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紅の魔女  作者: あかあかや
オーガン編
39/78

鉱山へ

 野営地の酒場で食事をとったのだが、あまり美味しくはなかったようだ。その不満をぶつけるためか、駆除依頼をせっせとこなすカリグラたち四人である。

 荒野の中に牧草地がある谷を西へ進み、翌日の夕方に鉱山入り口へ到着した。馬車から馬が解放され、馬が嬉しそうに荒野へ駆け去っていく。この馬車便は六頭仕立てだった。


 馭者が鉱山のそばの建物へ向かって歩きながら、カリグラたちに振り返った。

「宿屋は無いんだよ。鉱夫が使うこの宿舎に泊まってくれ。食堂もあるからよ」

 確かに、鉱山の周囲にはこの宿舎しか建っていない。他はトロッコ駅や倉庫だけだ。



 カリグラが鉱山の出入り口を眺めた。出入り口の扉は高山のふもとに設けられていて、当然ながら閉鎖されている。

 空を見上げると、もう夕闇が近づいていた。ここは谷なので、急速に暗くなってきている。

「それじゃあ俺たちも、今晩はその宿舎に泊まろうか。食事の心配はしなくて済みそうだな」


 ふと気がつくと、鉱山の扉付近に暗号で書かれた立て看板があった。カリグラが冒険者見習いの証と冒険者辞典を使って読んでみる。

「ええと……『要注意! モンスターが棲みついています。入らないように。『オーガ』という情報あり。地層研究所は冒険者の証所持者でも危険。その奥には絶対に進まない事』か。調査だけはちゃんとするんだな」

 特にこれといった情報は得られなかったのも、いつも通りだ。

「さて。それじゃあ夕食でも食べに行こうか」

 その夕食も黒パンとチーズに、山菜と川魚の素揚げだったが。ビールとワインも在庫が少ないそうで、法外なボッタクリ価格になっていた。



 翌朝。宿舎のロビーで起きたカリグラたち四人が、身支度を整えてから鉱山の扉へ向かった。

 ゴブリンとコボルドが徘徊していたが、カリグラたち四人の姿を見て逃げていく。


 町長から預かった鍵を使い、扉の通用口を開けて中に入る。

 すぐにジャンクが首をかしげた。銀髪モヒカンを左右に揺らす。

「んー? オーガっぽい気配がしねえぞ。コボルドとゴブリンだけだな。売れそうな鉱石の気配はビンビンするけどよ」


 カリグラが通用口から鉱山の中に入って、ジャンクに釘を刺した。

「くれぐれも鉱石を盗むなよ。依頼を達成しても、名声値がもらえないぞ」

 ジャンクがジト目になって渋々了解した。

「分かったよリーダー。その数字が増えると、盗みに行ける場所も増えるって聞くしな」

 まあ、確かに館に入ったり、関所を越えたりする際に必要になる場合がある。だからと言って、空き巣を奨励しているわけではないのだが……


 坑道には灯りが無かったが、暗視技能で問題なく行動できる。カリグラがふと思った。

(もしかして、冒険者ギルドを祝福するマイナーな神々って……これしか技能を習得できないのか?)

 若干の魔法防御効果と時計機能も習得しているが……まあ、現状ではその通りだ。


 坑道には誰も居なかった。しかしグリーンスライムや大グモ、大コウモリが巣食っている場所があるためか、それほど静かではない。コボルドやゴブリンも居る。

 それらを駆除しながら奥へ進んでいく。やはり優先して攻撃しているのはグリーンスライムのようだが。しかしジャンクだけは、武器を持っているコボルドとゴブリンを最優先で駆除している。


 鉱山の内部ではトロッコ鉄道が敷いてあり、三ヶ所ある採掘場と連絡していた。そのトロッコ駅の標識を見たカリグラが、軽く肩をすくめる。

「オーガが居座っているのは最奥の区画だから、第三採掘場だろう。でもまあ、ザコのモンスターも駆除しておく必要があるよな。第一採掘場から順に、第二、第三と巡回していくか」


