戻ってきたカリグラ
翌朝発の馬車便に乗り、カリグラたち四人がラーラル城下町から出立した。
オーガンの町まで行く直行便が休止となっているため、まずはキライエ南関所行きに乗っている。その途中のムーンの村前で下車し、ここからオーガンの町行き馬車便に乗り換える。
ラーラル城下町からラーラル関所までは馬車便で四日、関所に一泊して、さらに三日かけてムーンの村へ到着した。
キライエ南関所まで行っても旅程上では大して違わないのだが、ムーンの村長に会うつもりのようだ。
カリグラがムーンの村内を歩きながら、早速クレープ包みを食べている。
「美味いなー……やっぱり俺は小麦粉が好きみたいだ」
ファビウスも同じクレープ包みを食べながら同意している。
「私も同感です。ですが、道中を見た印象では、ラーラル地方でも間もなく小麦の収穫を始めるでしょう。森ばかりなので、収穫量はかなり少ないと思いますが」
グルバーンは黒パンにチーズと干し肉を挟んだサンドイッチを食べている。
「うむ。畑といっても街道沿いにある程度だからな。農村の自給用だ。人口の多いラーラル城下町には出荷されぬだろう」
ジャンクがクレープ包みを早くも食べ終えて、カリグラに聞いてきた。ファビウスには聞こえないように小声である。
「ムーンの村長に会うのか。だったらオレだけ別行動しても良いよな。ちょいと家の中を漁ってみるぜ」
カリグラが続いてクレープ包みを食べ終え、小声で了解した。
「分かった。だけど、あんまり目立つ行動はするなよ。村長の機嫌が悪くなったら、情報収集する上で都合が悪くなる」
騎士見習いとして、それはどうなのか……
ムーンの村長は在室だった。残念そうにしてカリグラに謝ってくる。
「おお、カリグラさんか。すまない。ちょうど牛乳をキライエ南関所へ出荷したばかりでね。来客用の牛乳を切らしているんだよ。水で構わないかい?」
カリグラが明るく答えた。
「お構いなく。出荷という事は、村の産品をキライエ南関所で販売しているのですね」
村長が照れた。
「まだまだ小規模ですよ。今は魔術ギルドから、鮮度保持の魔法がかかった木箱と麻袋が届くのを待っている段階ですよ。
牛乳は腐りやすいですからな。チーズの中にも痛みやすいものがありますし。ですが今のところ、好評ですよ」
冷蔵庫や冷凍庫などの保存庫が無いため、食品販売では食中毒の危険性がつきまとう。
「関所の兵士と商人に聞くと、一番楽しみにしているのは、どぶろくみたいですがね。ははは。
稲の収穫が二十日後から始まりますので、どぶろくを出荷できるのは五十日くらい後の話になります」
収穫した稲からモミ付き米を脱穀するためには、天日干しして乾燥させる必要がある。
その後で精米して、どぶろくづくりを始めるため、そのくらいの日数がかかるのだ。
カリグラが水を飲み干してから聞いてみた。
「道中、馬車便の車窓から水田を眺めましたが、稲が黄色く熟し始めていますね。
どぶろくですが、ラーラル城下町で下痢になった人を見かけました。治療法をご存じですか?」
村長が呆れながら首を振った。
「無茶な事を。今あるのは古米ですな。カビたり虫食いだったりした米で仕込むと、下痢を起こすんですよ。
治療薬はありませんな。水をたくさん飲んで安静にするしかないでしょう。二、三ヶ月も大人しくしていれば治りますよ」
この下層世界で一ヶ月は百日間ある。
カリグラが内心で落胆しながらも答えた。
「そうですか。私たちは明日の馬車便でオーガンの町へ向かいます。言付けか何かありますか?」
村長が役人に声をかけて聞くが、役人は肩をすくめるだけだ。それを見て、村長が答えた。
「今は特にありませんな。わざわざ立ち寄ってもらって、感謝しますぞ」
村長の家を出て、次に墓守の家へ立ち寄ってみた。相変わらず土葬用の棺桶づくりに精を出していたが、墓守の男と娘さんも下痢の治し方を知らなかった。
カリグラが内心で冷や汗をかいている。
(ちょ、ちょっと待って……どぶろくって実は危険な酒なんじゃ?)
