封印の中へ
集合日の朝になった。馬車便の発着場でカリグラが仲間三人を出迎えた。なぜか、カリグラが残念そうな表情をしている。
「おはよう。ファビウスさん、グルバーンさん、ジャンク。ダークエルフの隠れ家らしき情報をつかんだんだけどさ……
洞窟なんだけど、その近くを通る馬車便が無いんだよ。狼団も忙しくてさ、馬車が余ってなかった」
土道の街道を通る馬車便だそうで、雨でぬかるんだ道を走っている際に脱輪したらしい。今は修理中だ。
黒き狼団が所有している馬車は、別の仕事で使用されているというカリグラの話だった。
ファビウスがため息をついて、空を見上げた。雨雲があちこちに浮かんでいる。
「私は昨日の晩に戻りましたが、オーガンの町では雨だったようですね。こういう事もありますよ。という事は、目的の洞窟までは徒歩で向かうのですね?」
グルバーンも少し落胆している表情だ。
「乗馬訓練をしているが、まだ長距離は無理だ。すまんな。俺が乗馬できれば、兵団で馬を借りる事ができたのだが」
オーガンの町から洞窟までは、畑道を通る最短ルートでも三十キロメートル余りある。乗馬についても馬車便と同じく王国政府による規則があるため、洞窟に到着するまで野営する必要がある。
そうなると馬でも二日間の旅程になるため、乗馬初心者には厳しい。
カリグラが「グルバーンのせいではない」と言ってから、他の二人に告げた。
「そういう事情だから、歩いて目的の洞窟まで行こう。道中で二泊する事になるから、食糧と水を市場で買おうか」
カリグラが市場を指さした。
「それじゃあ、二泊三日……うーん、帰りの分と、調査に討伐もありえるから、倍の四泊五日以上になるか。予備として一日分の食糧と水を追加して、五泊六日分を調達しておこう」
もちろん、トイレは全く考慮していない。行きずりのスライムなどに糞尿を消化させるという考えだ。
こんな事を平然としているため、女性の冒険者は非常に少ない。
なお、これとは別に携帯食としてクッキーなどを常備している。砂糖を使っていないため、あまり美味しくないが。
その調達を終えて、カリグラが改めて号令した。
「準備は整ったかな。それじゃあ出発しよう。ファビウスさんは俺の次に重装備だから、疲れたらすぐに言ってくれ。こまめに休憩をとるよ」
道は街道ではなく、小麦畑や牧草地の農道だった。夏が近づいているせいか、雨の日が増えている。そのため、道もあちこちで泥沼となっていた。
幸い水深は浅いので、靴を脱ぎ裸足になって泥沼を渡っていく。しかし、早くも泥の中には吸血ヒルが湧いていたようで、何度も足を咬みつかれているが。
泥沼を渡り終えるとすぐに吸血ヒルを引きはがすため、吸血される前に対処できている。こういう芸当は地元民ならではだろう。
カリグラが足の薬指に咬みついている吸血ヒルを引きはがして、ナタ包丁で刻んでから泥沼に投げ捨てた。特に足から出血はしていない。
「暖かくなってくると、コレだからなあ……森に入ると、頭上からも降ってくるんだよね。今回は鎧を装備しているから、面倒な季節だよ。まったくもう」
ジャンクは特に気にしていない様子だ。平然と吸血ヒルを引きはがして、切り刻んでから道端へ捨てている。
「他にも厄介なムシが居るけどな。ダニとか毒毛虫とかよ。まあ、ある程度は仕方ねーよ。毒虫にやられたら、ファビウスに治してもらおーぜ」
意外にも、他の冒険者や見習いパーティがこの農道を行き来していた。カリグラが聞いてみると、やはりダークエルフ探索の依頼を請けていると分かった。
彼らに泥沼などの情報を伝え、手を振って見送ったカリグラが軽く頭をかいた。
「予想以上にたくさんのパーティが探索しているんだな。俺たちが向かう、立ち入り禁止の洞窟にも居るかも。」
ファビウスがうなずく。
「かも知れません。しかし、彼らは全身鎧でしたね。体力ありますねえ……」
ジャンクがニヤニヤしながら、小麦畑の一角を指さした。先ほど会ったパーティが休憩している。
「そうでもねえな。もう休んでるぜ。しかしよー。洞窟の中にはもう、金目のモノなんか無いんだろ?」
そんな泥道を歩きながら道端で野営を二回して、目的の洞窟前へ到着した。カリグラが立て看板にもたれかかって、大きくため息をつく。
「はふ~……やっと着いた。テレポート魔法を早く習得したいよ」
テレポート魔法は、一度訪問した場所にしか移動できない。また、徒歩や馬車便などでの移動だと日数がかかる。何よりも、食費がかさむ。
