声をかけられる
ある日の平日。同期の井上とバックヤードで荷物を確認していると、華やかな声と共に数人が階段を下りてくる足音がする。
「お疲れさまです」
さわやかな声で挨拶され、顔を上げるとそこには真面目ちゃんと仲間たちが通り過ぎるところだった。
「お疲れさまです」
反射的に答えると、声をかえてきたはずの真面目ちゃんがボッと顔を赤くする。予想外の反応でこちらが茫然としてしまう。真面目ちゃんは軽く会釈すると仲間の影に隠れるように食品コーナーに近い入口の方に歩いていく。
「よかったね~沙織ちゃん!声かけてもらえたじゃん!!!」
普段から声が大きくて有名なパートの加藤さんの声が響く。
「声が大きいよ!」
とこちらを見ながら注意する同じくパートの山田さん。ふたりは休憩室でよく会うので名前も存在もなんとなく知っていた。
沙織ちゃんと呼ばれたのが真面目ちゃんなのだろうか。っていうかあの反応、なんなんだ。どこからつっこんでよいのかわからず固まっているオレに、井上がニヤリと嫌な笑みを浮かべながら
「ほおほお。あの子がうわさの後藤殿のファンですか」
と声をかけてきた。
「いや、あれ、正直、何?」
オレは戸惑いを伝える。挨拶しただけで真っ赤になるってどんな子よ。
「わかった、わかった。同期のためにオレが一肌脱ぎましょう。あとで山田さんたちに聞いてみるよ」
山田さんを狙っている井上は、いいチャンスをもらったとばかりに機嫌よく作業を再開した。オレも作業を再開するが頭は整理がつかず、混乱していた。話したこともないのにオレのことを遠くから見つめてうれしそうにする真面目ちゃんの姿と、客ににこやかに対応する真面目ちゃんの姿と、オレに一般的な挨拶を返されて真っ赤になる真面目ちゃんの姿はオレの考えでは説明がつかなかった。
翌日の昼休み。井上が意気揚々と声をかけてきた。
「わかったぞ、我が同期。彼女は阿部沙織さん。20歳になる学生さんで、なんと看護学生さんだ!いいなあ」
「なにがいいなあだよ」
「その、未来の白衣の天使が君のファンなのだよ、後藤殿。・・・ただ、残念なお知らせもあります。彼女は中高と女子校だったため、男への免疫がありません!!!」
「はあ???」
間の抜けた声が出る。
「だから、あの反応なんだって。山田さんと加藤さんの情報によると、店長みたいな年上のおやじとかお客さんとかは大丈夫なんだけど、アルバイトの男に声をかけられても真っ赤になっちゃうんだってさ」
「へえ」
そんな子、本当にいるんだ。
「それと、山田さんと加藤さんが後藤殿に阿部さんのことよろしくっていってたよ」
「うん?何それ?」
「まあ、そういうことじゃないですか。何といっても後藤殿のファンなわけだから」
そういうと井上はニンマリと昨日よりさらにあくどい笑みを浮かべて
「じゃあ、先に休憩あがるな~」
といって仕事に行ってしまった。いやいや、何勝手によろしくされてんだよ、と井上につっこむ。・・・しかし、男の免疫がないねえ。昨日の反応を思い出し、思わず苦笑する。それと同時に自分と真面目ちゃんの周りが勝手に騒ぎ出したことへのめんどくささも感じて、大きく一つため息をついた。
真面目ちゃんが阿部さんといい、男への免疫がないとわかったところで、日常生活が変わるわけでもない。今までのように暇なときは真面目ちゃんがオレに視線を向けていることを感じながら仕事するだけだった。
夏も近づいてきたある日の昼下がり。さわやかな声が背後から聞こえてきた。
「後藤さん、お客様が靴のサイズの件で聞きたいそうなのですが」
!?!?!?
聞き覚えのある声にパッと振り返ると真面目ちゃんがまっすぐオレを見ながら声をかけていた。目の端に井上が目を大きくしている姿が映る。
「後藤さん?」
不思議そうな顔をしながら真面目ちゃんが名前を呼ぶ。
「あ・・ああ、ありがとう。どちらのお客様?」
「あちらのお客様です。対応お願いできますか」
「わかった。引き継ぐね」
そうオレがいうと真面目ちゃんはにっこりと笑う。そして、踵を返すとその客に近づきオレの方を見ながら何か話している。そしてもう一度オレにお辞儀をすると食品レジに戻っていった。
動けずにいるオレを井上が肘でつついてくる。ハッと我に返り、慌てて客のところに行き対応する。なんだ、ちゃんと目を見て対応できるじゃないか。赤くもならなかったし。なんとなく妹が成長したような気がして顔がほころぶ。
戻ると井上もびっくりしていた・・・が
「やっぱり、後藤ファンは後藤一筋だなあ。オレのこと一切見なかったぞ」
といつもの悪い笑みを浮かべている。オレは井上のボディに一発食らわせた。