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紅の魔女  作者: あかあかや
オーガン編
34/78

帰り道

 三時間半かけて徒歩でムーンの村へ戻ると、夕方になっていた。村の入り口に馬車便のチケット売り場があったので、そこで明日の朝一番に発つ便の席を四枚買った。

 キライエ南関所を発してオーガンの町へ向かう便なので、ムーンの村外へ出て、街道に設けられた停留所で待つ必要がある。

 そのため、チケットを買っていても馬車便に席があるかどうかは保証できない。満席であれば、次の便を待たないといけない。



 村に入ると酒場が開店していたが、先に墓守の家へ向かった。ちょうど娘さんが家の前で、干していた洗濯物を取り込んでいる。

 カリグラからゾンビとグールの討伐完了を聞いて、ほっと安堵して微笑んだ。

「ありがとうございました。村の人々に余計な心配をかけてはいけないと思い、内緒にしていましたが……これで心配は無くなりました」

 そう答えて少し考え、倉庫から魔法具の『テント』を一つ持ってきた。それをカリグラに手渡す。

「ささやかながら私からのお礼です。受け取ってください」

 カリグラがテントを自身の収納ポーチに入れて、感謝を述べた。

「ありがとうございます。これは役に立ちそうですね」


 グルバーンによると、この魔法のテントは簡易結界だという話だった。体力や魔力を消耗した際に、これを使って休憩できる。

「ただし、回復には上限がある。今の我々ならば全回復できるが、冒険者ともなれば魔力量が大きい者も居る。このテント内での休憩では全回復できぬ場合があるそうだ」

 完全回復をするための魔法具は別にあり、『コテージ』と呼ばれていると説明した。了解するカリグラ。

「なるほど。憶えておくよ」


 家の中に入ると、居間で墓守の男が料理をしていた。といってもビールのツマミていどだが。

 カリグラが無事に依頼を果たしてくれたと知り、娘さんと同じような表情を浮かべて喜んだ。

「おお。グールとやらを倒してくれたか。ありがとう」

 カリグラが軽く茶髪の頭をかいた。

「そのグールはあんまり居ませんでしたけどね。ほとんどはゾンビでしたよ」


 墓守の男が別の部屋に入り、金貨が入った袋を持って戻ってきた。それをカリグラに手渡す。

「報酬だ。三百枚入っている。確認してくれ」

 カリグラが言われるままに枚数を確認した。それを自身の収納ポーチに入れる。

「はい。確かに金貨三百枚ですね。受領しました」


 ファビウスは自身の冒険者辞典を開いて見ていたが、歓声を上げて喜色を浮かべた。

「やりました。新たな魔法を習得できるようになりましたよ」

 冒険者辞典には『キュアパラライズの治療魔法を習得できる条件を満たした』と書かれてあった。麻痺を治療する魔法である。


 カリグラが軽く両目を閉じてから、祝福する。

「……今回の討伐には間に合わなかったか。でも助かるよ。ぜひオーガンの町に戻ったら習得しておいてくれ、ファビウスさん」

 そのファビウスがちょっとしたドヤ顔になった。

「他にもあるんですよ。聖属性の攻撃魔法『コーズライト』と『コーズシリアス』の習得条件も満たしました。これで私も魔法戦闘ができます」


 驚くカリグラだ。

「へえ……一気に魔法を覚えるようになるんだな。これで戦闘の幅が広がるよ」

 グルバーンも自身の冒険者辞典を開いているのだが、こちらは今一つの表情だ。

「俺は催眠魔法の『スリープ』、転倒させる魔法の『スネアー』、魅了させる『チャーム』の習得条件を満たした。すまんな。攻撃魔法ではなかった。そろそろ全体攻撃できる魔法が使えるようになるハズなのだが」

 とにかくもオーガンの町に戻ったら、魔術ギルドの花子先生に教えてもらうと話すグルバーン。


 カリグラとジャンクについては、特に新たな技能の習得は無かった。天を仰いで、銀髪のモヒカン頭をかきむしるジャンク。

「がー! 踏んだり蹴ったりじゃねえかっ。宗旨替えするぞ、コノヤロウ。このクソ役にも立たねえパッスルホップ!」

 カリグラも落胆していたが、それでもジャンクの肩を叩いて慰めている。

「こんな時もあるさ。体力や魔力なんかは上がっているハズだ」



 墓守の男とその娘さんは、台所でビールのツマミづくりを再開していた。羊の干し肉を水で戻してから、それをハーブなどと一緒に油で炒めている。娘さんがカリグラに笑顔を向けた。

