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英雄殿と女王陛下の結婚


 今日は春らしい暖かな風が吹いていて、まさに絶好の日和と言える。

 こんな日は庭の芝生に寝転んで、日差しと風を体中に受けて、昼寝でもしたい。


 しかし、それは叶いそうもない。何故なら俺は今、自分の兄妹や各国の大使に見守られながら結婚式に臨んでいる真っ最中なのだから。


 チラリと横を見ると、真っ白なウェディングドレスを身に纏う女王陛下。表情は薄いベールに隠されていてよく見えないが、多分あの満足そうな笑みを浮かべていると思う。


 あの後、帰国を許された俺は帰るとすぐに父上と兄上に成り行きを説明した。資金援助の条件が俺を差し出す事だと知った二人は俺に同行していたシルベーヌの役人に援助の辞退を申し出ようとしてくれた。

 二人の気持ちは嬉しかったが、なんとか二人を説得し、セレストはシルベーヌから援助を受けた。


 俺がセレストに戻ってわずか数日後には俺と女王陛下の婚約及び結婚が各国に向けて発表され、王族としては異例の半年と言う短い婚約期間を経て今日の結婚式になった。


 シルベーヌの大聖堂で行われた挙式、その後のパレードや披露宴の間、俺はまだどこか現実味のない夢を見ているような心地を味わっていた。


 御祝いを述べに訪れる人達に儀礼的に「ありがとうございます」と笑顔で返事を返すけれど、どこかうわの空。ようやく、人が途切れて一息ついたところで、楽団が曲を奏で始める。


 「ワルツが始まったようですわね」


 隣に座っていた女王陛下の呟きが俺の耳に届いた。すると、俺の目の前に白い手袋をした手がすいっと差し出される。その手を辿っていくと、女王陛下と目が合った。


 「英雄殿はわたくしを誘っては下さいませんの?」


 少しだけ拗ねたような口調で、ダンスをせがむその表情は女王ではなく、年相応の少女に見えて微笑ましくなる。


 「自分と踊って貰えませんか?女王陛下」


 立ち上がり、差し出された彼女の手を取ると、精一杯紳士ぶって女王陛下をダンスに誘う。


 「ええ、よろしくてよ」


 艶然と微笑む彼女と広間の中央に進み出る。

 互いに一礼すると、体に手を添えて、ゆっくりと踊り始める。


 端的に言えば、女王陛下は素晴らしい踊りの名手だった。俺はあまりダンスは得意とは言い難いのだが、彼女の巧みなリードのお陰で様になっている。しかも、俺の方がリードされているなんて気付いている人はいない。それだけ彼女のリードは巧みなのだ。


 「御上手ですね」


 素直な賛辞を口にする。すると彼女は頬を紅潮させ、


 「こ、これくらい当然でしてよ」


 なんの捻りもない俺の賛辞など、言われ慣れているのか女王陛下はツンと顔を横に逸らした。


 彼女の動きに合わせてドレスの裾が優雅に翻り、ストロベリー・ブロンドの髪は蝋燭の灯りを反射して、彼女の周りをキラキラと彩っているようにすら見えた。目を奪われると言うのは多分こう言う事なんだろう。もっと見ていたいと思った俺はその後、彼女と二曲続けて踊ったところで解放してあげられた。


 俺は隅に下がったが、彼女はそうはいかない。三曲続けて踊ったばかりなのに、すぐに男性達から誘われて快く応じていた。疲れている筈なのに、そんな様子は微塵も見せない。

 一曲ずつパートナーを代えて踊る彼女はまさに今日の主役に相応しい存在感だ。


 「ヴィンスお兄様」


 女王陛下と踊った後は壁の花になっていた俺に兄上と妹のミリアリアがやって来た。国王と王妃としての立場上、国を離れる事ができない父上と母上の代わりに兄上と妹が俺の結婚式に参列してくれていた。


 「ヴィンスお兄様、とても大きなパーティーね。私、こんなの初めて」


 社交界のデビュー前の十四歳の妹は初めて参加するパーティーに些か興奮気味の様子だった。対する兄上の方は緊張の方が勝っているみたいだが。


 「本当に大きなパーティーだな」


 国王の結婚だから、国の威信を懸けて金を惜しみなく使い準備されるのは当たり前の事だ。しかし、それにも限度があるし、すべての国王がここまで豪華なパーティーを催せる訳ではない。