 ファビウスが「当然です」と言わんばかりに同意した。

「町長からの依頼ですからね。この鉱山の安全な再開が目的です。オーガだけを討伐すれば良いというものではありません」

 グルバーンも気楽な表情で同意した。

「それが良かろう。ただし、俺は魔法の使用を控えるぞ。オーガ戦で魔力不足になると大変なのでな」


 ジャンクはウズウズしている。

「なあ、兄弟。ちょっとくらい鉱石を盗んでも良いだろ? この鉱山、お宝の気配がスゲエんだが」

 カリグラが残念そうに首を振って却下した。

「それはしない約束だ。町長が怒ると、報酬をもらえなくなるぞ。俺たちの行動は、この冒険者見習いの証に記録される。誤魔化しはできない」

 舌打ちして、大きくため息をつくジャンクであった。

「分かったよ、兄弟。黒き狼の使いはオマエがリーダーだ。リーダーの指示に従うさ」

 カリグラの事を「オマエ」呼ばわりしているので、少しは不満に思っているのだろう。そこは無視するカリグラだ。

「さて。できれば今日中にオーガ討伐を終えたい。サクサク進めていこう」



 トロッコの鉄道路線の上を歩いていくと、間もなくして『第一採掘場』と書かれた扉の前へ到着した。町長から借りた鍵を使って扉を開け、採掘場の中に入る。

 すぐにジャンクが反応した。しかし、期待外れだったようだ。

「何だよ、ここ。鉄鉱石しかねえぞ。こんなモン売れるかよ、クソが」

 カリグラが気楽な表情でうなずく。

「鉱山だからな。宝石なんて無いだろうさ。さて。ここに巣食っているモンスターを駆除しておこうか」


 ここのモンスターもグリーンスライム、大グモ、大コウモリなどだったのだが、ケガを負う事も無く簡単に駆除していく。手槍を持つゴブリンも難なく三匹駆除できたので、内心で驚いているカリグラだ。

(おお。しっかり強くなってるじゃないか。戦闘経験を積んでいるおかげだな)

 冒険者辞典には自身のレベルや、攻撃力などの能力値は一切表示されない。そのため、こうして実際に戦闘してみないと実感できない。


 カリグラがナタ包丁で大コウモリを斬り落として、目元を和らげた。

(俺の証は、これまで通りグルバーンさんに渡しているんだけどね。証に頼らなくても、強くなれるんだな)

