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紅の魔女  作者: あかあかや
オーガン編
30/78

ムーンの村へ

 カリグラは冒険者ギルドの二階にある宿に泊まっていた。これは会員向けなので安価だ。まだ夜明け前に起きて、身支度を済ませる。

「さてと。狼団へ戻るか……」

 オーガンを朝の六時に発つ馬車便に乗る。この便であれば、黒き狼団の砦へ到着するのは朝の八時半ごろだ。


 何事も無く無事に到着し、屋台で適当に食事を済ませた。門番の衛兵に挨拶してから本部へ行く。

 まだ始業時間前だったので誰も居なかった。しかし、従者のコズンが掃除をしていたので彼に挨拶する。

「おはようコズン。掃除ありがとうな」


 コズンが床の掃き掃除を途中で中断してニッコリと笑った。まだまだ少年の童顔だ。

「おはようございます。カリグラ隊長こそ早いですね。今日は何かするんですか?」


 カリグラがうなずいて、ムーンの村で請ける予定の依頼を簡単に話した。「アンデッド」と聞いてもキョトンとしているコズンである。

「森の廃墟のアンデッド討伐が中止になりましたので、まだ見た事がないんですよね、ボク。動く死体なんですよね……想像できません」

 カリグラが軽く同意した。

「見た目が良くないからなあ……痛覚が無いから、腹を剣で突いても襲い続けるんだ。手足を斬り離して、動けなくするように攻撃する必要がある。面倒な敵だよ」

 コズンが目を点にしている。

「えええ……何ですかソレ」


 カリグラが自室に入って、宝箱の中に金貨を納めた。廃墟討伐で得た報酬だ。少し考えてから、当座の資金として金貨四十枚を収納ポーチの中に戻す。

(それと……麻痺解除薬四本、蘇生薬一本、治療薬四本、総合解毒薬二本をポーチの中へ入れておくか。麻痺攻撃だけじゃなくて同時にケガも負うだろうしな)

 宝箱の中にはレストラン・リルの食事券が一枚あった。

(使わないよなあ、これ。ネクタイとか締めないし。でもまあ、捨てるのも何だしな)

 食事券を宝箱の中へ戻した。宝箱のフタを閉めて鍵をかける。

(鍵はウィルマに預けておけばいいよな。これで良し)


 コズンが掃除を終えてカリグラの部屋に入ってきた。カリグラがコズンに鍵を渡す。

「ウィルマが来たら、この鍵を渡してくれ。この宝箱の鍵だよ。コズンも合鍵が必要だったら作っておいてくれ」

 鍵を受け取ったコズンが、カリグラに紅茶が注がれた陶器製のコップを差し出した。

「どうぞ、カリグラ隊長。そろそろ、まとまった金額が貯まったのではありませんか? ナダル隊長の言うように、シーフギルド内の貸金庫に預けた方が便利だと思いますが」


 カリグラが目を逸らして紅茶をすすった。

「そうなんだけどね。どうも気になって。相変わらず紅茶が美味いね」

 カリグラの脳裏にはジャンクの顔が浮かんでいたのだが、コズンに言わなかった。コズンが照れた。

「ありがとうございます。孫シェフは大陸茶が大好きなんですけどね」

 大陸茶とは読者の世界ではウーロン茶のような半発酵茶である。覇王国の南部にある大江沿岸が産地だ。


 ちょっと熱かったが紅茶を飲み干して、コップをコズンに返す。

「コズンも狼団に慣れてきたようだな」

 確かに、これまでのように『様』付けで呼ぶ事は、もうしていない。

 コズンがさらに照れながら、一方的に紅茶をコップに注いできた。美味しいと褒めた手前、断れない様子のカリグラである。


 カリグラが追加の紅茶を飲み干し、コップを近くの机の上に置く。コズンに渡すと再び注がれてしまう。

「さて。それじゃあオーガンの町へ行ってくるよ。お茶、ごちそうさま。ペンデ団長代理やナダルにもよろしく言っておいてくれ」

 コズンが呼び止めた。

「ボクがオーガンの町まで馬でお送りしますよ。実は乗馬訓練を始めているんです。ウィルマ隊長やナダル隊長の仕事を手伝う際には、いつも馬が必要になるんですよ」


 カリグラが内心で少し焦っている。

(うぐぐ……このぶんだと、乗馬が最も下手なのは俺になるかもなあ)

「助かるよ。それじゃあ、オーガンの町の入り口まで頼む。馬車便の発着場で降ろしてくれ」

「はい! 少々お待ちください」

 コズンが馬を借りに本部から駆け出していった。その後ろ姿を見送りながら、少し考える。

(そうだな。乗馬訓練はここで実施しても良さそうだな。グルバーンさんは、早めに乗馬訓練を始める必要がありそうだし)



 コズンも乗馬が上手かった。さすがにまだカリグラの腕前には至っていないが、普通に馬を走らせている。その事をコズンに話すと、大いに照れた。

「カリグラ隊長だけですよ、褒めてくださるのは。ウィルマ隊長とか酷いんですよ、もう」

 ウィルマのドヤ顔を思い浮かべながらも、表情には出さないカリグラである。

「事務仕事や値引き交渉で、うっぷんが溜まっているんだろうな。半分くらいは聞き流しておけ」


 この時期の街道は馬で走ると心地良い。小麦の草原が若草色に染まって、風になびいている。

 途中の小さな村では大豆、燕麦、稗、根菜が繁茂していた。根菜ではニンジンが目立つ。キャベツやレタスは収穫が終わり、今は種取りのために残した株が点々と残っているだけだ。

