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Farsphere   作者: 古樹沙悠
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呪いの森の白雪の魔女 巫女と魔女1

 呪いの森には魔女が棲んでいる。

 大地母神に刃向かって醜い怪物に変えられた魔女は、雪の日だけ元の乙女の姿に戻って、森から出る道を探してさまようのだという。

 そんな言い伝えを思い出し、スーリン・ミリアは、大きく息をついて灰色の空を見上げた。逃げ切れたのだろうか。追っ手の姿は、降りしきる雪に紛れて見えなくなった。あいつはあのお話の魔女じゃない。もしもそうだったら、こんな日には美しい乙女の姿をしているはずだもの。

 木の陰から周りを見渡し、何もいないことを確かめて、おそるおそる歩き出す。新雪は、粉砂糖のようにさらさらで真っ白だけど、ひどく重たい。一歩を踏み出すたびに足は白の沼に沈み、体力と体温を奪われていく。吐いた息は白く、手足の末端には感覚がほとんどない。

 今からほんの少し前、音もなく降る雪とともに、毛むくじゃらの醜い化け物たちは、突然スーリンの前に現れた。

 あれは明らかに人間ではなかった。見上げるくらいに背が高くて、もじゃもじゃとした毛に覆われていた。少女の姿を認めると、そいつは恐ろしいうなり声を上げて襲いかかったきたのだ。

 逃げるしかない。理性がそう判断する前に、スーリンは全力で駆け出していた。それからは夢中で走って、ここまで逃げてきた。

 あんな化け物に、殺されるわけにも、捕まるわけにはいかないのだ。

 スーリンには役目がある。

 南へ。

 この道を南へ歩き続ければ、太陽神殿領にたどり着ける。そうすれば、『勇者』に会える。この世界を救ってくれる『勇者』に。

 少女は、そう信じて雪深い森を独りぼっちで歩いてきた。大地神殿領恵都エルデの中央神殿を出たのがもう何ヶ月も前の事のようだった。最初は、体力も気力もあったし、眠る場所も食べ物も何とか確保してきた。でも、森に入ってからは、それもままならない。小さな洞窟や大きな木の洞で、獣を恐れながら凍えて眠り、僅かな食べ物を小分けにして細々と食いつないで、歩きつづけてきた。

 辛い旅は、必ず終わる。暖かい家に帰れる。

 強烈な疲労と眠気に襲われながら、スーリンは、自分を力づけるように念じた。聖剣さえ『勇者』に渡せば、世界は救われる。その時まで、絶対に倒れるわけにはいかないのだ。


「セイケン……ノ……ミコ………」


 うなり声とも話し声ともつかない耳障りな声がした。

 逃げおおせたと思ったのに。

 化け物は、地面に積もった雪から生み出されたかのように少女の目の前に現れた。


「そ……そんな……」


 スーリンは、震えながら、あとずさった。


「セイケン……ワタセ……」


 抑揚のない声から、遠慮のない野蛮そのものを感じた。

 雪男が雪埃を巻き上げて襲い掛かってくる。もうこれ以上逃げられるとは思えなかった。だが、夢中で走った。積もったばかりの重たい雪が足にまとわりつく。この生き物たちが、何者なのか分からない。とにかく、絶対に渡してはいけない。それだけは確かだ。


「私が……何とかしなきゃ……」


 自分に言い聞かせるように呟く。それが、自分に課せられた大事な大事な使命なのだから。

 『聖剣の巫女』として、選ばれたあの日からの。

 突然首をつかまれた。あっと思う間もなく、体は宙に浮き、地面にたたきつけられる。雪がクッションになったのか、ぼんやりとしか痛みを感じなかった。冷たい大きな手が再度スーリンの首をつかんだ。体を地面に押し付けられ息が出来ない。むき出しの頬に、鋭利な雪の冷たさが痛い。


「ワタセ……」


 絡まり放題の毛の隙間から、ぽっかりと空洞のように開いた目が見えた。


「嫌です」


 精一杯大きな声を出したつもりだった。それなのに、出てきた声は情けないほど小さく震えていた。

 持ち上げられたスーリンは、軽く振り回され、気がつくと宙を飛んでいた。叫ぶ間もなく、木に激突する。今度は背中に強烈な痛みを感じた。衝撃で、木に積もっていた雪が落ちかかってきた。

 苦しい。痛い。うめき声も上げられない。


「だめ……渡さない…絶対に……」


 少女は、歯を食いしばって必死に立ち上がった。

 雪男は、首をぐるぐる回してあたりを探している。自分で投げ飛ばしたくせにスーリンの姿を見失ってしまったらしい。今のうちに逃げなくちゃ。よろめきながらも歩を進める。こんな寂しい森の中、助けてくれるヒトはいない。


 信じられるのは自分だけだもの。

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