れたのは、そのダルシュの態度に対してだった。
巨漢が残像とともにダルシュらの前に現れる。が——同じく目にもとまらぬ速度で動いた猫面が放った飛び蹴りで、巨漢は近くにあった住居の壁を突き破るほど吹き飛んでいた。