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英雄殿のお誘い


 「月影祭り、ですか?」


 訓練中、ランバート卿との雑談の中で近々ある祭りの事を教えてもらった。


 「毎年この時期にやる祭りなんですがね、今年は特に人出が多くなるんじゃないかって」


 「そうなのですか?」


 「何せ、去年は前陛下の喪中で中止。今年は現陛下が御結婚されて初めての祭りですからね。そりゃ、盛り上がるってもんでょう」


 確かに、中止後に改めて開催される祭りなら人々が浮かれてしまうのもわかる。


 「殿下も陛下を誘ってみたらどうですかい?」


 「…ご迷惑にならないでしょうか?」


 彼女はこの国の国王だ。昼夜問わず持ち込まれる仕事に真摯に向き合っている。正直なところ、俺は彼女を支える事ができているのかわからない。だから、せめて彼女が最初に望んだように邪魔だけはしたくないのだ。


 「口では憎まれ口をたたいても、旦那に誘われて嬉しくない女房なんかいませんよ。それに、こう言う場合は男の方から誘わなきゃ、野暮ってもんでしょう」


 「そう言うもの、ですか?」


 「そう言うもんです」


 彼はまだ独身なのだが、きっぱりと断言されるとそうなのかと言う気分になる。


 「ランバート卿はお相手がいらっしゃるのですか?」


 「俺の事はいいですから…」


 いつも快活なランバート卿にしては歯切れが悪い。


 誘いたい相手がいるにはいるが、遠慮しているような…そんな態度に思える。


 「殿下、副隊長が誘いたいのは隊長の愛娘マルガレーテ嬢なんです」


 なるほど、それは遠慮するなと言う方が無理な話しだ。俺が彼らの訓練に参加するようになってから、何度か遠目でマルガレーテ嬢を見かけた事がある。


 亜麻色のふわふわとした髪が特徴的な可愛らしい令嬢だと記憶している。


 ランバート卿が誘いたいと思うのも充分にわかる。もしかしたら、ランバート卿以外にもそう思っている隊員は多そうだ。


 ライバルの多さと道程の険しさに心の中でランバート卿にエールを送りつつ、自分は陛下をどのように誘うかと思惑を巡らせるのだった。


 昼間、そんな話しをランバート卿としたばかりだと言うのに、晩餐の席で陛下がその祭りを話題として提供してきた時は驚いた。


 「その祭りの事なら、昼間、ランバート卿に話しを伺いました」


 「そ、そうですか」


 「ええ、なんでも毎年この時期に行われる祭りだと…」


 セレストにも祭りはあるが、新年の祭りが国をあげて行われる一番大きい祭りだ。後は各村々で収穫祭があるくらいだろう。


 「去年は喪中だった為、行われなかったのですが今年は特に人出が多くなりそうで…」


 その予想もランバート卿が話していた。


 ランバート卿はこう言うイベントに男性に誘われて嬉しくない女性はいないと断言していたが、陛下の今の発言を俺はどう解釈すればよいのだろうか?


 『人出が多くなる』(イコール)『多忙である』から遠回しに誘わないで欲しいと言われてるのか?何にせよ、陛下の今の発言だけで判断するのは早計だ。もう少し話しを聞く必要がある。


 「それでは、今年は特に賑やかになりますね」


 「英雄殿はこう言った祭りの見物をされた事はお有り?」


 「子供の頃なら何度か…成人してからはないです」


 子供の頃に兄や妹とこっそりと…しかし、護衛が付いて来ていたので父や母にはお見通しだった訳なのだが。


 祭り見物の機会は成人してからも何度もあったけれど、そんな日にも仕事をしている父、その父を補佐する兄を見ていると、自分だけ祭り見物に行って浮かれ気分になるのが申し訳なくなる。


 もし、陛下が仕事で忙しいようなら、俺も残って、できる限り手伝うつもりだ。


 「英雄殿!」


 「はい」


 強く呼びかけられ、返事をすると同時に背筋がピンと伸びた。


 「祭りの日は、目抜き通りに屋台が沢山出るんです!」


 「そうなんですか」


 突然、そんな事を言い出した陛下の意図が読めずに、口をついて出てきた言葉は無難なものだった。


 「美味しいと評判の焼き菓子を出してくれる屋台があって、その屋台が毎回一番人気なんです!」


 俺におススメを教えてくれているのか?はてまた、祭り当日にそれを買って来て欲しいと言われているのか?どちらだろうか?


 「それに、色々と珍しい物を売る店もありますし、それから吟遊詩人や大道芸人なども数多く訪れて、すごい芸を見せてくれたり、それから…」


 祭りが如何に楽しいかをアピールしてくる陛下の後ろで、陛下の忠実な女官であるメアリー嬢が俺に向かって、身振り手振りで何かを伝えようとしている。そして最後には両手の掌を顔の前で合わせて、拝むようなポーズをされた。


 少し俯き加減で言葉を探すように祭りの楽しさを話す陛下に気付かれないように、俺はメアリー嬢に向かって口パクで確認する。


 『陛下を、誘ってもいいのですか?』


 俺の口パクに気付いてくれたメアリー嬢は前に突き出した右手の親指を立てて、了承してくれる。


 「だから、英雄殿。わたくしと…」


 「陛下」


 彼女の言葉を途中で遮るなんて、失礼な事だが、ランバート卿の言葉を借りるならば『こう言う場合は男の方から誘わなきゃ、野望ってもん』なのだから。


 「よろしければ、自分にその祭りを案内しては下さいませんか?」


 自分の方から誘おうとしていた陛下は、逆に俺から誘われる形になって、虚を突かれたようにポカンとしている。


 俺は椅子から立ち上がり、彼女の横に片膝をつくと、そっと手を取る。


 「駄目、でしょうか?」


 上目遣い気味に陛下を見上げると、耳まで赤くなった陛下が見える。とても驚いた顔で呆然としていた。


 「お忙しいようなら、無理にとは…」


 もしかして、間違っていただろうか?


 目線だけをメアリー嬢に向けると、メアリー嬢は「んっ、んん」とわざとらしい咳払いをする。


 「アンジェリーゼ様、お返事をなさらないと殿下が困ってしまわれます」


 メアリー嬢に言われて、はっとしたように陛下が我に返った。


 「せ、せっかくの英雄殿からのお願いですから、当日はわたくしがご案内して差し上げます」


 不自然に上擦った声と早口だったけれど、陛下は俺の誘いを断らなかった。


 「当日が楽しみです」


 俺は自分の正直な気持ちを陛下に伝える。


 「わたくしもです」


 ふわっとした笑顔を見せる陛下は年相応の可愛らしい女の子に見えた。

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