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紅の魔女  作者: あかあかや
黒き狼編
9/78

漆黒の鎧

 ダークエルフのジャトー隊長がアンデッドの青い炎を見て、激しい嫌悪感を顔に示した。

「アンデッドづくりは、どうしてこうも臭いのだ。たまらん。俺は先にアジトへ引き上げるぞ。紅の魔女さまに、ここのアジトを放棄せねばならぬこと、謝罪せねばならん。後は貴様で勝手にやるがいい」

 そう一方的に言って、部下の死体を風の精霊魔法で浮かべテレポート魔法書を起動させて去った。

 カリグラが薄れゆく意識の中でつぶやく。

「ジャトー……」


 バギム教団の神官が、ダーブルから燃え上がっている青い炎を見て喜んでいる。

「ほう。傭兵のくせになかなかの実力者か。思わぬ掘り出しモノだ。バンパイアに加工できそうだな」

 カリグラが声にならない声で抗議する。

 それをゴミを見るような目で見下ろすバギム教団の神官。そしてカリグラに蹴りを入れた。カリグラも青い炎で全身を焼かれているのだが、特に熱くはなさそうだ。

「フン。貴様は大した事はないな。せいぜいがグールどまりだろう。このカスが」


 そこへ一人の漆黒の鎧をまとった男が、不意に姿を現した。

「ここか……」

 バギム教団の神官が驚いて、侵入者を罵倒しようとしたが……次の瞬間。風塵が舞い、辺りの土壁もろとも神官の体が粉砕されてミンチになった。それはダークエルフの使う精霊魔法とは別の種類の技のようだ。

「紅の魔女さま、お許しを……ぐはっ」


 漆黒の鎧をまとった男が、ゾンビ化途中だったカリグラやダーブルたちを見つめた。何かの魔法を行使して、元に戻す。カリグラは元の瀕死状態に、ダーブルたちは死体に戻った。

「蘇生魔法は間に合わなかったか。許せよダーブル。さて……」


 漆黒の鎧をまとった男が部屋の中を見回した。黒兜を被っているので表情は分からないのだが、落胆してため息をつく。

「……ゴブリンばかりで、ここも手掛かりは無しか。ヤツの手引きだと思ったのだが……」


 ここでようやく、血だまりの中で痙攣しているカリグラに視線を向けた。まだ辛うじて意識が残っている。

「……こいつを放置して去るわけにはいかんな。生きているのは、この男だけか」

 治療魔法をカリグラにかけた。一瞬で傷が治り、意識も回復する。

「あ……う……?」

 断末魔の痙攣も収まったが、まだ失血量が多すぎて一歩も歩けず、尻餅をついてしまった。顔色も真っ青なままだ。

 漆黒の鎧をまとった男が、軽々とカリグラの体を担ぎ上げた。

「ベースドライブ」

 そう唱えた瞬間、風の音と共に転移して姿を消した。



 転移した先は、カリグラの見知らぬ中庭だった。テレポート用の魔法陣が描かれていて、その中央に出現している。が、魔法陣は起動していない。漆黒の鎧をまとった男が使用したこの転移の魔法は、テレポート魔法とは別の種類なのだろう。

 中庭はきちんと雑草抜きがなされていて、芝刈りも適度に行われている。

 その中庭の中央には、平屋建ての白いブロック造りの品のある建物があった。そこへ漆黒の鎧をまとった男がカリグラを肩に担いだままで歩んでいく。


 建物と中庭はブロック造りの塀で囲まれていた。塀の向こうには高山の峰々が広がっている。尾根には雪が残っているのが見える。どうやらここは山の中のようだ。

 カリグラには見覚えがない峰々なので、黒き狼団の砦近くではない。気温も涼しいので、標高もそれなりに高いのだろう。


 漆黒の鎧をまとった男が建物の扉を開いて、無言のままで室内へ入る。

 品の良い家具や調度品が整然と配置されている居間には、魔族の男が控えていた。上品な執事服を着ている。

 その魔族の男が、カリグラを絨毯で覆われた床に下ろそうとするシュタルダーを補佐しつつ尋ねた。

「旦那様、お帰りなさいませ。この者はどうなさいますか?」

 漆黒の鎧をまとった男が黒兜を外さないまま、ソファーに腰を下ろした。

「今回も手掛かりなしだ。起こしてやれ、執事よ」


 魔族の執事が、恭しく漆黒の鎧をまとった男に頭を下げて立礼をする。

「仰せのままに」

 何かの魔法をカリグラにかけたようだ。急速に意識がはっきりしてきて、力も戻って来るのを感じるカリグラ。ものの一分もかからずに、自力で起き上がることができるまでに回復した。

