気付く
その視線に気付いたのはいつごろだっただろうか。
高校卒業後5年務めた会社を辞め、全国規模のスーパーに転職して2か月ぐらい経ったころ。
かったるいなあ。。。
食品コーナーすら空いている午後4時ごろ。オレはあくびをかみ殺して配属された服飾コーナーで靴をそろえていた。平日の昼間ということもあり、客はまばらだった。何気なく周囲を見回すと、ふと誰かに見られている感じがして顔を食品レジにむける。と、真面目そうな女の子と目が合った。ぺこりと会釈される。こちらも思わず会釈する。仕事上でも話したことがない子。何だったのかともう一度見てみれば、やはりこちらを見ていて、今度はパッとうつむいてしまう。
???
実は知り合いなんじゃないかと考えてみるが全く思いあたらない。
そんなことがあったある日、同期で大卒の井上に何気なく
「最近見られてる気がするんだよね」
というと、井上は
「マジで?こわ!!!おばけ的な???」
と聞いてくる。
「いや、食品レジの子」
と普通に返すと、井上はオレの両肩をつかみ、
「後藤殿!!!それはすごいことですよ!食品レジの女の子の人気票を獲得したってことですか!!!」
と一人で興奮している。話によるとこの店は毎年新人が入るから、女子高校生や女子大学生が多い食品レジの女の子が今年は誰が格好いいとか、今年はいないとか盛り上がるのが恒例らしい。
「バカらしい」
軽くため息をつくとパートのおばちゃんが
「女の子の評価をバカにしちゃだめよ~。食品レジの女の子に認められる新人さんは成長するって評判なのよ。後藤君、すごいじゃない~」
などといっている。井上が「オレも頑張ります」と返しておばちゃんに応援されているのをあきれながら見つめる。
その後も視線を感じることが度々あった。見るとこの前の真面目そうな女の子がこちらを見ている。
あんまりいい気持ちはしないなあ。
あまりに見られるのでできるだけ食品レジの方は向かないようにしていたのだが・・・ある日、鏡を拭いていて気が付いた。いつもは目があうとうつむいてしまって顔がみえなかった女の子が、オレの姿をみてうれしそうな笑顔を浮かべていることに。
ホントにオレのこと見てるの?
それはかなりの衝撃だった。思わず振り返りそうになるのをぐっとこらえる。
今日だけかもしれない。
オレはそう自分に言い聞かせた。
その真面目そうな女の子(真面目ちゃん)はアルバイトで、スーパーにとっては稼ぎ時の週末に勤務していることが多いようだった。忙しいともちろんこちらを見る時間もないわけで、オレは安心して仕事ができた。
その週末はあいにくの雨模様で、閉店1時間前だというのに閑散としていて、食品レジの女の子たちの話す声も聞こえてくるほどだった。オレは明日の準備とばかり鏡を拭き始める。真面目ちゃんがこの前みたいな笑顔で自分のことを見ていることがわかったところでどうなるわけでもないのだが・・・。いくつかある鏡を拭き終え、食品レジが見える鏡を拭こうと鏡をのぞき込むと・・・やはりこちらを見て真面目ちゃんがうれしそうな笑顔を浮かべていた。
!!!
いやいや。ちょっとまて。予想以上に動揺が走る。話したこともないのに、真面目ちゃんはオレのことをあんな嬉しそうに見てるのか???
全く思考が追い付かない。理解できない。外見だけで???
鏡に映る自分を冷静に見てみる。そこには中肉中背よりもちょっとやせ形の23歳になるオレが映っていた。女の子に騒がれるような外見でもない。井上の方がよっぽど背も高く、体格もよい。思い当たる節がなく、ますます混乱してしまう。もう一度鏡をみれば客の対応をにこやかにしている真面目ちゃんの姿が見えた。
よくわからん。
考えたところでどうしょうもないが、その日はじめて真面目ちゃんを認識した気がした。