第4話 背負う十字架
少年の名前は、カシュー。
帝国領土の辺境、イムコウ街で——拾われた。
赤ん坊だったカシュ―は、まだ肌寒い春先にカゴ捨てされていたらしく、それを協会の神父クラウプトが拾ってくれたらしい。
クラウプトは身寄りのない子供に慈悲深く、心優しい神父だった。デクのように細い体なのに、少ない食糧を子供たちに惜しみなく分け与えた。どんな時も、笑顔だけは絶やさなかった。
カシューは協会の子供たちと、貧しいながらも幸せな日々を送った。
自分たちの身を守るためと称しながら、落ちている枯れ枝でチャンバラごっこなんかもよくしていた。
カシューが七歳になった頃のことだ。
カシューが振るった枝が硬質化し、ごっこ相手の枝を折って、命中した脇腹に大怪我を負わせたのは。
【突然変異者】としての能力が、覚醒した瞬間である。
カシューが身を震わせて青ざめる中、クラウプトはすぐさまケガをした男の子を街の診療所へと連れて行った。
幸い、怪我をした男の子は、全治1か月の軽い骨折程度で済んだ。
クラウプトは、突然めざめた力に振り回されてしまったカシューを責めず、代わりに頭をなでながら慰めた。
『君のその力は才能だ。——いずれ誰かを守るために使いなさい』…と。
以来、カシュー——ダルシュ達と命のやりとりをした少年は、【突然変異者】の能力訓練を日々行うようになった。
——
「クラウプトさん…」
「お、案外はやく目が覚めたなぁ」
聞きなれない大人の男の声がした。
カシューは夢の中から覚醒し、固い木椅子から身を起こす。
そこには無表情でこちらを見下ろす、鋭利な瞳を持つ軍服の男がいた。場所は生まれ育った協会内。
カシューは、青色の記章を胸につけるその男を見たことがある。
意識を失うより前、一度腹に痛烈なパンチを食らわせた相手だ。そして、背後から奇襲してきた相手。
「は…?俺生きてる?切られたんじゃ…」
「ははっ、ビビッただろ。わざと風切り音だけは出しといてやったが、銃身で殴っただけだ。大した怪我じゃねぇ」
カシューは、後頭部のヒリヒリとした痛みに気づく。たんこぶで腫れあがっていた。
「…殺さないのか?」
「上官の目は、ここにまで届かねぇ。同僚のローグと違って、子供殺しはしない主義なんでな。本当は協会を見てすぐに、俺とあいつでローグを抑えようと思ってたんだが…、躊躇いもなく発砲しやがって。ま、心配すんな。こんな人の毛のない場所に立ってる協会。中の子供が全員無事だろうが、誰も気づきもしないだろうよ」
「…‼」
周囲を見渡したカシューは気づく。
協会で暮らす二十数名の子供たちはすべて意識を失って、協会内に広がる横長の木製ベンチに横たえられていた。
耳をすませば、寝息や寝相も聞こえる。無事なのだ。
これ以上ない安堵を覚えると同時に——カシューは疑問を抱く。
「子供を殺す気がないなら…どうしてこの協会に——」
「し——。あいつなりの別れをしてるとこだ」
この協会を象徴する、最奥にある巨大な十字架。
その目の前に、一人の軍服の男が両手を合わせて立っていた。黒髪、中背。優れているわけでもなく、極めて劣っているわけでもない平均的な容貌。
カシューが戦い、戦いの中で笑みを見せた男だった。
カシューは苦虫を嚙み潰したように、口の端と瞼の筋肉をひきつらせ——しかし、男の足元に横たえられている者に気づいて、その緊張を解いた。
カシューが跳ね返した弾丸で死んだ男の遺体だった。
鋭い目線の男も手を合わせる。
「ローグ。あいつは、子供を躊躇いなく撃つクズだったが……一時でも同僚だった」
「……」
少年は、いろんなことを逡巡して——仲間の遺体の前に立つ男——ダルシュの背中をみつめて……。
そっと自分も、両手を合わせるのだった。