「夕食をごちそうします。それまで、時間を潰しておいてください。何もない村なので恐縮ですが」


 ジャンクがカリグラの肩を「バンバン」叩いた。

「なあ兄弟。夜までにグリーンスライムでも狩りまくろうぜ。どっさり金貨を稼ぐぞ!」

 実際は、グリーンスライムの体内に金貨がある訳ではない。モンスター等駆除値を溜める事で、オーガンの町へ戻った際に換金できる仕組みだ。

 ムーンの村では村長の家で換金できるのだが、裕福な村ではないので遠慮している。関所でも可能だが、今は窓口が閉鎖されているそうなので、受け付けてもらえないだろう。


 カリグラも異論なく同意し、墓守の男に聞いてみた。

「すみません、この近辺にモンスターが多く湧いている場所ってありますか?」

 墓守の男が炒め料理を続けながらうなずく。

「そうじゃな……やはり山の中か。羊の放牧地に集まっているって話をよく聞く。牧童が牧羊犬を使ってモンスター退治しておるから、彼らに聞くと良いじゃろう」


 早速、山に入ってモンスター狩りをするカリグラたち四人であった。放牧地に居るのは羊モンスターが多かったため、羊肉もついでに得ている。

 他にはコボルドやゴブリン、グリーンスライム、大グモなどが居るので、これらも一緒に駆除している。


 夜になる頃には、ジャンクも上機嫌に戻っていた。自身の収納ポーチを「ポンポン」叩いて鼻歌を歌っている。

「これで黒字だぜっ。オーガンの町へ着いたら肉屋に直行だな! 羊肉を売り払って金に換えるぞ。コボルドとゴブリンは武器を持ってたしな。コレも売れるぜ」


 カリグラも冒険者辞典を開いてモンスター等駆除値を確認した。ほっとしている。

「確かに、金貨四十枚分の値になったな」

 旅費と宿代を計算しても、今回の報酬が金貨三百枚あるので、総額としては黒字である。ただ、値と金貨との交換レートは変動する事があるが。

 今回ファビウスが『キュアパラライズ』という麻痺治療魔法を習得できるようになったので、この薬を大量に買う必要がなくなった。術者である彼が麻痺状態に陥った際に、飲ませる分だけで済む。


 ファビウスも自身の冒険者辞典を開いて確認していたが、満足そうな表情をしている。

「この依頼を請けたおかげですね。もう夜になりますし、村へ戻りましょうか」



 墓守の家では、ごちそうになったが質素なもので、最初は先ほどの炒め料理だった。当然のようにビールである。

 その後は鶏肉のミルク煮、黒パンとチーズだった。こちらでは白ワインを出している。

 ここは牛乳が特産品だ。カリグラとファビウスは地元民で知っていたのでチーズを楽しんでいる。カマンベールチーズとコンテチーズの系統だ。ミルク煮のダシにも硬質チーズを使っている。


 墓守の男と娘さんに「料理が美味しい」と褒めながら、カリグラがちょっとだけ物足りない思いをしている。

(白ワインがブドウジュースなのが、ちょっとな……)

 発酵熟成がまだ浅いのだろう。ちょっと甘くて、もったりした風味だ。ブドウ品種もグロ・マンサンとプティ・マンサンなので日常ワイン向けである。

 ジャンクはこの食事とワインに大喜びである。薬中の癖に意外と料理の味は分かるようだ。ファビウスとグルバーンも素直に喜んで食べている。


 食事後もコンテ風のチーズをツマミにしている。今度は赤ワインを飲みながら、カリグラが墓守の男とその娘さんに食事の礼を述べた。赤ワイン用の品種はマルベックであった。

「実に美味しかったです。食堂やバーを開くと繁盛すると思いますよ」


 墓守の男が照れながら、その申し出を遠慮した。

「洞窟内を管理できるのは、わしだけなんだ。墓守と棺桶づくりだけで大忙しじゃよ」

 娘さんも同じような仕草をしている。

「私も墓の帳簿管理で忙しいんですよ。この村独自の墓参りも多いですし。土葬ですからオーガンの町や関所の神官も祈りに来てくれません。私が僭越ながら墓参りの際のお祈りをしている状況でして」