 それはその通りだ。スリカンは証を持っていないのだが、鎧を着た王国兵士を殴り倒す事ができるようになっている。鍛錬の成果である。料理技術では無いが……


 そのグルバーンはこれまで通り、戦闘には参加せずに最後尾で見ているだけだった。大コウモリの飛来にだけ注意すれば良いのだが、彼もまた回避が上手くなっている。

 ファビウスもメイスを使っての直接攻撃が上手くなっていた。時々、一撃で大グモを撃破している。


 ジャンクは軽クロスボウで射撃するのも面倒らしく、この軽クロスボウの持ち手を棍棒のように振り回してモンスターを駆除していた。

 ただ、メイスやナタ包丁ほどの攻撃力は無いため、数回ほど敵モンスターを殴る必要があるが。

 意外にも喜々として採掘場の中を駆け回っている。

「へへへ。落とし物が結構あるじゃねーか。これは盗っても構わねえよな、リーダー」

 カリグラがナタ包丁でグリーンスライムを撃破してから、ジャンクに顔を向けた。

「仕方ないな。そのくらいは、大目に見てもらうさ」


 大コウモリなどのモンスターが全て駆除されたので、退屈になったグルバーンが大あくびをした。

「カリグラ隊長が言っていた、以前に町長が組織した傭兵部隊の落とし物であろう。壊滅したという事だから、持ち主は居ない。盗んでも、特に問題は起きぬだろう」

 さすが暗黒神ゼヴァの信者である。壊滅と全滅とは違うのだが。

 一方のファビウスは不満そうな表情を浮かべたが、渋々了承した。

「ですが、鉱夫の落とし物もあるでしょう。それは盗まないようにしてください」

 ツルハシやスコップの事だろう。確かにいくつか転がっている。


 そんな雑談を交わしながら、モンスター駆除を終えた。カリグラが自身の冒険者辞典を見て、嬉しそうにしている。

「うん。それなりにモンスター等駆除値が得られたな。小遣い稼ぎにはなったよ。それじゃあ、次は第二採掘場へ行こうか」



 第一採掘場を出て、扉の鍵を閉める。そして、北にある第二採掘場へ向かった。これもトロッコ鉄道の線路の上を歩いていく。

 ゴブリンなどを駆除しながら進んでいくと、扉の前へ到着した。カリグラが鍵を使って扉を開け、その扉にかかっている看板を見あげた。

「ジャンクよ、すまないな。ここで採れるのは銅鉱石だ。しかし、中のモンスター駆除はしておかないとな。面倒だが協力してくれ」

 ジャンクがやる気を失って、背中を丸めている。

「かー……マジかよ。銅鉱石かよ。銅鍋くらいにしか使えねえクズ鉱石じゃねーか」


 銅鍋は熱の伝わり方が速いため、少ない薪で料理をする事ができる。そのため、料理人や家庭の使用人がよく使っている。

 ちなみにスリカンや孫シェフも湯沸しなどで愛用している。


 ここに巣食っているモンスターも先ほどと同じだった。そのため、すぐに駆除を終えるカリグラたち四人であった。カリグラがニコニコして自身の冒険者辞典を見ている。

「よーし。良い感じで増えたぞ」



 第二採掘場から出て扉の鍵を閉め、最終目的地である第三採掘場へ向かった。今回は距離があり、途中に鉱夫向けの簡易宿舎があった。ここも閉鎖されていて、扉と格子窓が全て閉じられている。

 試しにカリグラが鍵を使ってみたが、開かない。

「もしもオーガ討伐が長引いたら、ここに泊まろうかと思ったけど……残念」

 ジャンクも大あくびしながら扉を軽く蹴る。

「お宝や金の気配も無いな。さっさと先へ進もうぜ、リーダー」


 片やファビウスは宿舎とは別の方向を睨んでいた。かなり緊張している。

「カリグラさん。向こうから死臭が漂ってきています。どうしますか? モンスターに殺されたのかも」

 カリグラが少し考えてから答えた。

「物音を立てずに様子を見にいこう。手に負えないモンスターだったら、撤退する。オーガの他に強力なモンスターが居るかも知れないのか」


 ジャンクを先頭にして忍び足で向かうと、赤い色の地層が見える場所へ出た。看板が立っていて『この先は地層研究所』と書かれている。

 それを読んで、ほっとするカリグラ。ジャンクにも伝える。この辺りにはザコのモンスターが一匹も居ないので、違和感を感じている様子だが。

「危険地域だ。『この先には入るな』って町長の仲間から聞いている。この中に潜んでいるモンスターは、なぜか外へ出てこないらしいから放置しよう」


 カリグラに続いてグルバーンが安堵した。

「そうだったな。この先へ進むのは依頼内容から外れる。どんなモンスターが潜んでいるのかは知らぬが、今はオーガ戦に集中すべきだろう」

 ファビウスも素直に同意したのだが、ジャンクだけは目をキラキラさせ始めた。赤い地層の一角を指さす。

「死体が転がってるぜ、リーダー。追い剥ぎチャンスだ」


 嫌な予感を激しく感じながら、カリグラが小声で注意した。

「ジャンクよ……追い剥ぎじゃなくて、遺体の遺品回収だろ。傭兵部隊に参加していたんだろうな。家族が居るだろうから、遺品は町長に全て渡すぞ」

 舌打ちしているジャンクを無視して、ファビウスが青い顔をカリグラに向ける。

「遺品回収には賛成しますが、危険地帯の中です。大ケガをカリグラさんが負うと、治療できませんよ」


 しかしカリグラの決意は変わらなかった。

「俺も傭兵なんだよね。いつ、あんな風に野垂れ死にするか分からない仕事だ。他人事とは、とても思えなくてさ。

 すまないが、ここは俺のわがままを聞いてくれ。遺体から遺品を回収する。俺とジャンクの二人だけで行くよ」


 グルバーンが黙って聞いていたが、ローブの中から右手を差し出してカリグラとジャンクに向けた。

「そう言うと予想していた。仕方がないな。俺が君たちに『エンチャントウェポン』の支援魔法をかけてやろう。武器の攻撃力が多少向上するハズだ」

 ファビウスも大きくため息をついてから、口元を緩めた。

「分かりました。では私も貴方たちに『ブレス』の支援魔法をかけましょう。多少は防御力が向上します。それと、グルバーンさん。持っているカリグラさんの冒険者見習いの証を一時返してください」


 支援魔法をかけてもらい、冒険者見習いの証を首にかけたカリグラとジャンクが、互いの鎧服を交互にチェックした。ファビウスが忠告する。

「ブレス魔法の効果時間は長く続きません。長居は厳禁ですよ」

 カリグラがナタ包丁と木の盾を持って了解した。

「そのつもりだ。よし、突入するぞジャンク!」

 ジャンクは生返事だ。しかし目はキラキラしているが。

「へーへー。気負っても仕方ねえぞ。こういう場面じゃ、意識して気楽になれ」


 さすがにシーフだけあり、ジャンクが疾風のような素早さで赤い地層を駆け下りていく。それに必死で追いすがるカリグラ。

(は、速えええっ やっぱり、ジャンクもシーフとして成長しているぞ)