道中ではコボルドやゴブリン、オーク、グリーンスライムを駆除して、地道にモンスター等駆除値を稼いでいる。
まだ午前中だったので、軽く食事休憩をとった。その後、鍵を使って封印の格子戸を開けてみる。「キイイ……」と軽い音を立てて、格子戸が開いた。
「うむむ。格子戸の蝶番に土が付いていない。動きも滑らかだ。ファビウスさんが言った通り、俺たちの他にも調査に入ってるみたいだな」
スーツアーマーの状態を再確認して、バイキングシールドを左手に持ったカリグラが足を踏み入れた。他の三人も装備の最終確認を行う。
「さて。それじゃあ、調査してみよう。何も無いという話だけどね」
黒き狼の使い全員が洞窟内に入ると、格子戸が自動で閉じた。自動ドアみたいだ。念のためにジャンクが格子戸をつかんて揺すってみる。もう開かなくなっていた。
「さすが、魔法の扉だな。リーダー、鍵を無くすなよ」
カリグラが気楽な表情で、鍵を収納ポーチに入れた。
「万一に備えて、脱出用のエスケープ魔法書を持ってるよ。それじゃあ、奥へ進もう。この洞窟には子供の頃に何度も入ってるんだよ。案内なら任せてくれ」
洞窟内部には灯りがついていないため、真っ暗だ。しかし、すぐに冒険者の暗視技能が機能して視界が回復する。カリグラが軽く眉をひそめた。
(ふむむ……実際の色と、暗視技能で見る色とは微妙に違うな。何か見つけても、即断しないで外に持ち出して確認すべきか)
暗視技能による視界範囲は十五メートルに留まる。その視界で見る限りは、目ぼしい物は本当に何も確認できなかった。
ジャンクも瞬時にその事を察知したようだ。大あくびして退屈し始めた。
「け。何にもねーじゃねーか。グリーンスライムくらいしか金にならねえぞ。しかも、人間の足跡だらけだ」
ジャンク以外の者には、その足跡そのものが判別できていない。それでも、とりあえず信用するカリグラだ。
「そうか。モンスターもグリーンスライム程度か。それじゃあ、俺が先導して案内するよ」
しばらく進むと、奥から見知らぬ冒険者パーティの一行が二組やって来た。皆、意気消沈している。
カリグラたち四人を見つけて、力なく笑った。
「やあ。君たちもここが怪しいと思って調査に来たのかい? 残念だったね。何も無いよ」
ジャンクがすぐさま、洞窟の入り口へ足を向けた。
「そうだろうな。それじゃあ、オレたちも帰ろうぜ」
そのジャンクの鎧をつかんで引き寄せたカリグラが、愛想笑いを冒険者パーティに向けた。
「そうですか。俺たちも苦労してここまで来ました。せっかくですので、最深部まで行ってみますよ」
冒険者パーティのリーダーらしき戦士が、素っ気なく答える。
「そうかい。まあ、気を落とすなよ。俺たちはオーガンの町へいったん戻るよ。情報収集をやり直さないとな」
二組の冒険者パーティを見送ったカリグラが、軽く背伸びをする。彼もガッカリし始めている様子だ。
「さて……せっかくだし、調査だけはしっかりと済ませておこう」
ファビウスとグルバーンは、もうすっかり寛いだ表情になっている。
「そうですね」
「うむ。花子先生の勘違いだったか。仕方あるまいな。せっかく全体攻撃魔法を習得したのだが」
洞窟の奥には地下へ下りる階段があり、地下二階へ通じている。小首をかしげるカリグラ。
「あれ? 前回来た時は、魔法か何かの照明があって明るかったんだけどな。今は暗視技能が働いているから、実際は真っ暗なのか」
グルバーンが大あくびをして答えた。
「照明の魔法具があったのかも知れぬな。先ほどのような冒険者によって、取り外されて持ち去られた可能性がある」
ジャンクが悔しがっている。
「ち。もっと早く来ていれば、その魔法具があったのかよ。大儲けできる機会だったのによー」
カリグラが納得した。
「なるほどね。照明関連の魔法具がここにあったから、花子先生が怪しんでいたのか。高価だろうしな」
グルバーンがなぜか上機嫌になっている。
「そうだろう、そうだろう。我が師匠は偉大なウィザードだからなっ」
カリグラが通路を奥に向かって進みながら、壁や床面を眺めていく。
「それとな。前回は、血の池だったんだ。ゴブリンや隊員の死体があったんだよ。ファイヤーストームに焼かれて焦げた天井や壁もあったんだけど、キレイになってるね。
冒険者ギルドや兵団が、壁の修理までするとは思えないんだけどな」
グルバーンが壁に触れて、口をへの字に曲げた。
