第五話
六年ほどが経過した。俺もすっかり成長し、だいぶ戦えるようになった。
この森から外に出ていないので、どれくらい強くなったのかはわからないが、とりあえず生活できる程度にはなった。
もう一生ここで生活していく気持ちだ。
……人と関わるのも大変だからな。ここでなら、そういうことをあまり気にしなくても済む。
小屋がノックされた。……あまり、というのは近くに村があって、時々グルドに用事があって訪れるからだ。
ドアを開けると、予想通り、村の人だ。
村長の息子……リアルだ。彼は少し困った顔をしていた。
「アーク……グルドさんはいないのか?」
「あーみたいだな」
昨日の夜まではいたんだが、また旅にでも出てしまったのだろうか。
「……そうか。それは少し困ったな」
「何かあったのか?」
「……いや、その。村に滞在していたシー……あー、貴族ってわかるか?」
「おまえ、俺をどんだけの田舎者だと思っているんだ」
「いやいや、一応な。まあ、その。貴族の令嬢様が村から消えてしまってな。……お付きの人たちが探しているんだ」
「それで、グルドに探してもらおうとしていたってわけか」
「そうなんだ。……まあ、仕方ない。僕たちで探して――」
「いや、俺が代わりに探そうか?」
「へ? えーと……すまない。確かアークは魔法を持っていなかったんだよね?」
「ああ、そうだけど。魔力を探知するくらいならできるから……とりあえず、森にいないかどうか調べてほしいんだよな?」
「……あ、ああ。ぐ、グルドさんの探知って魔法じゃなかったのかい?」
「それはわからないけど……俺の場合は、無理やりな探知だからな」
周囲の魔力を意識する。初めは近場だけだったが、ゆっくりと身体強化とあわせてその範囲を拡大していく。
魔物の魔力は放置し、人間の魔力を探していく。
……あった。
「人間の魔力が一つあったけど、誰か村人が森に入る用事はあるのか?」
「……な、ないね」
「それなら、もしかしたらこの魔力かもな。ちょっと行ってみるか」
「僕も行こう。キミに押し付けるのもね」
「そうか。そんじゃ行くとするか」
小屋から外に出て、俺は地面をけりつける。近くの木に飛び移った瞬間だった。
「な、なにをしているんだアーク!?」
「へ? い、いや……別に身体強化を使っただけだけど」
「なんだその身体強化は! ふ、普通じゃないよ!?」
「……普通じゃない?」
そういえば、村の人たちの前で魔法を使ったのは初めてだったな。
俺がある程度戦えるのがわかれば、村人に頼られるかもしれないというわけで、グルドが気をきかせてくれていた。
俺が一人でひっそりと生きられるように、な。まあ、俺は別にそんなの気にしたことはないんだけど。嫌なら、嫌と断るだけだし。
「けど、みんなこのくらいはできるんじゃないか?」
「できないよ! 僕の身体強化を見てみるかい!? どうだ!?」
彼は身体強化を発動した。……しかし、あまりにも質の悪い強化だ。
「……本気でやってるのか?」
「やってるよ!」
……嘘、マジで?
けど、グルドは俺の身体強化がおかしいなんて何も言っていなかったぞ?
まだ、なんともいえない。リアルがたまたま身体強化が苦手なだけかもしれない。
「それじゃあ、一緒に行くか」
俺はリアルをお姫様抱っこして、木に飛び移って移動していく。
「……アーク、僕を軽々持ち上げて、それで運ぶなんて普通じゃないんだよ?」
「そうなんだな」
あとでグルドに聞いてみるしかないだろう。それか、自分の目で外の世界を見てみるくらいか。
魔力が動くほうへと移動していく。
まったく、グルドがいれば押し付けるんだがな。村の人たちは、みんな良い人だ。……けど、俺はあまり関わりたくなかった。
グルドの奴はどこに行っているのやら。最初の一年くらいは一緒にいることが多かったが、最近はよく出かけている。
いびきはうるさいし、体臭も最近増してきたからいないほうが気楽なんだけどなっ。
「……ん? リアル、まずい……魔物が人間の近くにいる!」
「なんだって!? 急がないと、僕のことはいいから早く令嬢のところにっ!」
「いや、身体強化を60%にまで引き上げる!」
「ろ、60%……?」」
言ったとおり60%まで引き上げる。
それによって、木から木への移動が楽になる。
「……あ、アークなにを言っているのかさっぱりなんだけど?」
「いや、身体強化による強化具合のことなんだが」
「それが60%ってことかい?」
「ああ。普段使用していないときを0%としてな。俺は最高100%までは使えるが、それ以上は体に負担がかかるんだよ」
「……いまが、60%。僕を担いでいたときは?」
「20%だ」
「あ、あれで……」
リアルが驚いたように目を見開いていた。
人と魔物が向き合っているのが見えた。
「令嬢だ!」
「よし、ビンゴ!」
俺は着地と同時に、魔物の背後へと移動する。
魔物が振り返るより先に、背中に拳を叩きこむ。
魔物は目をも開き、そのままばたりと倒れた。
「森最強のベアウルフを一撃で――!?」
リアルが驚愕の声をあげている。……確かに、倒れた魔物を見るとベアウルフだった。
オオカミのような顔をした魔物だ。この森で一番強いのだが、それでも余裕で倒せるほどだ。
貴族の令嬢はほっとしたように息を吐いている。美しい桃色の髪、どこか見覚えのある顔に俺が眉根を寄せていると、リアルが彼女に近づいた。
「し、シーア様ご無事ですか!?」
し、シーア……っ!? 彼女の顔をじっと見る。
た、確かにシーアが成長したらこんな感じかもしれない。滅茶苦茶美人で、俺の心臓が高鳴った。
と、女性もこちらを見ていた。しばらく見つめあっていると、間にいたリアルが困ったように俺と彼女を見比べていた。
「ど、どうされましたかシーア様?」
「い、いえ……なんでもないわ。……助かったわ、ありがとう」
偽物か? シーアが素直に謝罪するなんて……。
いや、ただ単に成長したのかもしれない。だとすれば、嬉しいような少し寂しいような……。
「とにかく、よかったです。ここは危険ですから、村に戻りましょう」
「そうね……そちらの、方は?」
「彼はこの森で暮らしているアー――」
「アルク、だ」
俺は反射的に名前を偽って名乗る。彼女は、気づかないかもしれない。
けど、アークとはいいたくなかった。