 街道沿いの屋台や露店では、『茹でた枝豆あります』という宣伝で客を呼び込んでいる。

 農業神のおかげで連作できるため、農家単位で栽培時期をずらしているのだ。春季が三百日もあるため、こうした栽培が可能になっている。



 間もなくしてオーガンの町へ到着した。一時間半の騎乗だった。

 カリグラが馬から降りて、コズンに礼を述べる。時刻はまだ十時半なので、冒険者ギルドの三階にある食堂で何か食事ができそうだ。

「ありがとう。もう二人乗りも余裕だな。もう少し練習すれば一人前になれるぞ」

 再び照れたコズンが、馬の鼻先をオーガン方面から狼団の砦方面へ向けた。

「頑張ります。では、カリグラ隊長もケガにお気をつけて!」

 そのまま、馬を走らせて去っていった。感心しているカリグラ。

「俺がコズンくらいの歳の頃は、あれほど乗馬できなかったんだが……働き者の傭兵に育ちそうだな」



 その日は、公園で剣術の稽古をしたカリグラであった。衛兵に聞くと、百人隊長のマルケルスは「仕事で留守」だという返事だった。忙しいらしい。仕方がないので独りで剣の稽古を続ける。

 昼前にはレストラン・リルの厨房へ立ち寄り、魚部門で部門長をしているスリカンの手伝いをしている。

 まだまだ魚を三枚におろすのに苦労しているのだが、それでも上達はしている様子だ。ちなみに今はナタ包丁ではなくて、普通の出刃包丁を使っている。


 カリグラによって、下ごしらえを終えた魚の切り身だが……それを摘まみ上げたスリカンがやっぱり激怒した。

「かあああっ! このド下手クソがっ。鉄拳制裁を食らえっ」

 問答無用でカリグラに殴りかかってきた。それを上手に見切って、スリカンの攻撃を数センチメートルの間合いで回避していくカリグラである。どうやら、この間合い読みの訓練をしに厨房へ来ている様子だ。


 それでも数発ほど良いパンチやキックを顔や腹に食らってしまった。

 一方のスリカンも殴り疲れて、肩で息をしている。五分間も殴る蹴るを全力で続けているため、まあ当然だろう。大した体力である。

「こ、このクソ生意気な弟子がっ。ぜーぜー。こ、今回はこのくらいで勘弁してやるわあっ。ぜーぜー。その魚はダシ取りに使うから、すぐに持ってこい!」


 そう言い残して、「ズカズカ」と足音を荒げて自身の作業台へ戻っていった。

 魚の下ごしらえをしていた厨房スタッフたちが、カリグラに何度も礼を述べている。

 先日の助手は辞めていたので、今ここに居るのはカリグラよりも後に働き始めた新人ばかりだ。全員、顔に殴られ跡がいくつもついている。

「カ、カリグラ先輩っ。部門長の体力を削っていただいて、本当にありがとうございますっ。これで今日は殴られません」

 下ごしらえを終えた魚を大きめのザルに集めながら、カリグラが軽く照れた。さすがに今は、自身の髪や顔を手でかく事はしていない。

「なぜか弟子にされているからね、ははは……戦闘訓練にも手ごろなんだよ」


 そう笑ってから、少し真面目な表情を厨房スタッフたちに向けた。

「だけど、最近のスリカンさん……パンチやキックが鋭くなっているよね。マトモに食らうと、一撃で気絶しかねないぞ。あんたたちも注意した方が良いな」

 厨房スタッフたちが大いに同意している。

「そうなんですよね。朝晩に格闘技の練習をしているって噂なんですよ。兵士並みに走り込みもしているとかで。困った部門長です」

 カリグラが呆れながらも口元を緩めている。

「マジかよ……警備員の副業でも始めるつもりかな」



 翌日の朝になった。カリグラがオーガンの町外に出て、馬車便の発着場へ向かう。と、ジャンクがやって来た。いつもの軽クロスボウを肩に担いでいる。

 茹でた枝豆を口に頬ばっていて、豆莢まめざやを路上に吹き捨てている。そのため、彼の後ろには山羊が数頭ほどついてきていた。

 路面には豆莢の他に馬糞やロバ糞が落ちているのだが、ジャンクと山羊は器用に避けていた。山羊は顆粒状の糞を路面にばら撒くのも忘れていない。つまり、糞だらけである。

 掃除屋が頑張って清掃しているのだが、この時刻はまだ作業を開始していない。そのため、夜間に駆除されたゴブリンやコボルドの死体も、糞と一緒に放置されたままだ。


「よお、兄弟。張り切ってるな。ブドウ糖でもキメておくか? 安くしとくぜ。ワイマール地方産のサトウキビが収穫時期らしくてな。砂糖が出回り始めたんだと」

 普段は、地元産のテンサイから採れた砂糖を使用しているとか何とか。


 カリグラがジト目になって拒否した。

「ジャンクよ……まだそんな事やってるのかよ。間違っても、先日みたいに毒を使うなよ。幻覚キノコもだ。泡を吹いているジャンクを担ぐの大変なんだからな」


 そこへファビウスがグルバーンと共にやって来た。ジャンクほど身軽ではないので、いくつかの馬糞を踏んでしまっているが。

「おはようございます、カリグラさん。そろそろキライエ地方の南関所へ向かう馬車便が出る時刻ですね。早く乗車券を買いましょう」

 ムーンの村は、オーガンの町から西へ延びる街道沿いにある。この街道をさらに進むと、キライエ地方に到着する。そのため、途中下車して村へ向かう事になる。

 カリグラも今はジャンクを放置して同意した。

「そうだな。四枚買ってくるよ」


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