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第六話

「さっきのあなた……一体どんな魔法を使ったの? ベアウルフを殴って倒していたわよね?」

「いやいや。俺は魔法なんて使ってないよ。さっきのは身体強化だって」


 俺の言葉にシーアが目を見開いた。


「ただの、身体強化?……本当に!? おかしいくらいに強いわね」

「そうなのか?」

「ええ、それなら、固有魔法による強化はもっと凄いのかしら?」

「……あ、ああ。まあ、そうかもな」


 ここで、固有魔法は持っていないとは言えない。

 リアルに何も言うな、と視線で制しながら答える。


「というか、俺の身体強化なんて固有魔法使いの人たちと比べたら微妙なものじゃないのか?」

「あんな風に動けるレベルの人なんて、数えるほどだと思うわよ?」

「そうなのか? けど、俺の師匠はもっと強いし」

「……師匠? それって、もしかしてグルド?」

「あ、ああ」


 その瞬間、シーアが驚いたように目を見開いた。

 ……やっぱり、俺の身体強化は普通じゃないのか? グルド、どうなってるんだよ?

 しばらく俺たちは適当に話をしていく。

 そうしながらも、俺はシーアを盗みみた。


 彼女の名前はシーア・リシェールだそうだ。

 つまり、彼女は紛れもない、俺の初恋の相手なのだ。

……ていうか、今も普通に好きなんだが。


彼女がこうして話しているだけで、心がどきどきする。隣にいて、愛想笑いでも浮かべてくれるだけで、たまらないくらい幸せだった。時々、シーアと目が合うと、心臓が跳ねた。

 しばらく歩いていると、リアルも話題が思いつかなくなったのか、沈黙が場を支配する。

 俺は口を閉ざすしかない。下手なこといって、シーアに疑われるのは嫌だった。


 リアルが何か話題ない?? と目で訴えかけてくる。

 いやいやそれを俺に聞くか?? もう森で暮らして長いんだ。人との距離の取り方なんて忘れたぞ。……仕方ない、学生時代を思い出してみようか。やべぇ、シーアにこき使われた記憶しかねぇ。

 横目でちらと見ると、シーアと目があった。


「なにかしら??」

「いや、なんでもない」


 それにしても、本当に可愛い……。昔のシーアも可愛かったが、今はその何十倍という可愛さだ。

 俺の脳よ。何か気の利いた会話を思いついてはくれないか?

