ドーミツの野望 悪徳記
「……まあ、分かっていたよ」
カリグラが肩を落とし、マッサージ店の行列を眺めている。待ち時間は『最後尾で二時間』とアナウンスされていて、一気に行く気をなくしてしまった様子だ。
礼拝時間の前に来れば良かったのだろうが、今となっては諦めるより他はない。
さらに、店のマッサージ施術メニューに書かれている料金表を見て再びため息をついた。最安値の施術で『金貨三枚』と書かれている。半額割引券を使っても、今のカリグラの手持ちの金では少々厳しい額だ。加えて、まだ食事をとっていない。
飛王国では金貨と銀貨、それに銅貨の三種類が流通している。金貨一枚で銀貨二十枚、銅貨では千枚という価値だ。
ちなみに金貨は三グラムで純金製である。ただ、アルカディア半島には金鉱山が少ないため、飢王国などから金鉱石を輸入している。
マッサージ店の隣は商店だった。何気なく立ち寄って店の中へ入ってみる。さすがに神殿の店だけあって、治療薬ばかりだ。武器は十字架の形をしたクロスボウだけだった。
巫女が店の売り子をしているので、話を聞いてみる。
「ラーバス神って確か、知恵の神様だよね。武器まで売ってるんだ。隣にはマッサージ店もあるし」
巫女が苦笑いして、カリグラに小声で答えた。
「神殿の方針なんですよ、お客様。ですがこの十字架のクロスボウだけは、お勧めですよ。アンデッド相手に効果を発揮します」
アンデッドと聞いて、首をかしげるカリグラであった。
「俺は傭兵団に居たんだけど、アンデッドとは、これまで戦ったことはなかったよ。へえ、居るんだね」
つい先日、そのアンデッドにされかけたのだが……当時はほぼ気絶していたので覚えていない。シュタルダーと魔族の執事に治療された際に、その場面の記憶が吹き飛んでしまったのだろう。
今度は巫女が首をかしげた。ナタ包丁を腰に吊るした姿で顔を腫らしているので、傭兵だったとは思えないようだ。
「居ますよ。最近では、オーガンの西の森にある廃墟の館に出没するそうです。通常の武器が効きにくいですし、それに館の中での討伐になります。ですので、傭兵ではなく冒険者ギルドに仕事を依頼しているんですよ」
「そうなのか」と、素直に感心するカリグラである。この巫女が嘘を言っているようには思えない。ということは……居るのだろう。というか、なりかけたのだが。
やや神妙な顔になったカリグラに、巫女が微笑んだ。
「しかし、お客様はよく見ると冒険者ではありませんね。証がありません。
クロスボウですので普通の人でも一応は使えますが、ハンターや戦士の方のほうが向いている武器です。お知り合いに贈る品としてお勧めですよ」
ちょうど他の客が数人ほど入店してきたので「考えておくよ」と返事をして、情報に礼を述べて店を後にした。
その隣の店は、どうやら鍼灸サービスの店のようだ。『ドーミツ串打ち特殊治療院』と書かれている表札に、首をかしげる。何だろうか。立て看板を見ると料金表の額も『金貨一枚』と安い。
料金表に書かれている謳い文句は、『あなたも串を打って健康になりませんか?』というものだった。どうやら串を体に打ちこんで、体のツボを刺激することで疲労回復させるのだろう。しかし、串……?