ワインはブドウを潰せば自然と発酵が始まるので、酒づくりとしては楽な部類に入る。高品質になるかどうかは別問題だが。たいていは野営地で売っているような、半分酢になったワインだ。
どぶろくの場合は、米そのものに糖が含まれていないため、最初にデンプンを糖にする必要がある。その際に雑菌が繁殖する恐れがあるのだ。
その後は棺桶づくりを手伝い、夕方から酒場に直行したカリグラたち四人であった。
さすがにファビウスも止めていない。チラチラと様子を伺うカリグラを見て、苦笑しながら答えた。
「まあ、オーガンの町へ到着するまでに、二日酔いが治っていれば構いませんよ。キュアポイズンは使いませんから、自力で治してください」
ニッコリ笑うカリグラだ。
「さすがファビウスさん。融通が利くね!」
しかし、大麦の収穫前だったため、新たに仕込んだビールは売っていなかった。そのため、地元産のワインを楽しんだカリグラたちと墓守の男であった。
カリグラがチーズの出来に感動している。
「美味いなー……ラーラル城下町じゃ、あんまり売ってないんだよね」
墓守の男が上機嫌になっている。
「そうだろう、そうだろう。酪農の村じゃからな。チーズは自慢なんじゃよ。シェーブルもあるぞ。ははは」
そう言ってから、小首をかしげた。
「んー……だが、定期的に乳牛をラーラル城下町へ出荷しているぞ。この村出身のシーフが居てな。爺さんなんじゃが。
ラーラル城下町のシーフギルドに行けば、新鮮な牛乳が手に入るハズじゃよ」
ジャンクが腕組みをして、否定的に答えた。
「そんなヤツ見かけなかったぞ」
しかしすぐに、銀髪モヒカンがピンと立った。
「あー……だけど、そうだな。足跡が少ない通路は調べていなかったぜ。今度、シーフギルドに行ったら、ちょいと調べてやるよ」
カリグラが気楽にうなずく。
「そうだな。暇な時に調べてみてくれ」
幸い、今回は二日酔いにならずに済んだカリグラたち四人である。
ムーンの村外にある停留所で、キライエ南関所から来た馬車便を待った。始発駅ではないため、最初に来た馬車便は満席だった。その次に来た馬車便に乗って、オーガンの町へ向かう。
カリグラが席に座って、軽く背伸びをした。
「小麦畑が黄色く色づき始めてるね。収穫作業をする出稼ぎ農夫が集まり始めているのか」
確かに最初とこの馬車便に乗っている乗客は、農夫ばかりだ。
グルバーンが少し残念がっている。
「むう。オーガンの町へ戻るのが二十日ばかり早かったか。白く製粉した小麦粉で焼いた白パンは、望めそうにないな」
小麦も天日乾燥する必要があるため、製粉するのはもっと後になる。
ムーンの村からオーガンの町までは馬車便で七日間の旅だ。途中の野営地でも、酒場で酒とチーズを楽しんだカリグラたち四人であった。夜間にはゴブリンやコボルド、オークなどを駆除している。
途中の農家と村では、出稼ぎに来た農夫の人数が増えてきていた。そのため、どこの野営地でも酒場が大いに賑わっている。
ここの野営地でも、カリグラが半分ほど酢になったワインを飲みながら、一面に広がっている小麦畑を眺めていた。まだ昼過ぎなのだが。
村の周囲では三圃制によるライ麦、大麦、ソバの収穫準備も始まっていた。果菜ではウリが既に収穫真っ最中だ。
「こういう風景って、どこにでもあると思ってたけどなー……ラーラル地方には無いんだねえ」
グルバーンもチーズをかじりながらワインを飲んで同意している。