 驚愕しているカリグラに、冷たい視線を送る魔族の執事。

「さあ、さっさと出て行ってくれ」


 本当に体の傷が完治して、跡も残っていないことにカリグラが驚きながら、漆黒の鎧をまとった男に感謝して頭を下げた。傭兵なので、立礼などはしたことがないのだろう。かなり不器用な仕草になっている。

「助けていただき、感謝いたします。黒き騎士様。俺……あ。私は黒き狼団の一番隊隊長のカリグラと申し……」


 漆黒の鎧をまとった男がカリグラの自己紹介を、黒い甲冑で覆われた片手を振って面倒臭そうに遮った。

「自己紹介は無用だ。体は動くようだな。勇気は買うが、無謀な戦いは避けるべきだ。

 まだ若いようだが、部下も居るのだろう。その部下の命も考えるのが隊長の責務だ。隊長が軽々しく死ぬべきではない。では、傭兵団の基地まで送ってやる」

 カリグラが恐縮しながらも申し出を遠慮した。

「もう少しだけ、ここへ居ても構いませんか? 見学してもよろしいでしょうか。あの神官と一緒にダークエルフが居ました。名前はジャトー。紅の魔女の配下のような口ぶりでした」


 漆黒の鎧をまとった男が黒兜を少しかしげた。執事服の魔族の男に、通常業務へ戻るように指示を出す。

 その執事が建物の外へ出て行くのを見送ってから、カリグラにうなずいた。

「ふむ……好きに見ていくがよい。オレは所用があるので、これから外へ出る。戻るのは明日の昼頃になるか。その間だけであれば許可しよう」

 カリグラがペコリと頭を下げた。

「ありがとうございます、黒き騎士様」



 返事をせずに、漆黒の鎧をまとった男が建物の外へ出ていく。その後ろ姿を見送ったカリグラが、建物の中を散策した。

 まず目を引いたのは、大きな祭壇である。カリグラは宗教に詳しくないので、どの神を祭ったものなのか分からない。それでも、かなり神々しいものだということだけは分かった。

(オーガンの騎士団詰所にあった祭壇に似ているな。という事はメザー教かな?)

 飛王国の騎士には、メザー教を信仰している者が多いという話を聞いた事がある。


 その奥は彼の個室のようで、鍵がかかっていて中へ入ることはできなかった。キッチンやトイレ、風呂に物置もあって、ちょろちょろと見ていく。

 キッチンには見たこともない酒や調味料、香辛料や調理器具がズラリと並んでいる。薪を熱源とするオーブンも高級そうなものがいくつもあった。あの魔族の執事が使っているのだろうか。

 キッチンの中には入らない方が良いだろうと、それ以上の詮索は止めるカリグラであった。

 本棚には、外国語の本が多数収められていた。もちろんカリグラには読めない。


 そこへ魔族の執事が戻ってきた。カリグラが本を読めない姿を見て「当然だ」と答える。

「ここにある本はいわば原書だ。飛王国の言語ではない」

 どんな内容の本があるのかカリグラが聞くと、彼は本棚から一冊の本を取り出した。

「オマエには過ぎた本ばかりだ。だが……そうだな、この本であれば多少は分相応であろうか。このアルカディア半島の歴史書だ」

 聞かせて欲しいとカリグラが頼み込んだので、仕方なくかいつまんで聞かせる魔族の執事。意外とお人よしだ。



『……アルカディア半島は、アドール大陸中部の東の端に存在する半島である。気候は温暖にして、大地は豊饒。

 伝説によると、古代王朝シンフォニアの初代剣聖パルテブランは、アルカディア半島を夢の大地、理想郷と呼び、この世界の都だったキャメロットではなく、この地に離宮を構え生活したと記されている……』


