第三十七話
学園長とともに、廊下を歩いていく。
その後ろをついていくのだが、リーベは学園長をチラと見て、少し緊張している様子だった。
珍しい反応だな。
すでに魔法は衰えているだろう学園長だが、 こうして背中から見えるだけでも十分な力が感じ取れる。
一言も話さないまま、学園長とともに向かったのは、ある一室だ。
学園長室と書かれたその部屋へと入り、後ろ手で扉を閉めた。
学園長が奥の豪華な席に座る。
右の隣には、いくつかの賞状が置かれていた。それはすべて学園長が残した功績を評してのものだろう。
左の棚には、本がずらりと並んでいた。わずかにあった隙間には、魔物の木彫りなどが置かれている。
普段の学園長の人となりが少しだけわかる部屋を眺めていると、
「座ってくれて構わないよ」
テーブルを挟んでソファが二つ、並んでいた。俺が座るとシーアが隣に、リーベはテーブルに置かれたお菓子に目を輝かせ、座ると同時にすでに手を伸ばしていた。
……学園長に緊張していたのは一瞬だけのようだ。
「まずは、三人共。よく戦ってくれた、ありがとう」
俺は口を閉ざし、シーアを見る。
俺の立場はあくまでシーアの騎士。前に出るつもりはなかった。
そして、リーベは学園長に返事が出来る状況じゃない。急いで食べたクッキーを喉につまらせていた。
バカかこいつは。
「とはいいましても、魔石で話したとおりです。たまたま、アークのスキルの相性が良かっただけでした。……普通に戦っていたら、我々の被害も尋常なものではなかったでしょう」
「運も実力のうちだよ、シーアくん」
学園長はそういって微笑んでから、ちらと俺を見てきた。
「三人――特にアークくんのランクをあげようと思っている」
「なんですと!」
反応したのはこれまで黙っていたリーベだ。
彼女は学園長を見て、思い出したように緊張した。
「シーアくんは、確かにいける依頼の幅は狭いが、その治癒魔法は我々の想像以上に、優れている。……今回もシーアくんがいなければ、もしかしたら、全員無事には戻ってこれなかったかもしれない」
「……ありがとうございます」
シーアは褒められてはいたが、どこか難しい表情だった。
学園長の言葉を噛み砕くのなら、旅人としては難しいと言われているんだからな。
「シーアくんのランクは、アークくんと活動をともにするということでDランクにしようと思っている。二人共、問題はないか?」
俺たちを見てきた学園長に、一度シーアと向き合う。
……学園からシーアと一緒にいることを認められた。
これはもう、学園公認ということでいいよな?
「アーク、どうよ。あたしと一緒に仕事をするのは?」
「家でも学園でも、お嬢様から離れられないみたいだな」
とりあえず、学園にいる間は一緒にいられる。ならば俺はうなずく以外の選択はない。
俺の返答に、シーアは腕を組み、学園長を見た。
「わかった。それじゃあシーアくんのランクはそれでいい。……次はリーベくんだ」
「わ、わたくしですのね!」
すでにお菓子は食べつくされていた。シーアがそれを見て、眉尻を引きつらせ、リーベを睨んでいる。
シーアも一つくらいは食べたかったのかもしれないな。
「キミは、どうだい? 少しは落ち着きを覚えたかい?」
「わたくし、落ち着いていますわよ!」
「……」
ちらと学園長が俺たちを見る。
シーアはふっと口元を緩めた。
「落ち着きはありませんでしたが、命令に従うことくらいはできました」
……おぉ、お嬢様がリーベを褒めたぞ。
しかし、リーベはむきーっと腕を振り回している。
「シーア! ここは嘘でもいいですので、わたくしを褒めてくださいまし! ランクさえあがってしまえばこっちのもんですわ!」
「それを大声で言ってもいいのかしら?」
「ダメでしたわ! みなさん、今のは聞かなかったことにしてくださいまし!」
リーベが両手を合わせる。学園長がふっと表情を緩めた。
「とりあえず、リーベくん。キミのランクはCにしよう。二人とこれからもうまくやるんだ」
「わかりましたわ!」
「……待ってください学園長。私達三人でチームを組むのですか?」
チームとは、冒険者たちのパーティーと似たようなものだ。
他世界へ魔力の回収に行くにしても、普段から慣れた相手のほうがやりやすいだろう。
だから学園では、親しい人間同士のチームを作ることになっている。
「ああ、そうだ。三人の相性は良いと思ったんだが、どうだ?」
「学園長、あたしとリーベは難しいと思います」
「つまり、アークくんとならオーケーと?」
「……あたし、組める人がいません」
泣くぞ。
苦笑する学園長がリーベに視線を向ける。
「リーベくんは構わないだろう?」
「もちろんですわ! 二人の面倒を見てあげますの!」
「見るのはあたしたちじゃないかしら? ねえアーク」
「……そうだな。問題児二人を抱えるのはちょっと大変そうだ」
「誰の、面倒を見るって言いたいのかしら?」
リーベと一緒にするな、とばかりにシーアが睨みつけてくる。
俺が逃げるように学園長を見やる。
「学園長。俺たち三人で一緒に行動するのはわかりました。それで、俺のランクはどうなるんですか?」
「ああ、キミはAランクにしようと思っている」
「え?」
驚いたように声をあげたのは、シーアだ。
「Aランク!? いきなりですの!? ずるいー!」
リーベが学園長に抗議するが、学園長はそれに首を振った。
「それだけの才能があると、私は思っている。今回、参加したBランクの人たちもアークくんたちを高く評価していたからね」
そうだったんだな。
さすがに学園長の独断だけではないということか。
評価されることは悪いことではないだろう。
「立場が人を育てるとも言うんだ。仮に、今足りないとしても、Aランクにふさわしい人間に成長できると思っている。アークくん、どうする? 嫌なら、考え直すが」
……嫌なわけがない。
正直いって、高ランクになってあれこれ面倒に巻き込まれるのは勘弁だが、シーアのためにも俺は最強になると決めている。
「構いません」
「そうか。それならアークくんはAランクだ。私からの話は以上だが、君たちからの話は何かあるか?」
ちらとシーアを見ると、彼女は立ち上がり、一つのケースを取り出した。
それをあけた学園長が顔をしかめた。
「……これは薬、かね」
「はい。犯人が持っていた薬になります。いくつか、アークが回収していたのですが、念の為直接渡しておこうと思いました。これを使ってからの敵は魔力が膨れ上がっていたんです」
「魔力を強化する薬、か」
「心あたりがあるんですか?」
シーアはじっと学園長の顔を見ていた。……確かに、先程の学園長の表情には驚きよりも、意外、といった様子があった。
さすがシーア。そのあたりに機敏だな。
「……まだ公表はされていないが、そういった薬が出回っているというのは聞いているんだ。幻覚の症状などが出る人もいるそうだ」
「明らかにおかしい様子だったのは、薬の影響でしょうか」
「かも、しれないな。……ただ、どちらにせよだ。彼があそこまで計画的に動けるはずはないんだ。……裏で誰かが手を引いているかもしれない」
「裏で、ですか。まさか、それは……魔族でしょうか?」
「旅人の邪魔をするといえば、彼らかもしれないが、そのほかの可能性もある。計画を邪魔されたことを逆恨みしているかもしれない。三人共、気をつけておくんだ」
学園長は薬を引き出しにしまう。
「他にはなにかないか?」
俺たちは顔を見合わせてから、首を振る。
「それじゃあ、これで解散だ」
学園長がそういって、俺たちは敬礼を一度してから、部屋を去った。