 しかし、ジャンクは全速力ではなさそうだ。途中で何度も脇道に入っては、傭兵部隊が落とした剣や矢を拾って自身の収納ポーチに突っ込んでいる。

 予想以上に多く、次第にホクホク顔になっていくジャンクであった。

「うひょひょ。なかなか良い武器ばかりじゃねーか。ナーンの町で武器屋に売りつけてやるぜ!」


 傭兵の死体もあった。腐敗していて死臭が酷い。

 それを気にせず、ジャンクが金貨や剣などを盗んでいく。カリグラは手帳や身分証などを拾い上げて自身の収納ポーチに突っ込んでいく。

 カリグラが三人目となる傭兵の死体から、遺品回収を終えて周囲を見回した。

(オーガ討伐をする前に、ここへ来たのかな。宝なんか無いと思うんだけど。それにコボルドやゴブリンが一匹も居ないというのも、気にかかる)


 実は、この赤い地層から下の地層では宝石や希金属が採掘されている。その情報をどこかで聞きつけたのだろう。

 また、コボルドやゴブリンなどが居ないのではなく、単にここでは食い尽されているだけだ。


 この赤い地層で遭遇したモンスターは大コウモリだった。さらに強力なモンスターが居ると推測し、余計な戦闘は避けて進んでいく。

 途中で、巨大ヘビのモンスターが這い回っている気配を感じたのだが、幸い距離がありそうだ。

 さらに数人の遺体を発見して、その遺品を回収したカリグラがほっと安堵の息をついた。

「ふう……これだけかな。ジャンクよ。それじゃあ引き上げるぞ」


 しかし、ジャンクは前方の一角を指さした。

「いや、まだだ。あの白い地層にもう一人転がってるぜ」

 カリグラが視線を移すと、確かに白い地層が見える。そこに上半身だけになった傭兵の遺体があった。

 瞬時に頭の中で、最大級の警戒警報が鳴り響くのを感じるカリグラ。

「マジかよ……」


 ジャンクを先頭にしてカリグラが進むと、白い地層に入った。ガルカの靴底から強烈な冷気を感じる。

「凍結しているから白く見えているのか。床を覆っているのは霜かな」

 ここにも当然ながら灯りは一つも無い。なのでカリグラとジャンクに見えているのは、暗視技能によって変換された色だ。実際の色とは異なる場合がある。


 とにかくも、上半身だけになっている傭兵の死体を確認する事にする。

 凍死体で、既にネズミによって内臓が食い荒らされて無くなっていたが、手帳と身分証を見つけて回収した。ジャンクは死体の周囲に散らばっている金貨を拾っている。

「よし、回収した。大急ぎで戻るぞジャンク。ここはヤバイ」

 ジャンクがネズミを蹴り飛ばして同意した。

「だな。充分に儲けたぜ。退却だ退却」


 ジャンクに蹴り飛ばされたネズミが数匹ほど、白い地層の奥にある洞窟へ逃げていく。

 そのネズミが瞬時に石になった。その石にされたネズミが、何かのモンスターによって踏み潰されて粉になる。

 カリグラの背に冷たい戦慄が走り抜けた。全力ダッシュで逃げる。

「ジャンク! 逃げるぞ!」

 そのジャンクは、すでにカリグラの前を走っていた。しかも、どんどん差を広げていく。ジト目になるカリグラ。

(心配すべきは、ジャンクじゃなくて俺か)


 そう感じた瞬間。カリグラの頭上にあった霜だらけの壁に、巨石がぶち当たって破裂した。轟音と地響きが一瞬遅れてカリグラに襲い掛かる。

「げ!」

 カリグラが背後を振り返ると、洞窟の中から青い皮膚をしたジャイアントが一体出てきていた。身長は二メートル半ほどありそうだ。そのジャイアントが両手に大岩を持っている。

(アレがオーガか? いや違うな。町長の話では、居座っている場所はここじゃない。別のジャイアントかよ。マジか)


 カリグラが冷や汗をかいた瞬間。その青いジャイアントが両手に持っていた大岩を投げつけてきた。唸りを上げて巨大な剛速球が飛んでくる。

 それを辛うじて回避したカリグラであった。が、霜に覆われた壁に激突して砕けた大岩の破片が、大量に襲い掛かってきた。

 何とか木の盾を使って防御する。しかし、岩の破片群に吹き飛ばされて、壁に叩きつけられてしまった。

「ぐは……」


 衝撃で息ができなくなったカリグラが、たまらず膝をつく。そこへ巨大なヘビが一匹、崖の上から襲い掛かってきた。赤と青の二色で見事な牙を生やしている。長さは優に五メートルはあるだろうか。

