ネモフィラ
「おはよう、カメリア。そんな格好してどこへ行くんだい?」
「おはようございます、ルビーお姉さん。お掃除も終わったので、町へ買い物にいこうかと思ってるの」
「もう終わったのかい。今日は早いね。危ないところには寄るんじゃないよ」
穏やかそうな丸顔のルビーの言葉は優しい。
カメリアはその言葉に口角をあげる。ぶっきらぼうながらも、言葉の端々に隠れる思いやりが嬉しかった。
(ユリアンナの時もこういった気さくなお客さんと接してたなぁ)
夫と娼館の管理人をしているルビーがカメリアと出会ったのはカメリアが生まれですぐのことだった。
いずれ使用人とするために娼婦の母親として引き取られたのだが、年月が経つにつれ情が生まれ妹のように接するようになった。
(彼女を虐げる者などいないのに、何故カメリアはここを離れようと思ったのかしら)
大通りを抜け2つ目の細道に入った角に赤白黄色に彩られた花屋が存在しているはずであった。
(やはりまだないか。でも、お父さんとお母さんは確か小さい頃から育った町に店を建てたと言っていた。この町のどこかにきっといるはず。また来よう)
胸の中で何度も自分に言い聞かせる。
例え私のことがわからなくても、父と母と接することでユリアンナであるということを認識できるはず。
このままカメリアの身体に意識が吸収され、ユリアンナとしての自我が消えてしまうことが怖かった。震える自分を両手で強く抱きしめた。
「お姉ちゃん、泣いているの?」
足元を見ると茶色髪にグリーンのきらきらとした瞳をした小さな女の子がいた。
「いいえ、泣いてないわ。心配してくれてありがとう」
「よかった。お姉ちゃん綺麗なブルーの瞳をしているのね。ネモフィラみたいで素敵」
「お嬢ちゃんはお花詳しいのね。私のお母さんみたい……
(あっ…このオリーブの瞳は…もしかして…でも、こんな偶然ある?でも…)
お姉ちゃんの名前はカメリアと言うの。オリーブの瞳が素敵なお嬢ちゃんのお名前はなんて言うのかな?」
小さく息を吸い込んで、前のめりになる気持ちを抑え、ニコリと微笑む。
「アリアっていうのよ。お姉ちゃんもお花詳しいのね。アリアはお花屋さんになりたいの。お母さんきたから、バイバイ」
「あら、お姉ちゃんもお花屋さんを目指しているの。毎週この時間にここによく来るから、またお話ししてね」
手招く母に向かって駆け出すアリアへ、慌てて声をかけた。
(よかった。お母さんが存在しているということは、ユリアンナの存在も架空のものではない)
変わらない母の温かさに触れ、安堵の涙が溢れてきた。
*
私は確かにユリアンナだった。
夢の中でカメリアと目があって、カメリアと入れ替わっていた。
私はどうしたら元に戻れるの?
わからない。
カメリアは私を見て「みつけた」と君が悪い笑みを浮かべていた。
カメリアがこの世界にいない私を探しているはずがない。もしかして、憎しみを抱き探している人物がこの時代にいて、その人物と私を間違えたのかもしれない。
カメリアが探している人物をみつけなければ…