 カリグラがキョトンとした表情になった。

「え、ええと……古代王朝は聞いた事がありますが、剣聖パルテブラン? キャメロン? 離宮? な、何の事ですか? 初耳なんですが」


 魔族の執事が、失望の溜息をつく。

「無学もここまでくると大したものだな。剣聖、離宮については聞かせた通りだ。後で調べよ。パルテブランは上層世界の人間の名前だ。キャメロットは地名だ。キャメロンではない。それで、まだ聞きたいかね?」

 カリグラが即答した。

「はい、ぜひ。今は分からなくても、覚えていれば後日理解できるかも知れません」

 少しだけ感心する魔族の執事である。

「ふむ……では続きを読み聞かせてやろう」


『……パルテブランがこの下層世界を去り、元の上層世界に帰る時、彼はいつの日にかこの大地に戻ることを考え、彼の所持する莫大な私財をこの大地に残すため、宮廷魔術師パラケルススに命じ迷宮を造らせた。

 パラケルススの造りし迷宮にパルテブランの財宝は封じられ、迷宮内には多数の守護者が配置され、入り口自体も封印されたと言われている。


 パルテブランが去って数え切れぬ年月が流れ、アルカディア半島に住む人々も古代王朝とは全く異なる人々になった。

 今現在、半島の歴史として知られているのは、ここ百年程度の事である。それも断片的な記録しか残されていない。その中でも有名なユノの記録を紹介する。


 ユノは、オーガン地方の南に接するラーラル地方の森の一部族長であった。森の部族は複数の部族に分かれ、各部族が争い続けて久しかった。

 ある時、ラーラルの森の西にある平原の住民がユノに助けを求めに来た。彼らの町が西方から襲い来た騎馬民族により略奪、破壊しつくされたという。

 彼はこのままでは、ラーラルの森にも騎馬民族がやってくるであろうと危機を伝えた。


 ユノは対立していた各部族長に呼びかけ、一致団結して対応するよう要請したが、各部族長の反応は冷淡なものだった。

 しかしユノは諦めず、部族の財産を投げうって北にあるオーガンの魔術ギルドと傭兵団に協力を求めた。その圧力を利用して各部族に対し、騎馬民族と戦わぬまでも邪魔をしないよう依頼した。


 ユノは自らの部族の戦士とオーガンの傭兵団、そして、いくつかの部族から有志で集まった者たちを率い、森の入り口付近に布陣した。

 騎馬民族、死斗族は西の平原を略奪しつくすと、その矛先をラーラル地方に向けた。森の入り口で行なわれた決戦は死斗族の勝利に終わり、ユノは命からがら逃げ帰った。


 ユノは、騎兵が不利な地でなければ彼らの脅威には対抗できぬと考え、狭隘なラーラルの森に死斗族を誘い込んだ。ラーラルの森には平地ほど略奪すべき物が無く、馬の飼い葉も足りなかった。

 ユノはゲリラ戦を展開し、死斗族の補給路を断ち、食糧を求めてさまよう彼らを各個撃破し、ついに死斗族を追い払った。


 この功績により他の部族長たちもユノをあがめ、ついにユノはラーラル地方を統一した。


 その後ユノは統治者としても優れた功績を残し、死後、勇者として奉られた。しかし彼の死後、森の部族は再び対立し分裂してしまった。それでも、ユノの伝説だけは後世に伝えられた。


 ユノの死後かなりの時を経て、再び西方から侵略者がやってきた。アドール大陸を統一した王朝が、半島に狙いをつけたのだった。

 大陸と半島を隔てる高地を本拠地としていた死斗族を、統一王朝の総司令『漠』が壊滅させ半島に乗り込んできた。かの死斗族ですら相手にならなかった統一王朝軍の力量を恐れ、半島西部の住人は戦わずして降伏した。


