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女王陛下と月影祭り


 城内の雰囲気がそわそわと落ち着かない感じになってきた。わたくしの元にくる書類に誤字や脱字と言った些細なミスが目立ち始める。


 「…最近、ミスが多いような気がするのだけれど…」


 気のせいかしら?と首を傾げるわたくしにハリエットがあっさりと。


 「何を言ってるんですか、アンジェリーゼ様。もうすぐ、月影祭りじゃないですか」


 何を今更、と言うようにハリエットが呆れたような声を上げる。


 「そうだったわね」


 月影祭りは一年で一番月が綺麗な夜に行われる祭り。この日は朝から出店が並び、大通りは沢山の人で賑わう。


 出店を見て回るのも楽しいけれど、そわそわと落ち着かない雰囲気なのはこの祭りの夜にカップルで踊ると結婚できると言われているから。だから男性は気になる女性をなんとか祭りに誘おうと知恵を絞り、女性は意中の男性に誘ってもらおうと張り切っている。たまに女性から男性を誘う強者もいるようだけれど、それはあくまで例外ね。


 わたくしも城をこっそり抜け出して出店を見て回ったわ。と言ってもお父様にはバレバレでしっかり護衛が連いていた。その彼らによって日が暮れる前に城に戻されるのだけどね。


 「今年は特に賑わうと思いますよ」


 もうすでに楽しみなハリエットが興奮を抑えられていない。


 「どうして?」


 「アンジェリーゼ様が御結婚されたからに決まってるじゃないですかっ!」


 ドンっ!と机を叩いて、ハリエットが立ち上がる。


 「アンジェリーゼ様が御結婚されて、久々の慶事に王都の民、いいえ、シルベーヌ国中の民が浮かれるのは当然じゃないですかっ!」


 「去年は喪中で、開催してませんし…」とは部屋の隅に控えていたメアリーの言。


 「そうね、浮かれて暴れる民が例年より多くなる可能性は高いわね。なら、警備の兵士を増やさなくてはいけないわね。ハリエット、近衛隊長を呼ぶように言ってちょうだい」


 「も~、違いますよ。アンジェリーゼ様。いえ、警備の増員は違いませんけど…そうじゃなくてですね。アンジェリーゼ様は殿下とお忍びデートしないのかって事ですようぅぅ~」


 違うけど違わないと両手を体の前で細かく上下に動かすハリエット。その一方で、彼女の口から飛び出した『お忍びデート』にわたくしは自分の顔が赤くなった事を自覚する。


 「アンジェリーゼ様は殿下を誘われないのですか?」


 部屋の隅に控えていたメアリーが更にわたくしに追い打ちをかける。


 「わ、わたくしが誘うの!?月影祭りは殿方から誘うものでしょう?」


 「殿下はセレストの方ですから、月影祭りの事を知ってるかわかりませんよ」


 そう言ったのはメアリー。


「いいじゃないですか。アンジェリーゼ様から殿下をお誘いしても」


 わたくしに英雄殿を誘えと焚き付けるのはハリエット。


 「わ、わたくしには仕事が…」


 「私と宰相様でやります。一日くらいなら大丈夫ですっ!」


 仕事を理由に月影祭りの不参加を表明しようとしたら、ハリエットが胸を張って代役を引き受ける。


 彼女の優秀さはわたくしが一番よくわかっている。だからハリエットが言うように一日くらいなら特に問題がない事もよくわかっているのよっ!


 ハリエットは目をキラキラとさせて、メアリーは期待に満ちた目でこちらを見ている。


 「…お声がけくらいは、してみるわ」


 二人の無言の圧力に屈したわたくしは例外となる事が確定してしまった。しかし、誘うならば重要な事があるわ。


 「ところで、誘うってどのようにすればよいのかしら?わたくしに英雄殿を誘えと言うならば、二人共当然、殿方を誘った事があるわよね?」


 にっこりとわたくしがハリエットとメアリーに『いい誘い文句があるなら言ってごらん』と笑顔で脅す。二人はポカンとわたくしを見つめていたけれど、すぐにああだ、こうだと意見を出し合う。わたくしを例外にするのだから、二人はさぞかし素晴らしい誘い文句を持っているのでしょうね。


 「え~と、あ、あの…、そんないい誘い文句があれば自分で使ってますようぅ~」


 思いつかなかったハリエットがギブアップを告げる。


 「いっその事、有無を言わさず引っ張っていけばよろしいのでは?」


 …誘い文句を考えるのが面倒になったわね、メアリー。それは実力行使と言うのではないかしら?


 「さすがにわたくしが英雄殿を力技でどうこうできる訳ないでしょう」


 現実的に無理なので、却下。


 「では、一服盛って、動けなくなったところを縛り上げてから…」


 「ちょっと待ってちょうだい。話しが物騒な方にズレてきてるわ。と言うか、メアリー。貴方、考えるのが面倒になったのと、わたくしが実行したら面白いと思った事を言っているでしょう」


 「バレましたか」


 顔色をまったく変える事なく、メアリーはあっさりわたくしの台詞を肯定する。


 「実際、ハリエット様の言う通りそんなにいい誘い文句があったら、とっくに自分が使ってます。と言うか、お誘いは男性からと言うのか一般的ですから、自分から誘うなんて考えた事がありません」


 メアリーの言葉にハリエットもうんうんと頷いていた。


 殿方を誘った事も、まして殿方に誘われた経験もない三人がああだ、こうだと言っていても、結局『自分達にはどちらの経験もないから、わからない』に着地してしまう。


 「経験のある方の助言が必要なのではないでしょうか?」


 「そうね、その通りだわ」


 メアリーの提案にわたくしも賛成するが、誰が適任者が思い浮かばない。


 「近衛隊長のジョルジュ卿が女性から誘われた経験があると聞いた事があります」


 「それは本当?」


 「はい。以前雑談した折に、そのような事をちらっとおっしゃっておられました」


 本人から聞いた話しなら、信憑性は高い。


 「メアリー、近衛隊長を呼んでくれるかしら」


 「はい」


 わたくしの指示に、メアリーがすぐに動いてくれる。


 あとは、近衛隊長が来るのを待つばかりね。

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