 ファビウスが静かにうなずいている。彼も赤ワインを飲みながらコンテ風のチーズをかじっていた。

「そうですね……メザー教団や我がバイシャ教団では土葬をしていません。火葬ですね。神官が祈祷しに訪れる可能性は低いと思います」

 グルバーンは特にコメントする気がなさそうだ。


 墓守の男がカリグラに聞いた。彼も今はビールを飲みながらチーズを何種類か食べている。ビール好きなのだろう。

「それで、洞窟なんじゃが。今後はもうアンデッドが発生する事はないのかね?」

 カリグラが素直にうなずいた。彼は赤ワインを続けている。気に入ったらしい。

「はい。もう起きないでしょう。洞窟内での墓参りを再開しても問題ありませんよ」


 そう言ってから、申し訳なさそうに赤みがかった茶髪を軽くかいた。

「攻撃魔法を使ったので、墓の一部は壊れてしまいましたが……」

 それについては、特に気にしていない様子の墓守の男とその娘さんだった。

「木製の棺桶と墓標を使っておるのでな。壊れて朽ちる事が前提なんじゃよ。気にしておらんさ」



 翌朝。宿で清算をしてから、墓守の家に立ち寄って雑談を交わし、一緒に村の外へ出た。墓守の男とその娘さんは洞窟の状況を確認に出かけていったので、村の外で見送るカリグラたち四人。

「壊した棺桶はそれほど多くないけど、やはり申し訳なく思うなあ……」

 まあ確かに、ダーブルが眠っている棺桶が破壊されていたら悲しくなる。


 ジャンクがカリグラの肩を軽く叩いた。

「最善は尽しただろ、兄弟。一番簡単な討伐方法は、洞窟の中に油を撒いて火をつける事だしな。洞窟の内部を丸ごと焼けば、半日で終わった依頼だぜ」

 何とも罰当たりな考え方をする。さすがにドン引きするカリグラだ。

「そ、そうか……そんな方法は考えつかなかったよ。だけど、それじゃ副葬品が燃えてしまうよな」

 ジャンクがドヤ顔で胸を張った。

「だから提案しなかった。オレも頭を使えばこんなモンなんだぜ。どうだ凄いだろ」

 とりあえず愛想笑いをして誤魔化すカリグラであった。


 このジャンク案だが、意外にもファビウスとグルバーンが真面目に受け止めていた。石畳の街道へ出て、停留所で馬車便を待ちながら思案している。ファビウスが軽く腕組みをして小首を傾けた。

