第3話 執念に生きる男
【突然変異者】がこの世に生まれるようになったのは、今からたった78年前のことらしい。
第七次世界大戦が終結を迎えたのも…ちょうどその頃だった。
——
首の皮で刃を弾いて見せた少年が、拳をクエンサーの腹へと叩き込む。10歳ほどの少年が繰り出した一撃だったのに、ドゴッと鈍い音が響いて、クエンサーは体をくの字に曲げて膝をついた。
拳が灰色に変色している。
(物体を【強弾性】にする、あるいは【強弾性系統の体】に変質する【突然変異者】だったら、刃は弾けない。むしろ、強弾性の肉体には刃は弱点だ。生身より通る。——推測がまるで違った…)
「君は…【弾性変質】——物体の弾性をコントロールできる能力の【突然変異者】だね?」
「……」
少年は答えない。一切見向きもせず、膝をつくクエンサー目掛けて拳を振り下ろす。
僕は、灰色に変色した拳がクエンサーの頭頂部に直撃する寸前、自動式拳銃の引き金を引く。…打ち終えると同時に、横っ飛びしていた。
少年の首がガクンと、不自然なほど向こう側に引っ張られ…引き戻される。二倍の速度となった弾丸が射出されるも、僕はすでにその場を大きく退避している。
振り下ろされた拳は、先ほどのような威力は発揮せず、子気味いい音を響かせたのみであった。拳の色は——肌色。
「やっぱりだ…。君の【弾性変質】の力は、物体の弾性を自在にコントロールする。弾性を『強めれば』ゴムのようにしなやかに、弾性を極限まで『失くせば』鋼鉄のように強固になる。けれど、変質できるのは一度に一か所のみ。それも狭い範囲だ。その証拠に、君は三度とも、肌の狭い範囲しか変質させていなかった」
「仲間は——やらせねぇ‼」
少年の眦が、キッと引き絞られる。
だらんと垂れた右腕の袖から、鞘入りの短剣が飛び出した。銀色の刃が引き抜かれ、陽光を反射する。
「なるほど……体は小さいくせに、やるね!」
「——っ!!」
僕は自動式拳銃を5連射させつつ、横へ素早く回避行動をとった。
少年が顔をかばう様に構えた左腕が、弾丸三つを跳ね返し、僕の頬と左腕、右足をかすめていく。さらにもう一つの弾丸は、少年の頬をかすめ——最後の一弾が左足の皮を抉った。
少年の体は一瞬大きく傾くも、勢いを殺さず、歯を食いしばって短剣を振り上げる。
僕は——ニタリ、と頬を釣り上げた。
「僕さ——戦争も殺しも、嫌いなんだ」
「うるさい!」
銀の刃が接近する。
僕は自動式拳銃で受け止め、同時に蹴りを繰り出す。
お互いの足が衝突した。
金属音——そののち、鈍い痛みが走り抜ける。鈍器を蹴ったような衝撃だ。骨にヒビが入ったかもしれない。
「戦場で笑顔を見せるやつが——戦争嫌いなワケないだろ‼」
「……憧れてる女の子がいるんだぁ」
少年が離れた位置から、袈裟切りを繰り出す。短剣の斬撃が届くわけもない遠距離。しかし——刃がしなるように伸びた。【強弾性】を付与したのだ。
(そうくるよね!)
予測通りだった。
素手の左腕を、思い切り振りかぶる。袖からはじき出されるのは、鞘入りの短剣。柄を握りしめると、勢いそのままに鞘が飛んで、銀色の刃が日の元に晒される。
一閃——。
伸びた【強弾性】刃の、3分の1から先を切り払った。
「憧れの【金色の閃光】に近づきたい。そう思って、今日まで鍛錬を積み重ねてきたからね!」
「黙れッ——!」
飛び上がった少年の拳が灰色に染まる。
短剣で受ける。
回し蹴りが迫る。
自動式拳銃で受け流す。
「弾丸も刃も通らない君の能力は、確かに厄介だ。けど…武器で受け流せる」
「お前の攻撃だって、僕には通らない‼」
「うん」
距離を無くしての苛烈な連撃。能力で全身が武器になりうる少年に対して、僕は短剣と自動式拳銃のみで防御をとり続けなければならない。
戦闘の技量が上であっても、手数の差で防戦一方に陥る。
いずれ先に一撃をもらう側は、明確だった。
けれど——少年は目の前の敵に夢中になるあまり、背後への警戒を怠っている。
「——⁉⁉」
「しッ——‼」
少年が振り返ろうとしたときには、もう遅い。
音もなく走るクエンサーが、アサルトライフルを振り上げる。——その先に取り付けられた銃剣が閃いた。
「まっ…一対一だなんて、誰も言ってないからね。これ」