第七話
普段なら爆睡できるというのに、今日ばかりは落ち着くことができなかった。
原因はあの女だ。シーアめ、なんでまたこんなところで出会ってしまうのだろうか。
まだ村にいる、か。
あー、くそ。考えがまとまらん。夕飯でも探しに行ってくるか。
俺が小屋を出ると、こちらに人型の魔物がやってきた。いや、違う。ボロボロで一瞬人かどうかもわからなかったが、彼はリアルだ。
「大丈夫かリアル!?」
「あ、アーク……む、村に魔族が……っ」
「な、なんだって……!?」
魔族といえば、旅人たちが時々他世界で襲われるという人型の魔物のような存在だ。人間よりもはるかに強い魔法を使える人たちだ。
「た、頼む……アーク。村を、守って……くれ……」
「……わかった! おまえは小屋で休んでろ!」
「す、すまない……」
俺はすぐさま森を飛び出し、村へと向かう。
……悪いな、リアル。俺は村よりもシーアのことで頭がいっぱいだった。
無事でいてくれ、シーアっ!
村からは煙があがっていた。
倒れている村の人に近づき、俺はその体をゆする。
「大丈夫か!?」
「あ、アーク……? こ、こんなときにどうしたんだ?」
「助けに来たんだ! シーアはどこにいる!?」
「し、シーア様は屋敷のほうに、いるはずだ……」
がくり、と村人の意識がそこでなくなった。驚いたような顔をしていたのは、俺に戦闘能力があるとは思ってもいなかったからだろう。
屋敷……といえば、領主邸だろうか。ここからでもわかるほどに大きな建物のほうへ走る。
そちらにたどりつくと、シーアがいた。杖を構え、肩で息をしながら一人の男とにらみ合っていた。
男は……魔族だ。灰色に近い肌に、大きな翼や角、尻尾などがある。
周囲には騎士たちが倒れていた。誰一人として、意識はないようだった。
「いい加減、抵抗するなよ雑魚が。さっさとこっちにこい、女」
男が馬鹿にするように笑い、右手を動かす。
とにかく、シーアを傷つけたのがあいつだっていうのなら、許せない。
身体強化を80%にまで引き上げると同時、跳躍する。
「悪いけど、人の命令には逆らえって教えられててね。こっちからも言わせてもらうわ。いい加減、帰ってくれない?」
逆境であっても、シーアの言葉は鋭い。それに対して、男が大きく笑った。
「随分な威勢だが、この状況で何ができる?」
両手を広げた男の背に、俺は足を振りぬいた。
「ぶぼ!?」
悲鳴とともに大地を転がる男。かなり、硬いな。
「大丈夫か!?」
思わず声を張り上げ、シーアを見やる。彼女は驚いたようにこちらを見て、口元をわずかに緩めた。
「ええ、助かったわ。……それにしても、どうしてここに?」
「リアルが来たんだよ。ま、それでな」
「へぇ、そう。それにしても、たいして縁のない女を助けるためにこんなところに来てくれるなんて、あんたかなりのお人よしね」
「まあな、いい人なんだよ俺は」
そりゃあ好きな女を助けるのは当然だろう。そんな恥ずかしいことは口には絶対出せないが。
俺が蹴り飛ばした男は、よろよろと体を起こしていた。
「き、貴様……こ、このロ、ロフト様に、何をしやがった!」
ロフトと名乗った男は、肌を真っ赤にそめ、プルプルと震えていた。
かなり、短気のようだ。冷静さをかいてくれるのなら、戦いやすくていい。
「ただ、蹴り飛ばしただけよ。随分と柔いのね、あなた。それで、伝説の魔族? コスプレなんじゃないかしら?」
「き、貴様……っ! たかが、人間の女の癖に、馬鹿に、馬鹿にしやがって……っ!」
おい、あんまりあおるな。さりげなく、俺の背後に移動するな。
……まあいい。久しぶりに、シーアの元気そうな笑顔が見れてよかった。
俺は身体強化を80%に維持したまま、ロフトをにらみつける。
「それで、どうするんだ? 帰るか?」
「なめるなよ!」
俺が片手を向けると、ロフトは咆哮のあと、地面を蹴った。
速い。一瞬で距離を詰められたが、俺はかがんで攻撃をかわす。彼の腕をつかみ、放り投げる。
俺はロフトを追うように地面を蹴り、ロフトの腹に肘を落とす。
地面に落ちた彼の頭をつかみ、さらに叩きつけた。
「ぐあァァァ!! ふざけるな!」
最初は悲鳴。しかし、次には怒りの叫びと変わっていた。
ロフトの尻尾が揺れた。その攻撃を俺は距離をあけてかわすと、ロフトは地面を踏みつけた。
距離をつめ、振りぬいてきた彼の一撃を片手で受け止める。
「俺のほうが、力は上みたいだな」
「く、くそが……っ。魔族のオレ様が、力で人間に負けるなんてことはありえねぇ!」
ロフトがさらに力を込めてきたが、俺のほうが上だ!
力を入れなおし、蹴りつけて彼の一撃を、跳躍でかわし拳を放つ。
地面を転がったロフトが咆哮をあげる。
油断なく見ていると、ロフトは片手を振りぬいた。彼の眼前で強い風が巻き起こり、その空間が切り裂かれた。
「次は、こうはいかんぞ。人間っ。必ず、殺してやるからな!」
「逃げるのか?」
「黙れ!」
ロフトはその空間へと飛びこんだ。……逃げたってことでいいんだよな?
すっかり静かになったそこで、俺は短く息を吐いた。
シーアを守り切れてよかった。本当にそう思うばかりだ。
「あ、アーク……? おまえ戦えたのか?」
「す、すげぇ……アークが魔族を倒しやがった!」
「あ、ありがとなアーク! おまえのおかげで、俺たちは生きてるんだ!」
みんなが嬉しそうに俺の名前を叫んでいた。
俺がちらとシーアを見ると、彼女は眉間を寄せながら、「アーク?」と首をかしげていた。
「ア……ルク? 助かったわ。あなたがいなかったら、たぶんあたし死んでいたわね」
「そういうわりには、怯えてはいないんだな」
「別に死ぬのは怖くないもの」
そういって、シーアがはにかんだ。……そんなことを口にするのは、叱りつけたかったが、俺も別にそんな立場じゃないしな。
次の瞬間、シーアは俺の胸元をがしっと掴んできた。
びりっと安物の服が破けた。いやん、じゃなくてっ!
「あなた、そのネックレスは」
……シーアがくれたネックレスだ。
「……あなた、あたしの騎士だった、アーク、よね?」
「あー、いやその」
今さら、誤魔化せるはずもない。というか、シーアの目尻に涙が浮かび、誤魔化す気もでなかった。
「ああ、そうだ。その、悪い……アークだ。おまえの騎士だった」
「……アーク!」
くしゃりと顔をゆがめ、シーアが飛びついてきた。
わずかに膨らんだ柔らかな感触が当たったり、なんかいい匂いとかして、訳が分からなかった。
シーアはばんばんと、俺の胸を何度も何度も殴りつけてくる。
どうすることもできず、俺はただただ彼女のそれを受け止めた。