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紅の魔女  作者: あかあかや
オーガン編
44/78

封印の中へ

 集合日の朝になった。馬車便の発着場でカリグラが仲間三人を出迎えた。なぜか、カリグラが残念そうな表情をしている。

「おはよう。ファビウスさん、グルバーンさん、ジャンク。ダークエルフの隠れ家らしき情報をつかんだんだけどさ……

 洞窟なんだけど、その近くを通る馬車便が無いんだよ。狼団も忙しくてさ、馬車が余ってなかった」


 土道の街道を通る馬車便だそうで、雨でぬかるんだ道を走っている際に脱輪したらしい。今は修理中だ。

 黒き狼団が所有している馬車は、別の仕事で使用されているというカリグラの話だった。


 ファビウスがため息をついて、空を見上げた。雨雲があちこちに浮かんでいる。

「私は昨日の晩に戻りましたが、オーガンの町では雨だったようですね。こういう事もありますよ。という事は、目的の洞窟までは徒歩で向かうのですね?」

 グルバーンも少し落胆している表情だ。

「乗馬訓練をしているが、まだ長距離は無理だ。すまんな。俺が乗馬できれば、兵団で馬を借りる事ができたのだが」


 オーガンの町から洞窟までは、畑道を通る最短ルートでも三十キロメートル余りある。乗馬についても馬車便と同じく王国政府による規則があるため、洞窟に到着するまで野営する必要がある。

 そうなると馬でも二日間の旅程になるため、乗馬初心者には厳しい。


 カリグラが「グルバーンのせいではない」と言ってから、他の二人に告げた。

「そういう事情だから、歩いて目的の洞窟まで行こう。道中で二泊する事になるから、食糧と水を市場で買おうか」

 カリグラが市場を指さした。

「それじゃあ、二泊三日……うーん、帰りの分と、調査に討伐もありえるから、倍の四泊五日以上になるか。予備として一日分の食糧と水を追加して、五泊六日分を調達しておこう」


