序章
「これが代金でございます」
我が国の財務担当官が、テーブルに乗せた金貨はわずかに十数枚。
テーブルを囲んでいるのは国王である父、跡継ぎである兄、そして第二王子である俺、ヴィンセント。
国の予算と言うにはあまりに少なく、情けなくて笑いすら込み上げてきそうだった。
「すまない、私が王として不甲斐ないばかりに…」
「父上のせいではありません。すべてはグランハルのせいです」
肩を落として項垂れる父上を兄上が慰める。
王族としての体裁を保つ為に必要最小限の物を残して、調度品に装飾品、自分達の服まで売ってこれだけの金額とは…
なぜ、自分達がこんな目にと怒りで腸が煮えくりかえりそうになる。
発端は今から二年前。
我が国セレストは隣国グランハルに攻め込まれた。
それ自体は数年に一度ある事なので、いつもの小競り合いと思い、俺が手勢を率いて返り討ちにするつもりだったのだが、その時は様子が違っていた。
グランハルは国王が代替わりしたばかりで、血気盛んな若い王が家臣達に自分の力を誇示したいばかりにかなりの勢力でセレストに攻め込んできたのだ。
だが、グランハルの目的はセレストではなくその先。セレストの東に広がる大国シルベーヌが本当の目的だった。
シルベーヌはエリアーナ大陸の三分の一を占める広大な国土を持ち、軍事力や経済力で比肩できる国はないくらい強大な国だ。
一方、グランハルも国土こそはシルベーヌの六割程の広さしかないが、軍事大国としてエリアーナ大陸では一目置かれている。
そんな二国間にあり、挟まれるようにあるのがセレストだ。
セレストは小国で、シルベーヌやグランハルが本気を出せば、即日地図から消える。しかし、今までそうならなかったのはセレストがシルベーヌと同盟を結んでいるからに他ならない。
グランハルは自分達が、あと一歩シルベーヌに及ばない事を知っている。だからなのか、何かにつけてシルベーヌに対抗意識を燃やし、張り合ってくる。
シルベーヌはシルベーヌで何かと突っかかってくるグランハルが鬱陶しい。セレストがグランハルに統治されてしまうと、グランハルと直接国境を接してしまう事になるので、それを回避する為にシルベーヌはセレストがグランハルに攻め込まれた際は援軍を出してくれる事になっている。
二年前、圧倒的な兵力の差にセレストはシルベーヌに援軍を要請。すぐにシルベーヌの王太子が援軍を率いて駆け付けてくれたが、グランハルもなかなかしぶとく戦局は拮抗した。
そんな事態を打開しようと、俺は奮戦した。結果として、セレスト・シルベーヌ合同軍がグランハルを撃退。
前線で俺の奮戦を見た兵士がいつしか俺の事を『セレストの英雄』と呼ぶようになっていた。
しかし、この戦は予想だにしなかった後日談がついてきた。
セレストとシルベーヌに返り討ちにされたグランハルは報復として、収穫間際だったセレストの小麦畑を焼き払ったのだ!
けれども、この件に関してグランハルが関与した決定的な物的証拠はない。たとえ追及したところで、のらりくらりと知らぬ存ぜぬを貫かれるのは目に見えていた。
その年、税を免除し、備蓄してあった小麦を出して凌いだ。だが今年、またしても収穫を前にした小麦畑が何者かの手により焼き払われる事態になった。
警戒はしていたのに、さすがに今年はないだろうと甘い考えを持ってしまっていた。
今年はもう備蓄していた小麦はない。セレストは国の蔵を開けて、シルベーヌから小麦を買った。けれど、問題はそれだけに留まらず小麦畑に放たれた火が民家に飛び火して、多くの住民が焼け出されてしまった。
今彼らは国の施設で面倒をみている。春になったら家を建ててやらねばならないと思ってはいるが、その財源がない。
昨年の税の免除と今年の小麦の購入で国庫は空だ。小国な上、もともと税収も高くはない。もし、来年も同じ事を繰り返されたら…じわじわと真綿で首を絞められるようにセレストは国力を削られて、最終的には地図から消えるだろう。
グランハルの思惑通りになるものかと国王である父が下した苦渋の決断。それは、
『シルベーヌに借金の申し込みに行く』
だった。
調度品、装飾品や服を売った代金はシルベーヌまでの旅費。
俺はテーブルに乗せられた金貨を掴んだ。
「俺が行ってきます」
「ヴィンセント」
「幸い俺は二年前に現陛下にお会いして、面識もありますから」
小さいとは言え、一国の国王である父といずれ国王になる兄に他国の王に借金の申し込みで頭を下げさせるなんて事、絶対にさせられない。
「ラスを連れて行きますね」
何か言いたげな父と兄をその場に残し、俺はそれだけ告げると旅支度をする為に自室に戻るのだった。
初めまして、五月堂メイと申します。
遅筆で、更新は不定期になってしまいますが、楽しんで頂けたら幸いです。
どうぞ、よろしくお願いします。