「うむ。俺がラーラル地方に居つかなかったのも、食事の問題が大きいな。オーガン地方は恵まれていると思うぞ」
ジャンクはそう思っていない様子だ。すでにワインを飲み干して、お代わりをしに酒場へ戻っていく。
「昔みたいに森があればオーガン地方も良いんだけどな。密輸するには、今じゃラーラルの森が便利なんだぜ」
ジャンクと入れ違いにファビウスが酒場から出てきた。彼もワインを手にしている。
「今晩の宿をまだとっていませんでしたね。カリグラさん、お願いします」
カリグラが気楽な口調で答えた。ワインを飲み干す。
「ああ、そうだったね。分かった」
そのような、のどかな馬車旅を続けながらオーガンの町へ到着した。オーガンの町にも出稼ぎ労働者が多く集まっていて、いつも以上の賑わいになっている。
馬車から降りたカリグラが、地面に転がっているロバ糞と馬糞を避けて背伸びをした。
「着いたー……ラーラル城下町よりも人が多いなあ」
ファビウスが続いて降りて、苦笑している。
「そりゃ、そうでしょう。カリグラさん、地元民なのに出稼ぎに来た人のような言動をしていますよ」
屋台で食事をしてから、ここでいったん解散する事にする。カリグラが仲間三人に告げた。
「三日後の朝、ここで集合しようか。下痢治療の薬草については、俺が聞いておくよ。オーガンの町でゆっくり休んでくれ」
笑顔で了解する三人だ。ジャンクが早くもスキップして城門へ向かっていく。
「分かってるじゃねーか、兄弟。それじゃあ、カジノで一発儲けてくるぜ!」
ファビウスも笑顔でカリグラに答えた。
「助かります。ラーラル地方の状況について報告するように、バイシャ教団のザックス待祭から頼まれているんですよ。三日後の朝にまた、お会いしましょう」
ラーラル地方でも、当然ながらバイシャ教団の神官が多数仕事をしている。それでも情報が不足気味になっているらしい。
カリグラがうなずく。
「あんな巨大な森があるからねえ。うちの狼団もラーラル地方の情勢に疎いみたいだしな。それじゃあ、三日後に会おう」
残ったグルバーンに、カリグラが声をかけた。
「さて。それじゃあ魔術ギルドへ行こうか」
魔術ギルドに入ると、ちょうど一階で町民向けの講義を花子先生とパラスミ先生が行っていた。
カリグラが挨拶して、グルバーンを手伝いに向かわせる。
講義内容は『鮮度保持の魔法処理をした木箱と、麻袋の手入れ方法について』だった。これは以前に聞いたので、特に新しい情報は得られなかった。町民が熱心に受講しているのを見る。
(同じ内容を繰り返し教えているのか……先生ってのは、こういう仕事もするんだね)
黒き狼団での新兵訓練は、ウィルマ率いる三番隊が担当している。
グルバーンが手際よく、花子先生とパラスミ先生の助手を務めている。
それを見てカリグラが感心していると、講義が終了した。受講者が退室していく中で、改めて挨拶する。
「こんにちは。お忙しい中、突然訪問してすみません。急ぎの案件でして」
そう言ってから、カリグラがラーラル城下町にあるシーフギルドで起きた、ギルドマスター下痢事件について話した。
「……という状況になりまして。治療魔法が効かないので、薬草か何かを探しています」
パラスミ先生が花子先生と顔を見交わしてから、残念そうに肩をすくめた。
「すまないね。そういう研究はしていないんだよ。森の薬草であれば、ディアナ先生とルーザ先生に聞いてみてはどうかね?
