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紅の魔女  作者: あかあかや
オーガン編
60/78

名も無き墓標

 軽食後に再び花摘みを再開したのだったが、やはり今回もジャンクが逃げ戻ってきた。

 彼の背後に三匹の大型ヘビが這ってきている。これも全長は三メートルほどだ。

 しかし這う速度が遅いため、楽々と逃げているジャンクである。三十メートルほど引き離して戻ってきた。


 ジャンクが顔から血を流しながら、ファビウスの後ろに逃げ込んだ。

「すまねえな。見つかっちまった。さっさと片付けてくれや。あと、治療もよろしく」

 ファビウスがため息をつく。ジャンクの顔についた傷を確認して、気楽な表情になった。ジャンクの兜は皮製でフルフェイスではない。

「はー……まったく。顔の負傷は軽微ですね。ライトワンズで治せますよ。ですので、さっさと軽クロスボウで撃って、モンスターを片付けてください」


 カリグラもジャンクを促した。

「だな。遠距離攻撃ができるのはジャンクだけだ。ライトワンズは俺がかけるよ」


 舌打ちしたジャンクだったが、素直に従った。まだ敵との距離は二十メートルほどあるため、グルバーンは待機中だ。

「ち。仕方ねーな。ちょいと待ってろ」


 ジャンクが軽クロスボウを使って、三匹の大型ヘビを撃った。二、三本に一本の確率で命中している。

 そして……グルバーンが攻撃魔法を使うまでもなく、ジャンク独りだけで三匹の大型ヘビを撃破してしまった。

 その成果に最も驚いているのは、他ならぬジャンクだった。

「マ、マジかよ。この軽クロスボウ、めちゃくちゃ凄いぞオイ」

 カリグラが剣を鞘に収めて、ニッコリ笑う。

「そりゃ良かった。それじゃあ、治療するからじっとしてろ」


 こうして黄色、オレンジ、赤、白、紫、青、緑色の花を七輪摘んだカリグラたち四人であった。

 カリグラが確認し、先ほどの古い墓標に供える。花瓶に挿しきれないため、余った花を花輪にして墓標にかけた。作り慣れていないために、かなり不格好であるが……

「これでよし。腹もこなれたし、それじゃあ、洞窟内に戻ろうか。鉄鍵を残り九個集めよう」


 一方で不満そうにしているジャンクであった。

「クソが。何も落ちてなかったぜ」



 洞窟内では地図とジャンクの勘を頼りに、脇道を探索していった。さすがシーフというべきか、時間をかけずに鉄鍵五個を追加で見つけてしまっている。

 小さな箱のフタを閉め、ドヤ顔になって六個目の鉄鍵をカリグラに投げ渡した。

「ふふん。隠した意味がねーな。シーフの俺にかかれば、雑作もねーぜ」


 感心して鉄鍵を受け取り、収納ポーチに入れるカリグラ。

「本当に凄いと思うぞ。俺だけじゃ、こういう探し物を見つけるのは無理だろうなあ」


 ファビウスとグルバーンも、渋々ながらカリグラに同意している。

「そうですね。地図には、この鉄鍵がありそうな場所に印が付いていません。私も洞窟内で途方に暮れていたでしょうね」

「まあな。探索の魔法があれば良いのだが、そういうのは無くてな……うわ! 何か落ちてきたぞ」

 グルバーンとファビウスの頭上に、天井の亀裂から大サソリが三匹落ちてきた。尾を含めると全長一メートルくらいある。

 その尾と両腕のハサミが振り回されて、二人が薙ぎ倒された。

「ぎゃー……」

「うわー……」


 ゴロゴロと素掘りの洞窟を転がっていくファビウスとグルバーン。その二人を追いかけて三匹の大サソリが尾を立てて向かっていく。

 行く手を遮ったのはジャンクだった。両手を大きく広げて叫ぶ。

「オマエらの相手は、この俺だ! さあ、刺せ! ブッスリと刺せ! ヒャッハー!」


 カリグラが三匹の大サソリを追いかけて、背後からクリエーチャーキラーを振った。呆気なく毒針付きの尾が三本斬り飛ばされて、毒液が斬り口から噴き出していく。

 それを恍惚とした表情で全身に浴びて、しかも飲んでいるジャンクにジト目を向けるカリグラ。

「仕事しろ、コラ」


 尾を失って狼狽している三匹の大サソリの頭部を、サクサクと斬り飛ばして始末していくカリグラだ。ジャンクは「うへへへ……」状態になっていて使い物にならない。


 三匹の大サソリが絶命したのを確認して、カリグラが一息ついた。

「まったく、ジャンクよ……総合解毒薬だ。飲んでおけ」


 総合解毒薬をジャンクに投げ渡してから、ようやく起き上がったファビウスとグルバーンに駆け寄った。傷を確かめて安堵する。

「床を転がった時にできた、すり傷と軽い打撲だな。俺がライトワンズで治療するよ」

