願う
「やばい・・・疲れた・・・」
あの子の姿が見えなくなると思わずその場にしゃがみ込む。頭を抱えながら今日一日を思い出すとクルクルと表情が変わるあの子の姿が目に浮かぶ。そして、子どものように泣く姿・・・。
このまま一人の部屋には帰れない。時計を見ると21時になろうとしている。オレはしゃがみこんだまま携帯で井上に連絡する。やつは遅番でうまくいけば丁度この駅あたりだ。
案の定、電車の中でもうすぐこの駅に着くという。
改札から出てくる井上の姿を見つけ、立ち上がると後ろに中川の姿もあった。中川も来てくれた、とほっとする自分がいる。
「後藤殿、どうしたの?ヘロヘロじゃん」
オレの姿に井上が驚いている。
「うん、ちょっとね・・・」
と言葉を濁すと中川が
「さあさあ。後藤も疲れてるみたいだし、飲みに行こう」
と歩き出してくれる。井上と中川が話している後ろからついていく。
店に入っても好きなことをしゃべる井上とその相手をしてくれる中川の向かいでひたすら呆けることができた。井上はどうかわからないがそっとしておいてくれる中川に感謝する。
今日はあの子にとってどんな日になったのだろう。「いいさよなら」なんて馬鹿げたゲーム。いつかあの子が他の男と今日のコースを歩くとき、オレのことを少しでも思い出してくれるだろうか。思い出してくれるといい、と思う。つきあうわけでもなく、あの子の気持ちに応えもしないのに、あの子の記憶にいつまでも自分が残ればいい、と願った。
数日後。
「お疲れさまです、後藤さん」
初めて聞く不機嫌そうな声で阿部さんに声をかけられた。何ごとかと身構えれば
「ずるいです、後藤さん。私と別れた後、井上さんたちと楽しく飲んでたって聞きました」
と口をとがらせる。
「・・・その話、誰から聞いたの?」
「井上さんがすごい楽しかったっていっていたと山田さんから聞きました」
井上・・・。お前は楽しかっただろうね。
思わず天を仰ぐ。阿部さんが
「なんで誘ってくれなかったんですか?私なんてやけ食いして寝っちゃったのに!!!参加したかったです!!!」
とむくれている。うん、やけ食いしたいくらいの出来事だったよね。振られたんだから。なのに振った相手が楽しく飲んでたら、そりゃ、怒るよね。
思わず阿部さんの頭をポンポンと叩きながら
「ごめん、ごめん。今度誘うから」
と誤魔化すと、むくれていた彼女が顔を赤らめながら嬉しそうに笑った。