第四話
発表会が終わった翌日。
あたしはいつもの通り、アークを呼んだのだが、アークがやってくることはなかった。
……おかしい。いつもなら、呼べばすぐに来るのだが。まったく、人の言うことを聞けないなんて、お仕置きが必要ね。
あとで食事に付き合ってもらうことを考えながら彼の部屋を訪れたのだが、そこには誰もいなかった。
使用人たちに訊くと、アークが屋敷に戻ってきていないことがわかった。
……まあ、色々あるんでしょうね。貴族の立場を守るのは力だけ――。
その力である魔法がなければ、貴族の立場だって失いかねない。
しばらく、アークは家に戻っているようだ。まあ、色々終わればまた戻ってくるでしょう。
なんだって、あたしの騎士なんだから。
それから一か月。彼が家にやってくることはなく、あたしはアークの家であるキルニス家へと向かう。
そこで知ったのは、すでにアークという人間がその家から抹消されていることであった。
……ここまできて、ようやくあたしはすべてを理解した。
貴族というものは、気に食わない人間を、最初からいなかったことにするほどだったということを。
「アークはどこに行ったのよ?」
あたしはキルニス家の当主である、アークの父を睨みつけながら問う。
彼は心底驚いたような顔で首を傾げていた。
「わかりません、シーアお嬢様。我々も驚いているくらいなんです。シーア様に何も伝えていないとは……まあ、あんな力をもたない息子よりも、どうでしょうか? イケを新たな騎士にするのは? 我が家で一番の才能をもっています。あんな息子よりも役に立ちますよ」
「そんな奴じゃ、アークの代わりにはならないわ」
父とともに笑顔で頭を下げてきたイケとやらは、あたしの言葉に目を見開いていた。
……本当にみんな。力がどうたら、魔法の力こそすべてだなんだとうるさい。
「シーア様は、アークに才能があると思い、雇用したのですよね? ですが、実際は力がなかったから解雇にしたのではありませんか?」
「才能がある? そんなの気にしたことなんてないわよ。一緒にいて楽しい奴だからよ」
「……それはまたご冗談を。あなた様の家こそ、まさに力を重要視しているではありませんか」
ははは、と笑ってきたアークの父を蹴ってから、あたしはその家を去った。
……話が通じない。これ以上ここにいてもアークの情報は得られそうにない。とはいえ、何も調べないのもあれなので、一応使用人に調べるように指示は出しておく。
そう、あたしが騎士にするのは、話があう相手だけだ。
四六時中いることになる相手なら、そういう相手がいいに決まっている。
実際アークは家柄とかそんなの気にしない接していて楽しいやつだった。
本人自身があまり貴族らしくないのだ。
どこか大人びていて、大人たちの言葉にとりあえず従うふりをしてみせる。けど、実際あたしと仲良くなろうと下手にでたり、あたしに取り入ろうと尻尾をふることも特にない。
たぶん、彼は貴族としては生きにくいだろうな、と思った。けど、だからあたしは気に入ったのかもしれない。
……そんなアークだったから、指名してやったのに。
……これからもずっと一緒にいるのだと思っていたのに――。
すべてが憎かった。
あの魔法の鏡から、あたしの計画のすべてが狂った。あとで割ってやる。
家へと戻ってきたあたしはすぐに父のもとへと向かう。
「親父、アークについて話をしたのはあんたよね?」
「……親父じゃなくて、お父様と呼べと何度言えばわかるんだ」
「何度言ったって親父は親父よ。そんで、どうなのよ」
「ああ、そうだ。彼の家は、可愛いシーアの騎士になるにはとてもじゃないが身分不相応だからね。実力があればまだあれだけど、彼の場合は実力だってないんだ。解雇以外の話はないだろう」
「あっそ……最悪」
「それに、だ。アークだってこのまま貴族を続けるのは彼のためにもならないだろう。実力がないのに、キミの騎士を続けていたってね。どうせ周りに潰されていたよ。いや、彼の性格ではきっと実力があってもキミの騎士なんて立場は無理だろうね。もう少し、おしとやかになったらどうだシーア。さすがに、わがままがすぎるよ」
「それがあたしなんだから別にいいでしょ。母さんみたいにあっちこっち笑顔振りまいて、心労でぶっ倒れろって言いたいの?」
「母さんは別にそれが原因じゃない」