 ファビウスが謝った。

「すみません。以前、頭上から襲われた経験があったのですが、今回は活かせませんでした。まだまだ訓練が足りていませんね」

 カリグラが笑顔で答える。

「ファビウスさんの場合は魔法の練習もあるからね。戦闘訓練の時間が少なくなるのは仕方がないよ。

 さて。俺の治療魔法はこれで打ち止めだな。今後はファビウスさんに治療魔法を任せるよ」


 グルバーンが治療を終えて立ち上がる。

「そうだな……洞窟の亀裂には用心しておこう」



 そう言ったばかりのグルバーンだったが……鉄鍵を続いて三個見つけた後で、大アリ三匹に襲われてしまった。

 今回も大アリは床の亀裂から出てきて、運悪く最後尾に居たグルバーンの足に咬みついている。やはり足先をかじるのが好みのようだ。

 悲鳴をあげて倒れるグルバーン。スタッフで大アリの頭を殴っている。

「ぎゃー! 痛い、痛い! また貴様らか! かじるな! ぎゃー! 痛いっ」


 すぐにカリグラが頭部を斬り落として退治した。今回も大アリがグルバーンに咬みついて動かなかったため、楽に斬っている。

 しかし、若干遅かったようだ。グルバーンの右足先が欠損していた。

 右腕の肉も食いちぎられていて骨が見えている。動脈出血をしているので、鮮血が噴き出していた。


 ファビウスがフレイルを傷口に向け、大アリに食いちぎられたグルバーンの肉片と足の指を、傷口に押し当てて治療を始めた。

「シリアスワンズ!」

 今回は冷静な口調だ。傷口が白く光って動脈出血が止まり、傷口が塞がって、欠損していた足の指も無事に再接合した。「ふう……」と汗を拭くファビウス。

「大アリの腹の中に入っていなくて幸運でしたね。まあ、入っていたら腹を切り裂いて、組織片と指を取り出したでしょうけど」

 カリグラが微妙な表情になって頭をかいた。今は兜を被っている。

「大アリの腹を裂いて解剖か……あんまりやりたくないな」


 グルバーンが回復して立ち上がった。しかし、顔が少し青くなっていてフラフラしている。

「むう……血が足らぬようだな。完全に回復するまで、ここで小休止しよう」

 異存はないファビウスとカリグラである。ジャンクがまだ幸せそうにしているので、彼が正常化するためにも時間が必要だろう。



 その後は順調に鉄鍵を見つけ、十個全て入手した。

 ジャンクがドヤ顔になっている。大サソリ毒を飲んだのだが、今はもうすっかり正常だ。むしろ、顔がツヤツヤしている。

 兜の中にあるので外からでは見えないのだが、恐らくは銀髪モヒカンもツヤツヤしているのだろう。

「へへへん! どーよ。十個全部、見つけてやったぜ! どーよ!」

 カリグラがジャンクを褒めながら、肩を「ポンポン」叩いた。

「さすがだな。脇道を全て確認したし、洞窟から出て崖を登ろうか」



 洞窟を出て、再び絶壁の真下に出た。

 カリグラたち四人が崖下を歩いて調べると、東端に長いハシゴがかかっているのを発見した。

 ハシゴはかなり長く伸びていて、崖下から見上げても上端が見えない。崖の上半分が少し緩い傾斜になっていて、死角に入っているためだ。青空が見えて日差しが強い。


 そのハシゴに手をかけてみるカリグラ。小首をかしげている。

「これを伝って登るのか……新品で傷が付いていないから、まあ、大丈夫だろう。登っている途中でハシゴが切れる事にはならないハズだ」


 ファビウスとグルバーンもハシゴに手をかけて調べていたが、カリグラに同意した。

「そうですね。思ったよりも丈夫そうです。私たち四人分の体重を支えてくれるでしょう」

「うむ。問題なかろう。これまで多数の冒険者や見習い、シーフなどが使っているようだしな。

 崖下には転落死した痕跡が見当たらぬ。ハシゴの麻ロープが切れれば、その切れ端が崖下に残っているハズだが、それも無い。安心はできぬが、用心して登れば良かろう」

 カリグラがうなずいた。

「よし。それじゃあ、このハシゴを登ろう。俺が先頭になるよ。ジャンクは二番手で……ん?」


 ジャンクが警告した。軽クロスボウを構えて、南側に向けている。

「何か来たぜ。二足歩行の足音だな」

 と、同時に穴から巨大な鶏が二羽飛び出してきた。コボルドよりも大きい。

 そして、その鶏の尾羽根には代わりにヘビが付いていた。カリグラたち四人との距離は二十メートル以上ある。


 ファビウスがフレイルを持って、静かな声で解説した。

「コカリトスです。石化攻撃をしてきますので、グルバーンさんのファイヤーボールによる遠距離攻撃で、片付けましょう」