さらに気がかりな点は、マッサージ店と異なり行列ができておらず、それどころか客が一人も居ないことだ。
不審に思うカリグラであったが……すぐに中から院長とおぼしき中年の男が小走りで駆け寄ってきて、カリグラの手を引いた。
「やあやあ、やあやあ、いらっしゃい、いらっしゃい。私はドーミツ。ここの院長だよ」
かなり強引に院内へ連れ込まれてしまった。不機嫌になっているカリグラに、ドーミツ先生がニコニコしながら擦り寄ってくる。
先程の白猫と違い、かなり嫌な感じだ。ゴブリンやコボルドに通じる何かを感じる。
「是非、治療を受けてくれ。もちろん、受けてくれるよな?」
ギラギラした強欲そうな眼差しを受けて、カリグラの頭の中に警戒警報が鳴り響いた。しかし、今日は丸一日歩き回って仕事を探していたせいもあり、疲れを癒したいという気持ちの方が勝っている。
それに料金も、一番安いコースにすれば金貨一枚で済むではないか。しかも割引券がある。
「分かったよ。受けるよ。でも、一番安いコースで頼むよ」
ドーミツ先生が晴れやかな笑みを浮かべた。
「では一回、金貨十枚コースだね。分かったよ」
「は?」
思わず声を荒げるカリグラ。
「何を言ってるんだよ! 金貨一枚コースがあるだろうっ」
しかしドーミツ先生は、残念そうに首を振るばかり。
「いや、そのサービスはランチタイム限定なんだよ。書いてあったはずだがね。今は通常料金だ」
確かに、立て看板の隅の方に小さくかすれた文字で、そう書かれていた。(騙された)と直感するカリグラ。しかし、実際に今は手持ちの金がない。そう説明したが納得しないドーミツ先生。
「道具を何か売ればいいじゃないか。何か持っているだろう?」
ドーミツ先生がカリグラのポケットをまさぐって探す。しかし、紹介状と食事券の他には何もなかった。本当に金貨二枚しかない。
隣のマッサージ店の半額割引券を発見し、あからさまに不機嫌になるドーミツ先生。
「……なんだよ、本当に文無しかよ。仕方がないな。所持金全部で許してあげるよ。ほら、さっさと出してくれ」
金がないので、てっきり院内から追い出されるものとばかり思っていたカリグラだったが、予想外の展開に驚いている。
「金貨二枚でも施術してくれるのかい?」
ドーミツ先生がジト目になって鼻を鳴らした。
「経営危機なんだよ。客が全然やって来ない。はした金でも銭は銭だろ。じゃあ、その割引券と合わせてもらうよ」
黒き狼団の経営危機を思わず思い起こしてしまったカリグラである。他人事とは思えなくなり、ドーミツ先生に腕を引かれるまま、施術用のベッドにうつ伏せになった。どうせ割引券も、お金不足では使い道などない。
そういえば、剣ではなく包丁を使ったので肩が変な風に凝っている。その事をドーミツ先生に説明した。
「じゃあ、肩まわりの筋肉を重点的にするか。上着を脱いでくれ」
その通りに上着を脱いで上半身裸になる。服の上からでは華奢な体つきに見えたのだが、かなり筋肉がついている。
「では、串を打ちまーす。まずは背中からね。その後で肩と腕をするから」
「ぐさっ」と音がして、ぶっとい串が背中に打ちこまれていく。
「い、痛い!」
カリグラがたまらず悲鳴を上げた。それを悠然と無視するドーミツ先生。
「大丈夫、大丈夫。じゃあ、どんどんいくよー」
「ぐさっ」、「どすっ」、「めりっ」……とても治療しているとは思えないような音が、院内に響き渡る。かなり痛いのは言うまでもない。(確かに客が来なくなるよなあ……)と、納得するカリグラであった。
「よーし、打ち終わったぞ」
ドーミツ先生が額の汗を白衣の袖で拭って、一息ついた。
(多分今は、背中から肩、腕にかけて数十本の串が突き刺さっている異様な姿になっているのだろうな……)と思うカリグラ。痛みは今は麻痺したのか、それほどでもない。
「じゃあ、串を抜きますよー。それ、それ、それ」
今度は別の種類の痛みが湧き上がってきた。それでも何とか我慢できる。
「じゃあ、これで最後の一本を……あれ?」
突然、ドーミツ先生が慌てだした。
(……えっ、何?)
