告白される
その後、ショッピングをしたり、ゲーセンにいったり、バレンタインが近いからと阿部さんが作ってくれたチョコレートを一緒に食べたりしていたら、気が付けば20時を回っていた。
「そろそろ帰ろうか」
とオレが歩きはじめると、阿部さんは名残惜しそうにオレを見つめる。このまま一緒にいたいと思う自分がいる。でも、このまま一緒にいて彼女に嫌われるような地雷を踏むのは嫌だった。
阿部さんと付き合わないくせに嫌われたくないってってなんだよ。
自分の気持ちに失笑する。
それに・・・。
オレには最後の宿題が残っていた。山田さんからいわれていた「いいさよなら」である。
わざわざ一駅歩きながらオレは邪魔されないスポットを探していた。
ここならいいかな。
明るいけど人気も少ない歩道橋でオレは口を開いた。
「さあ、阿部さん。今日は思い出作りだよ。ここで区切りをつけよう」
そういうと阿部さんが緊張した表情になる。阿部さんも山田さんにいわれて覚悟をしてきたのだろう。しばらく足元を見ていた阿部さんがきっと顔を上げる。顔は真っ赤だ。
「あの・・・私、後藤さんのことが好きなんです。付き合ってもらえませんか」
まっすぐにオレを見つめる瞳は何の陰りもない。オレは何通りも考えた答えの中から決めていたセリフをいう。
「ありがとう。でも、阿部さんの気持ちには応えられない。ごめんね」
阿部さんがハッと息をのみ、うつむいてしまう。オレは絶対に今立っている場所から動かないと決めていた。これは思い出作りなのだ。しかも、「いいさよなら」のための思い出作り。オレが流されて阿部さんを抱きしめてしまったら、「いいさよなら」にはならない。ぐっと耐える。しばらくの沈黙のあと顔を上げた阿部さんはポロポロと涙を流していた。そして子どものように顔をクシャっとゆがめると
「いやです・・・いや・・・。こんなに後藤さんのこと好きなのに、どうしてダメなんですか?」
といった。想定外のことに身体がこわばる。救いなのは阿部さんもオレに近づかず、その場で立ち尽くしていることだった。
これで抱きつかれたりでもしたらオレもどうしたらよいかわからない・・・。
だけど・・・。
しゃくりあげながら泣く阿部さんの姿は幼い子どものようでなんだか優しい気持ちになる。オレは自分でもびっくりするくらい優しい声で
「ダメなものはダメなんだ。阿部さんも知ってるでしょ。オレはすぐにでも結婚がしたい。阿部さんは学生。どうしようもないんだよ」
と諭した。さらに大粒の涙を流す阿部さんに
「ごめん、ハンカチを渡せればかっこいいのに、オレ、ハンカチないや。阿部さん、ハンカチある?」
と声をかけると阿部さんはやっぱりびっくりしたように顔を上げて
「持ってるから大丈夫です」
と笑いながらハンカチで涙をぬぐい
「後藤さん、ありがとうございます」
といった。
愛しいという感情が胸にこみあげる。
こんな茶番を真に受けて、「いいさよなら」の思い出作りのために告白して、振られて。ありがとうと感謝の言葉を述べる、この経験値の乏しい阿部さんのことが愛しくないはずがない。
帰したくない、という気持ちを押し殺して
「じゃあ、行こうか」
とオレは駅に向かって歩き出す。
「はい」
と阿部さんの声が後ろからする。ここでも経験値の乏しい阿部さんはオレに背後から抱きつくということもなくオレの後ろをついてくる。後頭部に痛いほどの視線を感じて、チラッと後ろを見れば、オレを批難するでもなく、軽蔑するでもなく、ただまっすぐにオレを見つめる目とあう。
うん、オレを見て。
そう思う。彼女は「見る人」なんだから。いつものようにただオレのことを見ていればいい。
慣れて、逆に心地よく感じる阿部さんの視線を受けながらオレはまっすぐ前を向いて駅に向かう。
駅に着くころには阿部さんの眼の赤みを引いてきていた。駅の改札で阿部さんを見送る。
「後藤さん、今日は本当にありがとうございました。楽しかったです」
真面目な阿部さんは最後までちゃんとお礼をいう。
「気を付けて帰ってね」
とオレがいえば、ニッコリと笑って見せる。そして、何度も、何度も振り返りながらプラットフォームに消えていった。