 このパーティーで、兄上は改めてセレストとの国力の差を思い知らされてしまったのだろう。


 「お前もこれから大変だな。こんな大きな国の女王陛下を支えていかなきゃいけない」


 「僕には無理だ」とさっぱりした声と表情で、兄上はそう言いきった。兄上は自分にできる事、できない事を知っている。そして、自分が持っている物で満足できる。言わば、足るを知る人だ。その表情に妬みの感情は見当たらない。ただ、隣国だが異国に婿入りする事になった俺の身を案じてくれている。


 「御兄妹でなんの御話し?」


 いつの間にかダンスを切り上げてこちらにやって来ていた女王陛下が横に立っていた。


 「これは、女王陛下…」


 すぐさま礼を取る兄上につられて、俺と妹も礼を取る。


 「楽しんでますかしら?マクシミリアン殿下、ミリアリア様」


 「はいっ。私、こんな大きなパーティー初めてで、どこを見てもすごく綺麗で、キラキラしてて…あ、でも一番綺麗なのは女王陛下です」


 淑女にあるまじき、まくし立てるような口調で喋る妹に、俺は兄上と目配せを交わした。ミリアリアは国に帰ったらマナーの勉強をもう一度基礎から厳しく叩き込まれる事だろう。


 「申し訳ありません、女王陛下。妹はまだデビュー前の半人前です。どうぞ御容赦を」


 妹の不始末は兄である自分の責任と自負している兄上が深く頭を下げる。


 「わたくし、気分を害してなどいませんわ。ミリアリア様はとても素直で可愛らしい方ね。ミリアリア様が義妹になって、わたくし嬉しいわ」


 お咎めなしどころか、女王陛下はミリアリアを気に入られた様子。


 「私も、女王陛下がお義姉様になって下さって、とっても嬉しいですっ!」


 「本当に可愛らしい方ね。わたくしの事はアンお義姉様と呼んでよろしくてよ」


 「ありがとうございます。アンお義姉様。私の事もミリィとお呼び下さい」


 意気投合した女王陛下とミリアリア。しかも愛称で呼び合いながら、ハグし合ってる…


 仲が良いのはいい事だと思いつつ、なんとなく敗北感を感じるの何故だろう?


 夜も更けてきたところで、デビュー前のミリアリアは兄上に引っ張られるように会場をあとにした。兄上に連れて行かれる直前に「アンお義姉様、文通しましょうね!」と約束を取り付けていた。我が妹ながら、なかなかのバイタリティーだと感心すると同時に呆れてしまう。


 「ミリィは本当に可愛らしいわ」


 「妹が気に入りましたか?」


 「ええ。わたくし、ずっと妹が欲しいと思っていましたの。互いに髪の毛を結ってみたり、一緒のベッドで寝てみたりしたかったの」


 姉妹とはそう言うものなのだろうか?すくなくとも、俺と兄上は今よりミリアリアがもっと小さい頃でもそんな事をした覚えはない。


 「あと、お揃いのドレスを着て、庭でお茶会をするのも楽しそうだわ」と多分これからミリアリアを相手にやりたい事を口にする女王陛下は本当に楽しそうだ。そして、口にするからには実行するつもりである事も。


 彼女が計画するそのお茶会のメンバーの中に、はたして俺は含まれているのだろうか?


 入れていて欲しいような、そうでないような、なんとも言い難い複雑な心境。


 「英雄殿、ミリィは何が好きかしら?」


 今からお茶会の実現に向けて、計画を練るおつもりらしい。


 「妹は甘い物が好きですよ」


 なので俺は妹の好物を教えて差し上げる。すると彼女は、

 

 「では、次にミリィが来たら、わたくしが腕を振るって作ったお菓子をご馳走してあげますわ」


 女王陛下お手製のお菓子。


 それはかなり魅力的と言える。なのでやっぱり、俺もメンバーに入っていればいいな…


 その時は是非、誘ってもらいたい。


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