「それって、火葬になりますよね。バイシャ教団としては公に反対できないでしょう。ですが、ムーンの村での布教を考えると酷い話になります。難しい問題ですね、これ」

 一方のグルバーンは別の事を考えていた様子だ。

「そうか……炎の魔法か。だが、洞窟内や狭い室内で使うと酸欠になりかねないな。やはり雷撃のような魔法が効率的か」


 やがて、西から馬車便がやって来た。

 石畳の街道上を軽快に走ってきて、途中に転がっていたゴブリンの死体をひき潰していく。馭者が不快そうに舌打ちしたが、それだけで無視している。

 馬車便が停留所の前で停車すると、馭者が下りて、馬に水を与え始めた。それを終えてから、カリグラたちに告げる。

「お待たせしました。乗車の方はチケットを見せてください」


 その馭者にカリグラが聞いてみると、関所から出ている馬車便はオーガンの町行きの他に、ナーンの町行きとラーラル関所行きもあるという返事だった。

 気になる空き席だが、四人分あったので安堵するカリグラたち四人である。


「では、出発します。お忘れ物なきよう」

 馬車便が走り出してしばらくすると、南に広大な水田が見えてきた。その地平線辺りに緑の線がある。ラーラルの森だ。

 ラーラル地方は、ほぼ全域が森に覆われている。



 オーガンの町までは、今回も七日間の旅程だったのだが……早くも最初の一泊目の野営地で騒動が起きた。

 この野営地は小さな村の横にあった。カリグラたち四人は、他の乗客と一緒に酒場で食事をしてビールを飲んでいた。

 カリグラが酒場の掲示板に貼られている、ゴブリンとオーク駆除の依頼文を読む。

「むむむ。依頼が少ないなあ」

 そこへ、ジャンクがニヤニヤしながらカリグラを小突いた。

「泥棒が忍び寄ってきてるぜ。馭者の手引きで、馬車の荷台にある荷物を盗むつもりのようだな」

 カリグラやファビウス、グルバーンには足音が全く聞こえていないので、感心する。


 ビールジョッキをテーブルの上に戻したカリグラが立ち上がって、食事と酒の代金を置いた。黒パンとチーズに鶏肉のグリルなので安い。

「それじゃあ、腹ごなしに仕事するか。駆除依頼と違って、報酬は出ないけど」


 酒場の外に出ると、馭者が三人の泥棒を馬車の荷台に案内している場面だった。カリグラたち四人が突然登場したので、ひっくり返って驚いている。

「な、なんだオマエら! って乗客か。運が悪かったな、見られたからには生かしておけないんだ」

 カリグラがナタ包丁を手に持って、軽く赤みがかった茶髪をかいた。

「まあ、そうだよな。運が悪かったな。殺しはしないから、その点は安心してくれ」

 早くも敵の三人の泥棒がナイフしか持っていない事を看破している。


 ジャンクがニヤニヤしながらカリグラに聞いた。彼はまだ手ぶらだ。

「手伝おうか? 兄弟」


 早くも投げつけられてきた三本の投げナイフを、カリグラが無造作にナタ包丁で弾き落として微笑んだ。

「敵には間合いを測る練習台になってもらうから、俺だけで充分だよ。こいつらを捕まえた後に監禁する小屋の手配を頼む。それと、ムーンの村へ使いを出してもらってくれ」

 ジャンクがニヤリと笑って、隣に立っているファビウスの肩を「ポン」と叩いた。

「そういう事だ。頼むわ。グルバーンもな」

 ため息をつく二人。「仕方ないですね……」と言い残して酒場へ駆け戻っていった。ジャンクは観戦を決め込んでいる様子だ。


 再び、投げナイフを三本叩き落としたカリグラが、軽くその場でジャンプした。

 それを見て一人の泥棒が、背中に背負っていた山刀を抜いて構える。他の二人は両手にナイフを構えた。

 しかし、余裕の表情を浮かべているカリグラ。

「それじゃあ、ちょっと練習台になってもらおうか、泥棒。今晩の駆除依頼は少なくてね、暇なんだ」


 その練習はそれほど長く続かなかった。酒場から大勢の客が怒声を上げて押し寄せてきたためである。大半は顔を赤く染めた酔客だが。

 三人の敵が繰り出してくる毒塗りナイフや山刀を、数センチメートルの間合いで回避していたカリグラが、残念そうな顔をした。

「もう少し練習をしたかったんだけどな。まあいいか」

 そう言うや否や、ナタ包丁の峰で次々に敵の頭を叩いて昏倒させていく。「ゴン、ゴン、ゴン」とリズムよく鈍い音が続いた。


 最後に、腰を抜かして地面に座り込んでいる馭者の頭も叩いた。

「ぐぺ……」

 カエルが潰されたような音がして、馭者も昏倒する。


 カリグラがナタ包丁を皮製の収納ケースに突っ込んで、ボタンを留めた。

 息せき切って戻ってきたファビウスに告げる。グルバーンはまだ到着できていない。酒が回っているので足がもつれて転んでいるようだ。

「それじゃあ、捕縛するか。手伝ってくれファビウスさん」


 かくして、馭者と三人の泥棒を無事に拘束して、酒場の物置小屋へ放り込んだのだった。ムーンの村への知らせも、近くの村人に頼んである。明日には捕縛隊が到着するだろうという話だ。

 という事で、オーガンの町への旅を再開する事にした。が……カリグラの顔が青くなった。

「まずい……馭者が居なくなった。どうしよう」


 乗客の三人は商人で、馬車を扱う技量は持ち合わせていなかった。ファビウスがカリグラの肩を申し訳なさげに叩く。

「すみません。代わりに馬車を運行してください。私には馬車を操った経験がないんです」

 ガックリと肩を落とすカリグラである。

「だよねえ……なんで初日の夜に積荷を盗もうとしたんだよ、もう」


 ファビウスもカリグラに同意した。

「同意します。では、早速で悪いのですがカリグラさん。明日からの馭者をお願いしますね」

 カリグラが天を仰いだ。

「はいはい」


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