自覚する
そのまま彼女と話すこともなくボーリング大会は終わりを迎えた。楽しかったけど、何だったのかという気持ちはぬぐえない。明日も普通に仕事なのに、と時計を見ると23時を回っている。入口に向かおうと歩きだすと中川が近づいてきて「阿部さん、いい子だったよ」と報告してくれる。いや、だから報告義務ないから。失笑しながら入口につけば、タクシーが何台か止まっていて、そこにえらく戸惑っている彼女の姿があった。
???
何事かと思えば井上が目をキラキラさせてオレを呼ぶ。嫌な予感しかしない。
「はい、阿部さんを送るのは後藤殿です!!!」
「はい???」
山田さんと加藤さんまでもが加担していて
「よかったね、沙織ちゃん。後藤先輩にいろいろ聞いてもっといい女を目指しましょう!」
などといっている。後藤先輩ってなに?ってか、いい女を目指すってなに???
「ぷは」
後ろの中川が吹き出した。
「観念しろ、後藤」
戸惑うオレと彼女はタクシーに乗せられ、「駅まで」という井上の声と共にタクシーは走り出す。
いや、これ、どうすんの・・・。
シーンとする車内でその沈黙を破ったのは彼女だった。
「あの・・・こんなことになっちゃって、ごめんなさい・・・」
はあ、とため息をつく。井上にも山田さんにも加藤さんにも腹が立つが、彼女のせいで巻き込まれたといらだつ自分がいた。
「あのさ、オレは阿部さんと付き合うなんて考えたことないから。知ってると思うけどオレは高校卒業してからもう5年も働いてて、早く身を固めたいって思ってるんだ」
と吐き捨てるように言う。
「学生の阿部さんは結婚だってできないし、例えばオレが地元に帰るっていっても来られないでしょ」
いいながら、何いっているんだと自分につっこむ自分がいる。だけど、彼女はまっすぐにオレを見つめて、しばらく考えたあと
「学校は・・・今からだと編入学はできないかもしれないけど、看護師になったらどこでも働いていけます。あと1年半待ってもらえませんか。そしたら、私、ついていけます」
と授業の質問に答えるかのように赤くなることもなく淡々といった。
・・・。この子は自分がすごいこといってるって気が付いているんだろうか。オレについていくってことは結婚するってことなんだけど・・・。
力がぬけて背もたれに身を預ける。もう一度彼女を見ると、自分の発言の意味に気づいていないらしい彼女がオレの解答を待っていた。
「・・・すぐにでも結婚したいからムリでしょ」
と絞り出すようにいうとうつむいてしまう。
このままじゃだめだ。周囲も巻き込んでいる、このめんどくさい関係に止めを刺すならこのチャンスはない、と思った。彼女と真逆なタイプが好きだと伝えればいい。だけど、彼女のことを何にも知らないオレにはとっさに出てくる言葉はなかった。そこで、
「オレはさ、阿部さんみたいに真面目な子は苦手なんだ」
といった。いった後から心臓が痛む自分がいて驚く。ほんとに?オレは阿部さんみたいな子は苦手なの???
彼女が顔をあげて
「・・・後藤さんはどんな女の子が好きなんですか?」
と聞いてきた。言葉につまる。とっさに
「例えば、車に乗ってても座席で足を抱えて座っちゃうような子?」
と昔付き合ってた彼女のことを思い出しながら答えると、彼女はびっくりしたように大きく目を見開いて
「私は身体が固いし、足のお肉が邪魔で座面で体育座りなんてできないですけど、後藤さんがお付き合いしてきた女の子はそんなことができるんですか???」
といった。
?????
「え・・・いや、どういうこと???」
「ええ・・・びっくり。そんなかわいい女の子、私の周りにはいませんでした・・・」
お互い戸惑いを隠せない。自分の発言の重大さにも気づかず、こんなささいな会話に反応して驚いて固まっている彼女の様子に、なんだかすべてのことがどうでもよくなってきた。
「・・・阿部さんって変わってるっていわれるでしょ」
「ええ!!!もう何か伝わっちゃいましたか???」
顔を赤くする彼女の反応に、やっぱりさっきの発言の意味に気が付いてない・・・とオレは小さくため息をついた。
駅に着くと最初に出たはずのオレたちが一番最後だった。井上と中川、山田さんに加藤さんが待っていてくれたのだが、中川を抜かした三人が妙にホッとした表情を見せる。彼女はワッと二人に取り囲まれ「大丈夫だった?」などと心配されている。心配するならこんなことするなと思う。井上が小声で
「二人でどこかに行っちゃたのかと思ったよ~。もしそうならオレ、軽蔑して後藤殿と一緒に仕事できない!」
といってきたので、本気でボディに一発見舞ってやった。「グウ」とうなって井上がしゃがみこむ。中川が一瞬目を大きくするが「今のは井上が悪い」とあきれた声を出した。
「オレ、もう帰るから」
と改札に向かって歩き出すと、彼女が走り寄ってきて
「後藤さん、今日は本当にありがとうございました。また明日」
と満面の笑みを見せた。加藤さんに呼ばれ、去っていく彼女の後姿を見ていると山田さんが
「いい子だよ、沙織ちゃん。いろんな経験がないからずれてるけどね」
といった。
「うん、それはわかった」
と返すと
「でも、だからこそ、あんなに純粋な好意がもてるんだと思うんだよね。男冥利に尽きるでしょ」
と笑った。
男冥利、ねえ・・・。
オレは視線を井上と中川に移す。中川が「帰って大丈夫」というように顎で改札を示す。オレはうなづいて立ち去った。
ホームで電車を待つ間、タクシーでのやりとりを思い出す。「私、ついていけます」という彼女の無自覚な発言に顔がにやけてしまう。全くおかしな子だな、彼女は、と思う。だけど、たぶん、オレは、今日のことがある前から、とっくに彼女のことを好きになっていたのかもしれない、と気がついた