近衛隊長の教訓
月影祭りが近いせいか、最近部下達に落ち着きがありません。こう言う時こそ、近衛隊長である自分がしっかりとしているところを見せて、浮ついている部下達に喝を入れなければ…と思った矢先、陛下から呼び出しがありました。
月影祭りの警備についてでしょうか?今年は例年より多い人出が予想されます。なので、陛下に警備の増員をお願いしようと思っていたところでした。
渡りに船とはまさにこの事です。早速陛下にお願いをと思って、執務室に馳せ参じた私に陛下が投げかけた言葉は意外なものでした。
「ジョルジュ卿、女性から月影祭りの誘いを受けたと言うのは本当かしら?」
点になった目で意識的にゆっくりと瞬きをします。
「まだ、若い頃…結婚する前の話しですが…」
事実なので否定はしませんが、あまり思い出したい記憶ではありません。
「どう言った台詞で誘われたのかしら?」
陛下、宰相補佐官、専属女官の三人が興味津々にこちらを見ている。
どうしてそんな事を知りたいのか予想はできますが、あまり参考になるとは思えないのですがね。それでも聞きたいのなら、お聞かせしましょう。
「…さる、伯爵家のご令嬢がお友達をたくさん連れて、お誘いに来られ事がありましてね…」
自分の言葉を固唾を飲んで聞いている陛下とその二人の部下。
「すでに別の方を誘っていたので、当然丁重にお断りした訳なんですが…」
この時、誘っていた女性が妻だ。
「その伯爵家のご令嬢が泣いてしまいまして、一緒にいたお友達の方々から『ひどい』や『最低』と言った言葉を頂きましたよ」
期待させる方がよりひどいかと思って、丁寧に、しかしきっぱりと断ったら、お友達の方々の罵詈雑言の数々。例に挙げたモノなど、実際に投げつけられた暴言からしたら、可愛らしいモノです。しかも、たくさんのお友達を連れて、『断ったら許さない』とばかりに大人数で圧力をかけてくるのは如何なものでしょうね。やり方が気に入らなかったので、笑顔で斬り捨てました。
「お友達の方々に慰められながら、ご令嬢は帰られました…ですが実はこの話しには後日談があるのですが、聞きたいですか?」
ここまで聞いてしまったら気になりますよね。
三人は首を縦に振って、意思表示をしてくれました。
「その年の祭り当日に、そのご令嬢に『お詫びに』と手作りの菓子を渡されたんですが、それがとんでもない代物でしてね」
そこで一旦言葉を切った。軽く息を吸い込むと、一息に言い切る。
「その菓子の中には睡眠薬が入ってたんですよ。幸いと言ってはなんですが、自分はその菓子を口にしなかったので、無事に意中の女性と参加できました。どうやら彼女達は私を祭りに参加させない為にそんな物を用意したみたいですね」
断られた腹いせに自分を祭りに参加させないように、尚かつ、相手の女性にも待ちぼうけを食らわせて恥をかかせてやろうと考えたらしいですね。こんな悪辣な事する女性の誘いなんて、断ってよかったと本当に思いましたよ。ええ、心から!
「誘うなら、遠回しな言葉では伝わりません。素直に、率直に誘う事をおススメします」
自分の言葉にこくこくと首肯する三人。
「他に御用がなければ、失礼しますが」
「あ、ジョルジュ卿…」
そのまま執務室を出て行こうとする私を陛下が引き留めます。
「はい?」
「祭りの警備の増員についてなのですが…」
うっかり、忘れてしまうところでしたね。私がここに来た目的はそれがメインでした。
最早、どちらがメインかわからなくなりましたが、陛下と祭り当日の警備について細かく打ち合わせをします。
「では、当日はそのように」
「はい、仰せのままに」