「ふむむ……カリグラ隊長の懸念は妥当だ。となると、魔法具を取り去って、掃除をしたのは敵ダークエルフという可能性があるな。
花子先生がここの状態を知った後で、そやつらが動いたのかも知れぬ」
キレイな天井を見上げてから、話を続ける。
「理由としては証拠隠滅だろう。焦げ跡や、死体、血痕が残っていれば、それらを基にしてどのような威力の魔法だったか推測できる。
ジャトーだったか。そやつの魔力を推定する事も可能だ」
カリグラが納得した。
「なるほどね。グルバーンさんやファビウスさんは、ジャトーとの面識が無い。俺以外の冒険者や魔術ギルド会員、騎士団、兵団とかにとっては、正体が謎に包まれた敵って事になるのか……」
当時のカリグラは冒険者見習いではなかったため、証のような記録できる魔法具を持っていなかった。
そんな話を交わしていると、先行探索していたジャンクが大あくびして戻ってきた。
「言われてみれば、うちのシーフギルドに高価な魔法具を売りに来たシーフは居ねーな。すぐに話題になるハズだ。
やっぱり、何も残ってねえ。さっさとオーガンの町へ帰ろうぜ」
カリグラが最深部の部屋に行ってみた。苦笑している。
「おおう……何もかも運び出したのかよ。本当に何も残ってないんだな。ははは」
カリグラの断片的な記憶では、この部屋には多数のツボや箱が山積みになっていて、会議ができるようなテーブルやイスなどもあったハズだ。それらが何一つ残っていない。
床には赤い絨毯が敷いてあったのだが、これも無くなっている。今は、石畳の床と壁しかない。
カリグラが当時の記憶を頼りに、部屋の中を歩き回ってみる。石畳の床や壁にも触れてみたが、特に何も無かった。
「確か……この辺りに俺が倒れていたんだっけ」
カリグラが床の一角に手を触れた。同時に、カリグラの全身から青い炎が噴きあがった。
「げ!」
仲間三人が慌てるが、すぐにカリグラが青い炎に包まれたままで微笑む。
「大丈夫だ、熱くない。この冷たい炎はバギム神の加護じゃないかな?」
ファビウスが青い顔をしたままで、腕組みをする。
「た、確かに……森の廃墟地下にあった魔法の格子戸を開けた時と同じですね。と言う事は、どこかに封印解除された扉が出現したのでは?」
すぐにグルバーンが床の一角を指さした。
「あれか? 地下へ下りる階段のようだぞ。確かに、突如出現したな」
ジャンクがその下り階段に駆け寄って、覗き込む。すぐにニコニコ笑顔になってカリグラたち三人に振り返った。
「やったなリーダー! でけえ地下室があるぜっ お宝の気配もしやがる。うひょひょ」
カリグラを包んでいた青い炎が消えた。やはり何の異常も感じない。兜を脱いで、赤みがかった茶髪をかいて、髪の量を確認した。減っていないので安堵する。
「役に立てて良かったよ。そう言えばここで、ジャトーの精霊魔法を食らってズタズタにされたんだ。血や臓物をこの床や天井に撒き散らして倒れた。その一部が供物として機能したのかもなー……」
何がどう役に立つか分からないものだ。
ファビウスがクギを刺す。
「くれぐれもバギム教団の信者には、ならないでくださいね。コーズシリアスでカリグラさんを殺したくありません」
カリグラが深くうなずく。
「そうだな……どうやら俺はこういった連中と縁があるようだ。気をつけるよ」
念のため、最初にジャンクが階段を下りた。少し待つと、ジャンクが戻ってきた。目がキラキラしている。
「すっげえ広いぞ。どうやって掘ったんだよ。敵兵は居ねえから、安心して階段を下りてこい」
ほっとしたファビウスとグルバーンが続いて階段を下りた。彼らも驚いている。
「な、何ですか。この広さは。数百人はここで待機できますよ」
「うむう……魔法も使えるな。雰囲気としては、ヴォール神か。精霊の神様だな。祭壇は設けていないようだが」
最後にカリグラが階段を下りると、自動で階段が消滅した。ほっとする。
「俺が最後に下りて正解だったか。加護を受けたのは俺だけだったしな。しかし、これで帰りはエスケープ魔法書を使うしかないのか。まあ、いいけど」
そして、同じように部屋の広さに驚いていた。地下二階に相当する地下室なのだが、縦横の広さがそれぞれ三十メートル以上もある。しかも魔法具が機能していて、薄暗いながらも視界が利いている。
冷や汗をかくカリグラだ。
「マジかよ……狼団の砦から近いんだけど、ここ」