 そのヘビの頭に鉄の矢が突き刺さった。ジャンクが撃ったのだろうと直感するが、ヘビは全く動じない。そのままカリグラの頭に牙を突き立ててきた。

「うわっ」

 カリグラが何とか頭と上半身を振って、巨大ヘビの咬みつき攻撃から逃れた。しかし同時にそのヘビによって全身を絡め取られてしまった。物凄い力での締め上げでカリグラの骨が軋む。

(ヤ、ヤバイ……死ぬ)


 必死でナタ包丁をヘビの胴体に叩きつけるが、大した傷にならない。ほとんどヘビの表皮しか切れていないようだ。

(この包丁でも斬れない肉があるのかよっ。支援魔法も効いているハズなんだが)


 再び巨大ヘビが鎌首を持ち上げて、カリグラの頭に咬みついてきた。今度は回避できない。ジャンクが再び鉄の矢を撃ったが、やはり効果は出ていないようだ。刺さってはいるのだが。

(ファビウスさんの言う通りにしておけば良かった……)

 人生の後悔を走馬灯の中で始めたカリグラ。

 その目に大きく映っている、巨大ヘビの頭がいきなり石化した。同時に長さ五メートル以上あるヘビの胴体も瞬時に石になり、「バコ!」と音を立てて割れて崩れていく。


「!」

 何が起きたのか分からないまま、巨大ヘビから解放されたカリグラが跳び上がった。そのまま猛ダッシュで赤い地層へ向かって駆けていく。

 背後でモンスターが互いに戦っているような咆哮と衝撃音がしたが、とても後ろを振り返る余裕は無い。

 まだ崖に叩きつけられて、巨大ヘビに締め上げられた影響が残っているため、満足に呼吸できない。真っ青な顔になりながらも、必死で逃げていく。

 そのカリグラの視界にジャンクの銀髪モヒカン頭が映り込んだ。そのモヒカン頭を目印にして、追いすがって走っていく。もはや酸欠で、何も思考できていない様子だ。



 気がつくと、カリグラは普通の地層の上に倒れていた。ジャンクがほっとして見下ろしている。

「よお兄弟。死なずに済んだな。良かったぜ」

 突っ伏していたカリグラが上体を起こすが、「ゲホゲホ」と咳き込んでしまった。慌てて自身にライトワンズをかけて治療する。すぐに呼吸が楽になって、全身の筋肉痛と頭痛も収まった。

「治療魔法に感謝だな。で、何が起きたんだ? あ。ファビウスさんとグルバーンさんも来たのか。何とか生還したよ」


 カリグラが座っているこの場所は、赤い地層の手前だった。近くに地層研究所の看板が立っている。それを知ってカリグラが我ながら感心した。

「おお……無呼吸で、ここまで走って逃げてきたのか。やるじゃん、俺」

 ジャンクはああ見えて割と非力なので、カリグラを背負って逃げる事は望み薄だ。


 小言をカリグラにしたファビウスが、ジャンクに聞いた。

「いったい、赤い地層で何が起きたんですか? 上からでは見えませんでしたよ」

 グルバーンも興味津々の表情になって、ジャンクを見る。そのジャンクが照れながら視線を逸らした。

「オレも逃げるのに精いっぱいでさ……よく見てねえんだ。ははは……」


 それでもジャンクとカリグラの話をメモするファビウスとグルバーンであった。メモを終えて、自身の収納ポーチに入れたファビウスがメイスを持つ。

「オーガンの町へ戻った後で、調べてみますよ。そんなに凶悪なモンスターであれば、討伐する事になるでしょう」

 グルバーンは花子先生に聞いてみると告げた。

「何か分かれば、カリグラ隊長に知らせよう。さて、遺品は回収できたのかね?」


 カリグラが自身の収納ポーチを「ポン」と叩いてうなずく。まだ顔が青いままだが、息は通常通りに戻ったようだ。

「ああ。回収は全員の分を終えた。遺体は残念ながら、今の俺たちでは引き上げ不可能だ。町長に報告をするだけに留めておくよ」


 ジャンクがジト目になってカリグラを見下ろした。彼は元気そのものだ。

「金貨と剣や矢はオレのものだよな? 金貨が二十枚もあったんだぜ。ムーンの村とは大違いだ」

 カリグラがうなずいて立ち上がった。多少、頭がフラフラするが大丈夫そうだ。

「そうだな。それらはジャンクの所有で構わないよ。さて。ちょっとだけ休憩してから、先へ進もうか」


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