 半島中部の人々も北のオーガン地方、南のワイマール地方では率先して降伏したが、ラーラル地方の部族は抵抗した。

 しかし、今度はユノのような統率者を持たなかった彼らは敗れ去った。漠はそのままの勢いで半島を征服し、王朝の皇帝より太守に任命された。


 半島は八つの地方に分割され、率先して征服を受け入れたオーガン、ワイマール地方は自治を許された。しかし、その他の地方は太守の配下により統治されることになった。

 漠はワイマール、オーガン地方以外に彼の配下であった統一王朝の直属の将軍を配し、統治を担当させた。


 一方、彼自身が直接統治する地方では、彼直属の部下に領地を与え、各領地を統治させた。

 全半島を自らの部下に分け与えなかったのは、あまりに力を持ちすぎて都キャメロットの皇帝の不信を買ってはならない……との考えがあっての事であった。


 しかしこの制度では、他の地方を治める領主と太守たる漠の関係は、単なる王朝内の役職の上下のみである。

 各領主の忠誠の対象は、都の皇帝に対して捧げられていた。このことが、後に大きな災いをもたらすことになった。


 統一王朝の第二代皇帝の失政により彼が暗殺されると、アドール大陸は群雄割拠の時代に舞い戻った。

 忠誠の対象を失ったアルカディア半島の各地方の統治者もまた、大陸の領主たちにならって太守の支配権から離れた。


 漠は統一王朝が滅亡した時、自ら王となった。

 漠を指して先代太守とか先王と呼ぶのは、このためである。王となった漠だが、それまでの部下らがそのまま従うというものではなかった。

 ただ各領主たちも、すぐさま漠に反旗を翻すというのではなく、上納金を納めない事と命令に従わないと言うだけであった。ワイマールとオーガンの自治区は今までどおり上納金も納め続けた。キライエ地方の領主、周櫃しゅうひつは同盟を締結し、安全保障金と銘を変えた上納金を納め続けた。


 漠の存命中、半島では未だ内乱と言えるものは各地方内では存在したが、地方間の抗争は有りえなかった。

 しかし漠が死去した瞬間、彼の名声で抑えられていた各地方の領主たちの制御は失われた。ちょうど各地方の内乱も終結に向かっていたこともあって、紛争が起こり始めた。


 そして漠の後を継いだのが若き彼の子供であったため、太守の領内でも内乱が起きた。しかし、太守の後を継いだ若者は、周りが思っていたより遥かに有能であった。

 彼は数年で太守領内の内乱を鎮めると、オーガン魔術ギルドと取引して西方の安全を確保した。その後、南方にあるダース地方に攻め込み、この地方を治めていたドップラーを滅ぼした。

 続いて、いち早く内乱状態になり未だそれが続いていたラーラル地方に攻め入り、いくつかの部族と同盟して敵対部族を滅ぼした。


 その後、ワイマール自治区の二大勢力の争いで後に彼の義兄になるバクトリア侯に加担し、ワイマール自治区を併呑した。ワイマールの自治の歴史はここで終焉を迎えたが、実質バクトリア侯領地となった。そのため彼の庇護の元、自治は続けられた。


 最後に残された半島西部の北方には、漠の代からの同盟者、周櫃しゅうひつの息子、周治しゅうちが居た。漠の息子は周治と協力し、彼と争っていたエルド地方の領主ターベージと戦った。

 ターベージとの戦いは相当の苦戦を強いられたが、これはターベージ配下の邪孟が死斗族の生き残りを利用し、その戦力を有効に使ったからであった。

 激闘の末、ついにエルド城にターベージを追い詰めた漠の息子は、苦戦の末ついにターベージを討った。半島は統一されたかに思われた。


 しかし、エルド城の決戦に先駆けてある計略を実行していた邪孟により、周治が暗殺されキライエ地方は彼の略奪にあった。

 邪孟は連合軍の片方の本拠地を陥落させたわけであるが、あるじたるターベージを失い、そのまま北部国境から大陸に逃れた。この際、邪孟は死斗族の生き残りも引きつれていた。