 ダメそうだ、まったく何もわからん。強化を100パーセントまであげる。めっちゃ疲れただけで何も思い浮かばなかった。


「あなたってどうしてこの森で暮らしているの?」

「まあ、その……あんまり人と関わりたくなくてな」

「なんでまた?」

「人間と関わるのって面倒だろ?」


 ……それに、少し怖い。悪意を散々ぶつけられてきた。……だったら、初めから一人でいたほうが気楽だ。


「確かに面倒ね」

「それを貴族様が言っていいのかよ?」

「あら、そうね。なら今のは聞かなかったことにしておきなさい」

「忘れられる気がしねぇよ」

「忘れなさい」

「へいへい」


 そう返事をしていると、シーアがこちらをじっと見てきた。


「どうした??」

「いえ、なんでもないわ。少し、昔を思い出しただけよ」


 ふっと笑ったシーアの笑顔は、なんだか悲しそうに見えた。その表情の意味は分からなかった。

しばらく歩いていくと、シーアから声をかけてきた。 


「あたしが村に来ていた理由ってわかる?」

「知らねぇな。それに、なぜか森にいた理由もな」

「森にいたのは迷子よ。村にいた理由は、あたしのパートナーを探していたからよ」

「……パートナー」

「ええ、そうよ。リシェール家の女性はみな騎士――じゃなくてパートナーを任命し、身の回りの世話を任せるのよ。それを探しに来たの」

「……へぇ」

「ついでに、旅人トラベラーとして、仕事してもらう相手ね」


 久しぶりに聞いたな旅人トラベラー


「旅人は知っているかしら?」

「聞いたことはある、な。ただ、もう長いこと森で暮らしているから、俺の知っている旅人と変わっているかもな」

「そう変化しているものでもないわ。ただ、そうね。誤解もあるだろうから、簡単に話してあげるわ」

「ああ、頼む」

「この世界に残っている魔力について、知っているかしら?」

「ああ」


 人々は当然のように魔力を消費しているが、これらは使えば使うだけ、世界から減っていく。

 人間は空気中の魔力を取り込み、それを体内で自分の肉体にあった魔力に変換して、魔法を使っている。

 要するに、空気中の魔力が枯渇すれば、魔力の供給ができなくなるため、魔法が使えなくなる可能性があった。


 それらをシーアに伝えると、彼女は満足げにうなずいた。


「ええ、そうよ。今のペースで魔法を使い続ければ、あと50年ほどで魔力がなくなって、魔力をエネルギー源にしているものが使えなくなるわ」


 俺たちの日々の生活を支える魔道具も、燃料は魔力だ。

 あと、50年か。


「魔力を回収するために、旅人がいるんだもんな」

「ええ、そうよ」


 この世には、いくつもの並行世界がある。そして、並行世界にいる人々は、自ら魔力を生み出せるのだ。

 魔力が生まれる瞬間、それは人々が幸せを感じたときだ。だから旅人たちは、並行世界へと行き、その世界でもっとも魔力を生み出せる存在を見つけ出し、その人を笑顔にする。

 そうすることで、大量の魔力が生み出される。旅人は生み出された魔力を魔石に回収し、この世界に持ち帰るというわけだ。


 ……よく、知っている。昔、俺が貴族の家にいたときは、そんな旅人になるために毎日鍛錬をつんでいたんだ。

 並行世界で、魔力を生み出す存在の願いを叶えるには、多くの場合戦闘が関わってきた。

 ある魔物を討伐したい、強くなり、俺と戦ってほしい――などなど。そういった事情があるため、この国では強い魔法、珍しい魔法の所持者が優遇されがちだ。


「あたしも、旅人として仕事をする必要があるわ。だから、あたしのパートナーを探しているってわけ」

「……騎士ってさっき言いかけていたよな??」


「ええ、そうね。……あたしの騎士は昔に死んだの。彼以外を騎士にするつもりはないのよ。だから、パートナー」


 死んだ、か。そういったシーアの表情は、何を考えているのかわからない冷たい表情だった。

 何も言えずにいると、森の出口、リフィル村までの街道が見えた。


「あれがあなたの家??」

「……ああ、まあな。おまえが探しているグルドもいる。俺の父親だ」

「そうなのね。まあ、グルドはいいわ。今はあなたに少しだけ、興味が沸いたわ」

「俺に?? なんだ??」

「あなたをパートナーにしたいと思ったわ。気楽にやれそうだわ」


 そんな、シーアの言葉に昔を思い出していた。頭をがつんと殴りつけられたような気分だった。


「そりゃあうれしいが、俺は――」


 返事に迷った。今の俺は実力に申し分ない?

 本当にそうなのだろうか? みんなはあれこれ言っているが、俺は本当に強くなれたのか?

 旅人として仕事をしていくとしたら、命に関わることもあるんだ。


 旅人が、並行世界から戻ってこなくなった、なんていう話はたくさん聞いたことがある。

 シーアが死ぬかもしれない……そんなのは絶対に嫌だ。

 彼女の隣にいたい。けど、俺のそんな想いのために、彼女を危険な目にあわせたくはなかった。


「……ここで生きていくつもりだ」


 俺の返答に、リアルが驚いたように目を見開いた。


「……あ、アルクいいのか?? シーア様のパートナーっていえば――」

「リアル、だったかしら?? 余計なことを言うのはやめてくれない?」


 シーアはきっとリアルを睨みつけた。昔から、彼女は権力とかそういう話題が嫌いだったからな。

 リアルが「申し訳ありません」と慌てた様子で頭を下げていた。シーアは俺を見て、首を振った。


「考えが変わったら、村にきてちょうだい。まだしばらくいるわ」

「……ああ、まあ、考えておくよ」


 シーアとリアルが去っていく背中を見送った。

 何の魔法も持たない、この世界でもっとも弱い人間。だから、無能者と呼ばれていた。

 身体強化はかなりのものらしいが、所詮固有魔法は持っていない。


 俺は上着で隠すように身に着けていたネックレスを取り出し、握りしめる。

 ……偽名、適当すぎたな。やることもなくなったので、小屋に戻る。


 普段なら苦戦することのない魔力操作の訓練も、今日だけはうまくできない。

 原因はあの女だ。シーアめ、なんでまたこんなところで出会ってしまうのだろうか。

 あいつは本当に、勝手な奴だ。勝手で……だけど、やっぱり、俺は彼女のことが好きなんだと思った。

 まだ村にいる、か。


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