「どうだか」
あたしはこの人が嫌いだ。だから、彼の希望は何も聞かない。
父を睨みつけて自室へと戻る。それから、静かになった部屋でため息をつく。
……一日が長い。アークが来てからはこんなことはなかったのに。
アークはどうして、あたしのところに「助けて」って言いに来てくれなかったんだろうか。
家を追い出されたって、あたしがいくらでも手を指し伸ばしてあげるのに。騎士は無理でも、使用人として、ずっと傍にいてもらうことだってできたはずだ。
なのに、どうして――。そんなときだった。ぽつりと一つの考えが浮かんだ。
……本当は自分と一緒にいたくなかったのではないだろうか。大人たちがこれ幸いとアークを外し、別の騎士を勧めるように、アークもまた、この機会を利用して、あたしの元から離れたんじゃないかしら。
そんなことはありえないわ。あたしは、可愛いんだし、こんな子に仕えられるなら――普通の貴族なら、喜ぶわよね。けど、普通の男なら絶対嫌がるはずよ。
あたし、わがままで、それに、意地悪なことも言っちゃうし。
昔から、自分に迫ってくる人が多く、そいつらが虫けらにみえていたために、そんな態度をとるようになってしまった。
アークに対しては、そんな気持ちで伝えたことはない。
彼に対してだけは、ただただ冗談を言うような気持ちだった。それこそ、仲の良い友人に接するように――友人以上のつもりで。
アークは嫌だったのかしら? ……そう、よね。嫌に決まっているわよね。
しばらく部屋に引きこもり、あたしはアークのことを考えていた。けど、アークともう会えるわけじゃない。
……それに、あたしにだって原因はあるかもしれない。見つけ出して、「おまえのところに帰りたくない」といわれたら、たぶんあたし首をつる。
だから、アークを探すことはやめた。一緒にいたい気持ちはある。
……けど、それがアークにとって嫌だという可能性が少しでもあるのなら、あたしはアークを探さない。……あたしが弱いから、彼に真実を聞くだけの自信がなかった。
……きっとあたしは素直にはなれないから。アークと出会ったら、また彼のやさしさに甘えてしまうだろう。
アークの行方がわからなくなってから一年がたち、あたしは人前に顔を見せる程度には元気になった。少なくとも表向きは。
けれど、決して他者を近づけることはしなかった。
家の評判とかあたしはもう本当にどうでもよかった。
そんな生活を四年ほど続け、十五歳になった日。父に呼び出された。
父は非常に怒った顔をしているが、それはあたしも同じだろう。
「いい加減、自分の騎士を決めたらどうだ」
父がにらみつけるように言ってくる。
我が家は何人もの力ある人間を生み出している家だ。……ただ、あたしには戦えるだけの魔法の力はなかった。それでも、家の立場を利用すれば、優秀な騎士をつけ、それなりの成果を残せるだろう。
父としても、その成果を残し、あたしの将来の結婚相手などを選んでいこうと考えているはずだ。
はっきりいって、将来なんてどうでもよい。あたしにとって、父は大嫌いな人間だからだ。
彼が真っ先にアークを否定したからだ。
「そうね」
「話を聞いているのか?」
「わかったわよ、探してみるわよ。ただ、あたしが目で見て自分なりに納得できる相手以外は絶対に嫌よ」
「……そうか。それなら、何人か候補は上げている。実際にあってみるといい」
父が見せた写真には、何人もの男が映っていた。それはまるで、お見合いでもしているような感じだった。
かたっぱしから否定していった。別に父のメンツをつぶすためにとかではなく、ただただ、興味がなかったのだ。
……そうやって色々な人と会っていく中で、わかったのだ。
――もしかしたらあたしはアークに一目ぼれしてしまっていたのかもしれない。彼と話しているときだけはなぜか異常に楽しかったからだ。
出会った時なのか、騎士にしてからなのかはわからないが、どちらにせよ。
あたしはアーク以外で楽しいと思える人間はいなかった。
父の用意した男たちが終わったところで、あたしは旅をするようになった。騎士をつけることもあったが、馬車を抜けだしたりして、とにかく一人で自由な時間を楽しんだ。
……またどこかで出会えたら、そのときは素直になれるのだろうか?
――たぶん無理ね。あたしってそういう人間じゃないし。