 ここに、アルカディア半島は再び統一され、漠の息子は半島に『飛』と言う王国を建てた。アルカディア半島の新たな歴史が、これから始まろうとしている……』



 じっと聞いていたカリグラが、魔族の執事に感謝して礼を述べた。

「読み聞かせてくださり、ありがとうございました。他にも私に理解できそうな本ってありますか?」

 魔族の執事が本棚を見て、数冊の本を手にした。

「ふむ……先ほどの文章量でも集中して聞いておったから、これも大丈夫かも知れぬな。だが……」

 小屋の窓から外を見る。もう夕方になっていた。

「今日は泊まるのであろう。では、その対価として中庭の草むしりでもやってもらおうか。その後で人間用の食事を用意してやろう。寝床もな」



 翌日は草むしりの続きと庭木の剪定作業をして、魔族の執事から別の本を読み聞かせてもらうカリグラであった。

 中庭の花壇で咲いている花はスミレなどだったので、やはり冷涼な場所だと理解する。冬になると雪が降りそうな場所だ。

 食事はレストランで出てくるような料理だったので面食らってしまった様子だったが。そのカリグラの狼狽ぶりを見て、大きくため息を漏らす魔族の執事である。

「まったく……最低限のテーブルマナーも知らぬとは。よいか、ナイフとフォークはこの順番で使え。この小さなナイフでバターを切り取る。それと、ワイングラスはワインごとに替えるものだ。ああ、こらこら、そうではない」

 カリグラが目を回しながらも懸命に学んでいる。混乱していてワインの味も分からない有様だ。アルカディア地方産の高級ワインを飲んでいるのだが。

「はひええ……勉強になりますうう」


 食事の後は本を読んでもらった。執事は魔族なので、魔法に関する基礎知識を記した本にしてもらっている。

 カリグラがメモをしながら感嘆した。

「魔法って様々な種類があるんですね。神様の数だけあるのか……」

 魔族の執事がうなずく。

「うむ。この本で読み聞かせた通りだ。精霊魔法だが、ヴォール神殿に行って対策を聞いた方が良いだろう。アンデッドに関してはバイシャやフローディアなどの神殿だな。間違ってもバギム神殿には行くでないぞ」