そろそろこの講義室へ来る頃だよ。次の講義の先生を務めているんだ」
花子先生もうなずいている。
「そうですね。グルバーン君を借りても構いませんか? この後、研究室で助手をしてもらいたいんですよ」
カリグラが快諾した。
「はい。どうぞ。三日後の朝までに解放してくだされば、それで構いませんよ。
ウラスミ先生とディアトロス先生は在室していますか? ラーラル地方の情勢について、ご報告したいのですが」
こういうのは、受付に聞けば済むのだが……ちなみにディアトロス先生は魔術ギルド総会議長をしている。
パラスミ先生が手帳を取り出して確認した。
「んー……あいにく、今日も両者不在だね。では私が代わりに君の報告を受けておくよ」
カリグラが騎士見習いの証を差し出した。
「では、お忙しいところ恐縮ですが、お願いします」
パラスミ先生が証を受け取り、それに杖を当てて記録情報を読み取った。すぐに返却する。
「確かに受け取ったよ。では、引き続きラーラル地方の情勢を調べてきてくれ」
「はい。グルバーンさん。それじゃあ三日後の朝に会おう」
グルバーンに手を振って別れ、花子先生とパラスミ先生を見送ると、少ししてルーザ先生とディアナ先生が講義室に入ってきた。
できるだけ丁寧に挨拶するカリグラである。
「ご無沙汰して申し訳ありません。カリグラです。この度、何とか騎士見習いになりました」
ルーザ先生がカリグラを見て、鷹揚に答えた。相変わらず、魔術師らしくない赤くて派手な服装である。
「そうざますか。ウラスミ先生が後見人をしていると聞いたので、彼の面目を潰さないように励むざますよ」
カリグラが兵団方式の立礼をした。
「はい。頑張ります。それで、一つ質問したいのですが……」
再び、どぶろく事件について話した。
「……このような有様になりまして。有効な薬草をご存じでしょうか?」
ルーザ先生が大いに呆れた表情を浮かべた。
「腐ったどぶろくを飲むとは……ラーラル原住民は、度し難いざますね。
そのような症例について、治療研究なんかしていないざますよ。水でも飲んで、体内から洗い流しなさい。二、三ヶ月も苦しめば勝手に治るざます」
カリグラが苦笑しながらメモした。
「ムーンの村長と同じ意見ですね。そうですか、研究していませんか。では、対処方法は無さそうですね」
ルーザ先生が講義の準備を始めた。それを手伝いながら、ディアナ先生がカリグラに謝る。
「すみません。エルフの私も、症状に対応した薬草を知りません。
オーガン産まれのハーフエルフ、クリステアさんなら、あるいは。彼女に聞いてみては、どうでしょうか」
カリグラが了解した。
「そうですね。分かりました。多分、冒険者ギルド三階のバーに居ると思いますので、会って聞いてみます」
そこへ銀色鎧を着た男が講義室に入ってきた。腰に剣を吊るしている。ディアナ先生に声をかけた。
「ここに居たか、ディアナ先生。いくつか精霊魔法について質問があるのだが構わないかな?
ダークエルフが使うファイヤーストームから身を守る方法について、騎士団と兵団から質問を受けてね」
ディアナ先生が挨拶を返して答えようとしたが、ルーザ先生が口を挟んだ。講義室内に静電気の火花がいくつも散る。
「これから講義を始めるざます。後にしてください、シルバーマスク先生」
ディアナ先生も申し訳なさそうに断った。
「そういう事なので、すみません。シルバーマスク先生。一時間後、またここへ来てくださいな」
残念そうな口調でうなだれるシルバーマスク先生。名前の通り、銀色のフルフェイス兜を被っている。
「うむ、そうかね。仕方ないな」
ディアナ先生がカリグラに紹介した。
「カリグラさん。この方はシルバーマスク先生です。本名ではなく通称ですが、理由は聞かないでください。
魔法剣士として、騎士団から魔術ギルドに出向しておられるウィザードです。ロードと呼ばれる、上級騎士でもあります」
次にシルバーマスク先生にカリグラを紹介した。
「こちらは騎士見習いのカリグラ君です。黒き狼団の一番隊隊長をしている方で、冒険者ギルドの会員ですね。ウラスミ先生が後見人をしておられます」
カリグラが兵団方式の立礼をした。
「初めまして。カリグラと申します。どうか、お見知りおきください。今はラーラル地方で現地情報を集めております」
シルバーマスク先生が気楽な口調で答えた。兜を被っているため、表情は見えない。
「こちらこそ、よろしくな。シルバーマスクだ。騎士でもあるので、困った事が起きたら遠慮なく相談しに来なさい。騎士見習いを導くのも、騎士の務めだからね。まずは、その立礼から改めた方が良いだろう」
カリグラが喜色を満面に浮かべた。騎士の知り合いは、これまで騎士団詰所の受付以外には居なかったためだ。しかも上級騎士である。
「ありがとうございます!」
ルーザ先生がイライラしながら口を挟んだ。同時に火花が講義室のあちこちで飛ぶ。
「そろそろ講義を始めるざます。部外者は、さっさと出ていきなさい」