カリグラがうつ伏せのままで、首をひねってドーミツ先生の顔色を伺った。真っ青になっている。
「ヤ、ヤベ、折れちゃった……ど、どうしよう」
カリグラの頭の中に最大限の警報が鳴り響く中……恐る恐る聞いてみる。
ドーミツ先生が壊れたオルゴールのような声を出した。
「ゴメンナサイ。抜くときに串が折れて、体内に残っちゃいました。もう抜けません」
カリグラも口と両目を大きく開けて茫然としている。
「……そ、そんな馬鹿な!」
何だか、体から力が抜けていくような気がする。ベッドから弾けるように起き上がって、ドーミツ先生の襟元を白衣ごとつかみ上げた。背中に「ズシリ」と鈍い痛みが走る。本当に串が体内に残っていると直感した。
「ど、どうしてくれるんだ!」
ドーミツ先生がカリグラに首を揺らされながら、搾り出すように答えた。受付嬢も大変な事故が起きたと察したようで、右往左往している。
「仕方ありません。急いでラーバス神殿で治療してもらってください」
「すみません、すみません!」と、ひたすら謝っている受付嬢にかける言葉もなく、ドーミツ先生に案内されてラーバス神殿中央の大礼拝堂へ向かう。
まだ夕方の礼拝の最中だったが、緊急事態ということでドーミツ先生が強引に割り込んでいく。すぐに祭壇に居るラーバス教団のジュンパ司教を捕まえた。
ちょうど彼は信者からの困り事の相談に乗っていたのだが、その順番無視の上に、相談中の信者までドーミツ先生に引きはがされた。
「ジュンパ司教様! 緊急事態ですっ」
呆気にとられているジュンパ司教に、ドーミツ先生が説明する。
話を聞いて、目を丸くして驚くジュンパ司教。かなりのレアケースらしい。
「な、なんということを。ええい、寄付金はドーミツ君、君持ちじゃよ」
ドーミツ先生が苦虫を噛み潰したような顔をしたが、渋々同意した。
ジュンパ司教が杖を掲げて、治療魔法をカリグラにかけていく。暖かく、それでいて活気に溢れた何かが体内に湧き上がってくるのを感じる。
治療はものの十秒余りで完了した。ジュンパ司教が杖を床に下ろして、一息つく。床に「コロン」と串の破片が転げ落ちた。
「ふう。どうじゃ、これで」
カリグラが体をねじったり、跳んだりして確かめる。痛みや違和感が消え失せていた。さらに、スリカン(レストラン・リル魚部門の部門長)に殴られてできた顔の腫れもきれいに引いている。焼けて短くなっていた髪の毛は伸びていないようだが。
感動しながらジュンパ司教に感謝した。
「何とか回復したようです。ありがとうございました」
満足そうに微笑むジュンパ司教。
「うむ。今後、気をつけるように。寄付金は後で請求しに参るので、用意しておいてくれ給え。ドーミツ君」
ドーミツ先生が変な愛想笑いを浮かべて、じりじりと後ずさりしていく。
「そ、それはもう、大丈夫です。ジュンパ司教様。はい、では、私はこれでっ」
あっという間にドーミツ先生が駆け去っていった。
そんな彼の後ろ姿をジト目気味に見送ったジュンパ司教が、何かを受け取ったようだ。
法衣の懐から封筒を取り出して、ロウの封印を外し、手紙の内容に目を通した。これも何かの転送魔法なのだろう。そのままカリグラに微笑んだ。
「今しがた、保険屋から査定結果の手紙が届いた。慰謝料として、君に金貨二百枚を出すそうだ。黒き狼団のカリグラ隊長。まだ若いのに災難だったね。ダーブル団長の訃報を聞いて、私も残念に思っているよ」
ジュンパ司教が法衣の袖を振る。何かが再び転送されてきたようだ。
「お金も同時に今、送られてきたから受け取りなさい。黒き狼団もこの保険に入っていれば、こうして魔法で治療を施す事が容易になるんだがねえ……傭兵はリスクが大きいと保険屋が引き受けてくれないのだよ」
ジュンパ司教が法衣の懐から金貨が入った袋を一つ取り出し、それをカリグラに手渡した。意外な収入に目を白黒させているカリグラだ。
「あ、ありがとう、ございます……」
一応、ジュンパ司教に警備の仕事がないかどうか聞くが「ない」という返事だった。これで全滅だ。
神殿はまだ礼拝の人々で満員だったので、そのまま神殿の外へ出る。夕暮れが深まって、夕焼け空がきれいだ。そろそろ夜になる。金貨が入った袋を厳重にベルトへ縛りつけた。スリが暗躍する時間になりつつある。
オーガンの商店街は店の外にもテーブルを出して、外食をする客を呼び込み始めていた。もう、どこのレストランやバーも大忙しになっているだろう。
(今夜はオーガンの外に出て畑の隅で寝るか。その前に一応、冒険者ギルドに顔を出しておこう)
欠員待ちの様子を調べておくことは必要だ。そして、ポケットから羊皮紙の整理券を取り出し……
「あれ? ないぞ」
どのポケットにも入っていない。紹介状はあるのだが。どこかで落としてしまったようだ。
「うう……この一日が無駄になってしまった」