 そこへ、漆黒の鎧をまとった男が戻ってきた。

「ほう……勉強熱心だな。では送ってやろう。もう二度とここには来れないが、思い残すことは無いか?」

 カリグラが彼の全身甲冑姿に圧倒されながらも、深く頭を下げた。

「私では、あのダークエルフのボスには到底太刀打ちできませんでした。黒き騎士様に、稽古をつけてもらうことはできますか?」


「ふむ」と思案する漆黒の鎧をまとった男。

「稽古か……オレも暇ではないのでな。この場限りの稽古であれば、してやろう」

 歓喜するカリグラ。中庭に出て、魔族の執事から稽古用の刃を潰したロングソードを受け取る。漆黒の鎧をまとった男も同じ刃引きのロングソードを構えた。

「では始めよう」


 始めはゆっくりと、漆黒の鎧をまとった男が剣をカリグラに打ち込む。真っ向上段からの打ち込みを剣の刃で受けるカリグラに、漆黒の鎧をまとった男が叱った。

「それではいかん。敵の攻撃を受け止めてはいかん。剣が衝撃で折れたり曲がったりするのでな。少なくとも大きな傷がつく。受け流すことを心がけよ」

「はい」


 剣の鎬面しのぎめんを使って、カリグラが漆黒の鎧をまとった男の攻撃を受け流す。鎬とは刀身の側面部分を指す。今度は叱らなかった。

「そうだ、その要領だ。では、今度は袈裟掛けだ。受け流せ」

「はい」

「次は逆袈裟だ」

「はい」

「次は横面打ちだ」

「はい。う、これは厳しいな」

「それ、モタモタするな。次は小手打ちだ」

「うわ、おわ」

「足払いからの内股切り上げだ、それ」

「うひゃ」

「まだまだ。突きから車に回しての頸動脈狙いだ」


 それを微笑ましく眺める魔族の執事であった。少し経つと、首が九本もある青い龍が飛んできた。全ての目を点にしている。

「これは珍しい光景だな。いったいどうしたというのだ」

 青い龍に軽く挨拶した魔族の執事が、さらに目を和らげた。

「余興ではあるが、旦那様の息抜きにはなったようだ。あの人間もなかなか剣の才能がある。騎士に向いているやも知れぬな」


 当のカリグラは必死に食らいついているのが精一杯で、全く余裕はない。すぐに疲労困ぱいして動けなくなった。

 漆黒の鎧をまとった男がロングソードでの片手打ちを披露する。

「良くある嵌めはめてだが、拍子が合えば決まりやすい技だ。間合いが一気に伸びるからな」


 その通り、今までの間合いの外から、いきなりカリグラの横面に剣の物打ちどころが伸びてきた。全く予想していなかったので、防御もできないカリグラ。

 その首に「ピタリ」と刃引きのロングソードが吸い付く。軽い衝撃を首筋の頸動脈に感じて、身動きもできずに冷や汗を大量にかくカリグラ。真剣であれば、首が飛んでいたに違いない。

「べ、勉強になります」


 漆黒の鎧をまとった男が少しだけ穏やかな口調になった。

「うむ。しかしこの嵌め手には欠点がある。回転半径が急に伸びるため、その分だけ剣速が落ちるのだ。また、片手ゆえにカウンターにも弱い」

 例えると、氷の上で手を広げてその場で回転しながら、手を胸元に引くと回転スピードが上がる。その原理を応用しているのだろう。


 そして、カリグラの鼻先に剣の切っ先を向けた。鼻から数センチメートルの距離だ。

「この距離で普段はやり過ごせ。そうすると敵は攻撃に熱中して、足さばきが鈍ってくる。そして……」

 切っ先を鼻先から数ミリメートルまで近づける。

「この距離で勝負を決めろ。足さばきが鈍った敵の切っ先をかわしつつ踏み込んで、カウンターで斬るのだ。

 四方を敵に囲まれた際には腕や拳を狙っても構わぬが、剣の腕を上げたいのであれば敵の腹を両断したり、脳天から心臓までカチ割るように心がけると良かろう」


 カリグラから離れて、剣を上段に構えた。それをその場に立ったままで振り下ろす。まさに閃光のような一撃だ。

 続いて、前方に踏み出しながら同じように振り下ろした。こちらも閃光のような速さなのだが、先ほどよりは若干遅いのがカリグラにも分かる。


 その反応を見て、再び口調を和らげる漆黒の鎧をまとった男。魔族の執事に命じて、カリグラから練習用の剣を回収し、自身の剣も彼に渡した。これで稽古は終了のようだ。

「これも先程の片手打ちと同じ原理だ。動かずに斬った方が、動いて斬るよりも速く振る事ができる。憶えておくと役に立つだろう」


「は……はい。黒き騎士様」

 どっと疲労が押し寄せて、へなへなと尻餅をついてしまうカリグラ。漆黒の鎧をまとった男の方は、全く息が上がっていない。



 カリグラが漆黒の鎧をまとった男に「命の恩人」だと礼を述べる。

「貴方のような強い騎士に憧れます。もし可能であれば、私も騎士を目指したいと思います」


 魔族の執事が少々イライラした口調になって、カリグラに指摘した。

「旦那様はただの騎士ごときではない。聖杯騎士の資格をお持ちであるのだ。今は理由あって身分を隠し、賞金稼ぎシュタルダーとして行動なされている。黒き騎士などと呼ぶのは無礼であるぞ」


 身バレしてしまい困惑するシュタルダーだが、カリグラに「その通り聖杯騎士だ」と告げた。

「西方聖堂騎士団という独立国家が大陸の西にある。君たちの国王もその一員で副団長だ」

 しかし、それ以上の詳しい話はしなかった。「それよりも」と話題を変える。

「剣の筋が良いな。真っすぐで素直な剣なので騎士に向いているだろう」

 憧れと尊敬の目になるカリグラ。

「そうですか! 励みになりますっ」


「この稽古で少しはマシになったな。さあ、そろそろ行くがよい」

 カリグラが起き上がるのを待って、漆黒の全身甲冑の籠手で中庭の一角にあるテレポート魔法陣を指さした。今度は起動して輝いている。

「テレポート魔法陣の目標を、黒き狼団の砦にしておいた。カリグラといったか。また会うこともあろう、達者でな。

 それともう一つ。ダーブルの死に様、この目で見届けた。メザー神の祝福あらん事を祈っておこう」

 カリグラがその魔法陣に乗った。

「ありがとうございました。シュタルダー様」


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