 もちろん、トイレは全く考慮していない。行きずりのスライムなどに糞尿を消化させるという考えだ。

 こんな事を平然としているため、女性の冒険者は非常に少ない。

 なお、これとは別に携帯食としてクッキーなどを常備している。砂糖を使っていないため、あまり美味しくないが。



 その調達を終えて、カリグラが改めて号令した。

「準備は整ったかな。それじゃあ出発しよう。ファビウスさんは俺の次に重装備だから、疲れたらすぐに言ってくれ。こまめに休憩をとるよ」


 道は街道ではなく、小麦畑や牧草地の農道だった。夏が近づいているせいか、雨の日が増えている。そのため、道もあちこちで泥沼となっていた。

 幸い水深は浅いので、靴を脱ぎ裸足になって泥沼を渡っていく。しかし、早くも泥の中には吸血ヒルが湧いていたようで、何度も足を咬みつかれているが。

 泥沼を渡り終えるとすぐに吸血ヒルを引きはがすため、吸血される前に対処できている。こういう芸当は地元民ならではだろう。


 カリグラが足の薬指に咬みついている吸血ヒルを引きはがして、ナタ包丁で刻んでから泥沼に投げ捨てた。特に足から出血はしていない。

「暖かくなってくると、コレだからなあ……森に入ると、頭上からも降ってくるんだよね。今回は鎧を装備しているから、面倒な季節だよ。まったくもう」

 ジャンクは特に気にしていない様子だ。平然と吸血ヒルを引きはがして、切り刻んでから道端へ捨てている。

「他にも厄介なムシが居るけどな。ダニとか毒毛虫とかよ。まあ、ある程度は仕方ねーよ。毒虫にやられたら、ファビウスに治してもらおーぜ」


 意外にも、他の冒険者や見習いパーティがこの農道を行き来していた。カリグラが聞いてみると、やはりダークエルフ探索の依頼を請けていると分かった。

 彼らに泥沼などの情報を伝え、手を振って見送ったカリグラが軽く頭をかいた。

「予想以上にたくさんのパーティが探索しているんだな。俺たちが向かう、立ち入り禁止の洞窟にも居るかも。」

 ファビウスがうなずく。

「かも知れません。しかし、彼らは全身鎧でしたね。体力ありますねえ……」


 ジャンクがニヤニヤしながら、小麦畑の一角を指さした。先ほど会ったパーティが休憩している。

「そうでもねえな。もう休んでるぜ。しかしよー。洞窟の中にはもう、金目のモノなんか無いんだろ?」



 そんな泥道を歩きながら道端で野営を二回して、目的の洞窟前へ到着した。カリグラが立て看板にもたれかかって、大きくため息をつく。

「はふ~……やっと着いた。テレポート魔法を早く習得したいよ」

 テレポート魔法は、一度訪問した場所にしか移動できない。また、徒歩や馬車便などでの移動だと日数がかかる。何よりも、食費がかさむ。

 道中ではコボルドやゴブリン、オーク、グリーンスライムを駆除して、地道にモンスター等駆除値を稼いでいる。


 まだ午前中だったので、軽く食事休憩をとった。その後、鍵を使って封印の格子戸を開けてみる。「キイイ……」と軽い音を立てて、格子戸が開いた。

「うむむ。格子戸の蝶番ちょうつがいに土が付いていない。動きも滑らかだ。ファビウスさんが言った通り、俺たちの他にも調査に入ってるみたいだな」

 スーツアーマーの状態を再確認して、バイキングシールドを左手に持ったカリグラが足を踏み入れた。他の三人も装備の最終確認を行う。

「さて。それじゃあ、調査してみよう。何も無いという話だけどね」


 黒き狼の使い全員が洞窟内に入ると、格子戸が自動で閉じた。自動ドアみたいだ。念のためにジャンクが格子戸をつかんて揺すってみる。もう開かなくなっていた。

「さすが、魔法の扉だな。リーダー、鍵を無くすなよ」

 カリグラが気楽な表情で、鍵を収納ポーチに入れた。

「万一に備えて、脱出用のエスケープ魔法書を持ってるよ。それじゃあ、奥へ進もう。この洞窟には子供の頃に何度も入ってるんだよ。案内なら任せてくれ」


 洞窟内部には灯りがついていないため、真っ暗だ。しかし、すぐに冒険者の暗視技能が機能して視界が回復する。カリグラが軽く眉をひそめた。

(ふむむ……実際の色と、暗視技能で見る色とは微妙に違うな。何か見つけても、即断しないで外に持ち出して確認すべきか)