 グルバーンがスタッフを手にして了解した。

「心得た。カリグラ隊長とジャンクは時間稼ぎを頼む」


 今回もオーガ戦と同じく、グルバーンの十五メートル射程ギリギリの辺りでカリグラとジャンクが騒いだ。

 コカリトスは二羽居たのだが、二羽とも二人を追いかけ始める。

 カリグラがコカリトスのクチバシ攻撃と、尻尾のヘビによる咬みつき攻撃を回避しながら、十五メートルの線上を後退していく。


 グルバーンとともに魔法攻撃の準備を整えていたファビウスが、カリグラとジャンクに警告した。

「ヘビに咬まれると石化されてしまいますよ! 石化回復薬は用意していますが、できるだけ咬まれないようにしてください!」


 カリグラがクチバシ攻撃を十センチメートルほどの距離で回避してから了解した。バイキングシールドとクリエーチャーキラーを持っているのだが、今のところは使っていない。

「分かった! ジャンクも注意しろよ」

 そのヘビによる咬みつき攻撃を同じように回避したジャンクが、冷や汗をかきながら文句をファビウスに叫んだ。

「そういう事は先に言え!」


 二羽のコカリトスは意外に素早く、あっと言う間にカリグラとジャンクを絶壁に追い詰めてしまった。

 ジャンクを背中にかばったカリグラが、ここでようやくバイキングシールドを構える。


 そこへグルバーンがドヤ顔で告げた。彼との距離はちょうど十三メートル離れている。

「待たせたな! ファイヤーボール!」


 大きな火の玉がコカリトスの足元に発生して、包み込んでいく。あっという間に羽毛が燃え上がり、火の粉が舞い上がった。

 カリグラとジャンクはコカリトスと肉薄していたので、大慌てで床を転がって離脱した。当然ながら火の粉が降りかかり、コカトリスと一緒になって悲鳴を上げているが。


「あちー! このクソ野郎! ちゃんと狙え!」

 ジャンクが火の粉を必死で振り払いながら、さらに床を転がっていく。

 カリグラも同じ事をしながらジャンクに続いて転がっていった。

「あちち! 威力が強すぎるぞっ」


 燃えて、鶏っぽい丸焼きと化していく二羽のコカリトスを確認してから、グルバーンがジト目になってカリグラを見た。不機嫌そうにしている。

「威力の調節は難しいのだ。大きな火の玉を発生させるので、範囲内に居ると巻き添えを食らう。そういう魔法だと割り切って諦めてくれ、カリグラ隊長」


 幸いカリグラとジャンクはヤケドを負わずに済んだ。ほっと一息ついて立ち上がる二人。

 カリグラがスーツアーマーを「コンコン」叩いて感心している。

「ふむむ。それなりに火の粉を防いでいるんだな。皮製の鎧服のままだったら、燃えていたかもなあ」

 ジャンクも同意して、自身のスケイルメイルを叩いている。

「ちょいと重いけどな。しかし、良い匂いだなオイ」


 そう言って、焼け死んだコカリトスに近寄って、腿肉と胸肉をナイフで削ぎ取った。ついでにヘビの牙を持つ。

「なあ。ちょいと小休止しよーぜ。このヘビ毒、めちゃめちゃブッ飛びそうだと思わねーか?」


 ファビウスがフレイルの先をジャンクに向けて威嚇した。

「石化毒ですよ、それ。治してあげませんよ。というか、その前にコーズライトで貴方を撃ちますよ」

 カリグラがファビウスに賛同して、ジャンクの肩に手を乗せた。

「石化解除薬って高価なんだよ。すまんな、俺が金欠で。オーガンの町へ戻ったら、ブドウ糖を買うよ」


 ジャンクが残念そうにして、手をヘビの牙から離す。

「仕方ねーな。それじゃあ、鶏肉でも焼いて食うか、兄弟ども」

 すでに肉には熱が通っているようだったので、そのまま試食してみるジャンクとカリグラであった。

 呆れて見ているファビウスとグルバーンに、カリグラが小首をかしげながら食レポする。

「美味い……な。だけど、めちゃくちゃ硬い鶏肉だ。牛肉よりも硬いな。アゴが疲れる」


 この世界の牛は基本的に労務用で、馬と同じ扱いである。病死や事故死、老いた場合などに殺して食べる程度だ。脂肪分が少ない赤身肉で肉の繊維も太いため、ゴムサンダルのような食感だ。

 ただ、レストランで使用されている牛は労務用に飼育されていないため、柔らかい。上流階級の人しか食べていないようだが。


 牛肉と比較されたので、ファビウスとグルバーンは試食する意欲をなくしたようだ。

 ファビウスがハシゴに手をかけて、まだ口をモグモグさせているカリグラを急かした。

「遊んでないで、そろそろ出発しましょう」


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