 暗視技能による視界範囲は十五メートルに留まる。その視界で見る限りは、目ぼしい物は本当に何も確認できなかった。


 ジャンクも瞬時にその事を察知したようだ。大あくびして退屈し始めた。

「け。何にもねーじゃねーか。グリーンスライムくらいしか金にならねえぞ。しかも、人間の足跡だらけだ」

 ジャンク以外の者には、その足跡そのものが判別できていない。それでも、とりあえず信用するカリグラだ。

「そうか。モンスターもグリーンスライム程度か。それじゃあ、俺が先導して案内するよ」



 しばらく進むと、奥から見知らぬ冒険者パーティの一行が二組やって来た。皆、意気消沈している。

 カリグラたち四人を見つけて、力なく笑った。

「やあ。君たちもここが怪しいと思って調査に来たのかい? 残念だったね。何も無いよ」


 ジャンクがすぐさま、洞窟の入り口へ足を向けた。

「そうだろうな。それじゃあ、オレたちも帰ろうぜ」

 そのジャンクの鎧をつかんで引き寄せたカリグラが、愛想笑いを冒険者パーティに向けた。

「そうですか。俺たちも苦労してここまで来ました。せっかくですので、最深部まで行ってみますよ」

 冒険者パーティのリーダーらしき戦士が、素っ気なく答える。

「そうかい。まあ、気を落とすなよ。俺たちはオーガンの町へいったん戻るよ。情報収集をやり直さないとな」


 二組の冒険者パーティを見送ったカリグラが、軽く背伸びをする。彼もガッカリし始めている様子だ。

「さて……せっかくだし、調査だけはしっかりと済ませておこう」

 ファビウスとグルバーンは、もうすっかり寛いだ表情になっている。

「そうですね」

「うむ。花子先生の勘違いだったか。仕方あるまいな。せっかく全体攻撃魔法を習得したのだが」



 洞窟の奥には地下へ下りる階段があり、地下二階へ通じている。小首をかしげるカリグラ。

「あれ? 前回来た時は、魔法か何かの照明があって明るかったんだけどな。今は暗視技能が働いているから、実際は真っ暗なのか」

 グルバーンが大あくびをして答えた。

「照明の魔法具があったのかも知れぬな。先ほどのような冒険者によって、取り外されて持ち去られた可能性がある」

 ジャンクが悔しがっている。

「ち。もっと早く来ていれば、その魔法具があったのかよ。大儲けできる機会だったのによー」


 カリグラが納得した。

「なるほどね。照明関連の魔法具がここにあったから、花子先生が怪しんでいたのか。高価だろうしな」

 グルバーンがなぜか上機嫌になっている。

「そうだろう、そうだろう。我が師匠は偉大なウィザードだからなっ」


 カリグラが通路を奥に向かって進みながら、壁や床面を眺めていく。

「それとな。前回は、血の池だったんだ。ゴブリンや隊員の死体があったんだよ。ファイヤーストームに焼かれて焦げた天井や壁もあったんだけど、キレイになってるね。

 冒険者ギルドや兵団が、壁の修理までするとは思えないんだけどな」


 グルバーンが壁に触れて、口をへの字に曲げた。

「ふむむ……カリグラ隊長の懸念は妥当だ。となると、魔法具を取り去って、掃除をしたのは敵ダークエルフという可能性があるな。

 花子先生がここの状態を知った後で、そやつらが動いたのかも知れぬ」

 キレイな天井を見上げてから、話を続ける。

「理由としては証拠隠滅だろう。焦げ跡や、死体、血痕が残っていれば、それらを基にしてどのような威力の魔法だったか推測できる。

 ジャトーだったか。そやつの魔力を推定する事も可能だ」


 カリグラが納得した。

「なるほどね。グルバーンさんやファビウスさんは、ジャトーとの面識が無い。俺以外の冒険者や魔術ギルド会員、騎士団、兵団とかにとっては、正体が謎に包まれた敵って事になるのか……」

 当時のカリグラは冒険者見習いではなかったため、証のような記録できる魔法具を持っていなかった。


 そんな話を交わしていると、先行探索していたジャンクが大あくびして戻ってきた。

「言われてみれば、うちのシーフギルドに高価な魔法具を売りに来たシーフは居ねーな。すぐに話題になるハズだ。

 やっぱり、何も残ってねえ。さっさとオーガンの町へ帰ろうぜ」


 カリグラが最深部の部屋に行ってみた。苦笑している。

「おおう……何もかも運び出したのかよ。本当に何も残ってないんだな。ははは」

 カリグラの断片的な記憶では、この部屋には多数のツボや箱が山積みになっていて、会議ができるようなテーブルやイスなどもあったハズだ。それらが何一つ残っていない。

 床には赤い絨毯が敷いてあったのだが、これも無くなっている。今は、石畳の床と壁しかない。



 カリグラが当時の記憶を頼りに、部屋の中を歩き回ってみる。石畳の床や壁にも触れてみたが、特に何も無かった。

「確か……この辺りに俺が倒れていたんだっけ」

 カリグラが床の一角に手を触れた。同時に、カリグラの全身から青い炎が噴きあがった。


「げ!」

 仲間三人が慌てるが、すぐにカリグラが青い炎に包まれたままで微笑む。

「大丈夫だ、熱くない。この冷たい炎はバギム神の加護じゃないかな?」

 ファビウスが青い顔をしたままで、腕組みをする。

「た、確かに……森の廃墟地下にあった魔法の格子戸を開けた時と同じですね。と言う事は、どこかに封印解除された扉が出現したのでは?」


 すぐにグルバーンが床の一角を指さした。

「あれか? 地下へ下りる階段のようだぞ。確かに、突如出現したな」

 ジャンクがその下り階段に駆け寄って、覗き込む。すぐにニコニコ笑顔になってカリグラたち三人に振り返った。

「やったなリーダー! でけえ地下室があるぜっ お宝の気配もしやがる。うひょひょ」


 カリグラを包んでいた青い炎が消えた。やはり何の異常も感じない。兜を脱いで、赤みがかった茶髪をかいて、髪の量を確認した。減っていないので安堵する。

「役に立てて良かったよ。そう言えばここで、ジャトーの精霊魔法を食らってズタズタにされたんだ。血や臓物をこの床や天井に撒き散らして倒れた。その一部が供物として機能したのかもなー……」

 何がどう役に立つか分からないものだ。


 ファビウスがクギを刺す。

「くれぐれもバギム教団の信者には、ならないでくださいね。コーズシリアスでカリグラさんを殺したくありません」

 カリグラが深くうなずく。

「そうだな……どうやら俺はこういった連中と縁があるようだ。気をつけるよ」



 念のため、最初にジャンクが階段を下りた。少し待つと、ジャンクが戻ってきた。目がキラキラしている。

「すっげえ広いぞ。どうやって掘ったんだよ。敵兵は居ねえから、安心して階段を下りてこい」

 ほっとしたファビウスとグルバーンが続いて階段を下りた。彼らも驚いている。

「な、何ですか。この広さは。数百人はここで待機できますよ」

「うむう……魔法も使えるな。雰囲気としては、ヴォール神か。精霊の神様だな。祭壇は設けていないようだが」


 最後にカリグラが階段を下りると、自動で階段が消滅した。ほっとする。

「俺が最後に下りて正解だったか。加護を受けたのは俺だけだったしな。しかし、これで帰りはエスケープ魔法書を使うしかないのか。まあ、いいけど」

 そして、同じように部屋の広さに驚いていた。地下二階に相当する地下室なのだが、縦横の広さがそれぞれ三十メートル以上もある。しかも魔法具が機能していて、薄暗いながらも視界が利いている。

 冷や汗をかくカリグラだ。

「マジかよ……狼団の砦から近いんだけど、ここ」


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