第三十五話
その場にいた、全員が俺を見ていた。
呆然とした様子で俺を見ていた彼らに、俺は殴りつけた拳を軽く振ってから、倒れた男を睨みつけた。
「全員、体の中だけでできる魔法は作れるか?」
「な、中だけ? どういうことですの?」
……リーベの魔法外装もそうだが、基本的に魔法は外から体を補助するようだな。
だが、身体強化は違う。体の内側から強化する魔法だ。
「外に出る魔法はすべて破壊されるけど、内部だけの魔法なら維持できるみたいだ。つまり――」
「アークの身体強化は、問題ないってことね……っ」
シーアがそういって、嬉しそうに口元を緩める。
スカートについた土を払いながら、すぐに視線を倒れている三人に向けた。
「アーク……あんたに任せていいわよね?」
「ああ、あいつの相手は俺がやる。三人を連れて、回復できる場所まで逃げてくれ」
「……ええ、わかったわ。危なかったらあんたも逃げなさいよ」
「わかってる」
俺が逃げて、シーアたちを追いかけられたらどうするんだってんだ。
たとえ、死ぬことになってもここで戦い続けるつもりだ。
シーアたちが三人を回収しようとすると、そちら側に強盗が動いた。
「おまえの相手は俺だ」
その間に割り込んで、強盗の腹を蹴り飛ばす。
今の強化は80パーセントだ。さすがに、100パーセントを使い続けるほどの余裕はない。
吹き飛んだ強盗は地面を二度三度転がって、よろよろと体を起こした。
「ガァ!」
苛立ったような声で叫ぶ強盗へと、俺は距離を詰める。
「どうしたんだ? その程度か?」
「…………ガァァ!」
持っていた剣を振り下ろしてきたが、すでにそこに俺はいない。
背後に回り、裏拳のように殴りつける。
よろめいた強盗が剣を振り回すが、それをすべてかわし、その反対に回って、拳と蹴りを叩き込む。
よろよろと後退した強盗は、荒らい息をつきながら、ポケットに手を突っ込んで何かを口に放り込んだ。
「……薬、か?」
それは、一度にとても口にしてはいけないような量の薬だった。
いくつかが地面にこぼれ、俺はちらとそれを見ていると、強盗からあふれる魔力が跳ね上がった。
「魔力を強化する薬……けど、そんな都合のいいもの聞いたこともねぇな」
同時、強盗が大地を踏みつけこちらへと突進してきた。
速い。
かわすのに集中しながら、俺は落ちていた薬を回収する。
これはあとで学園にでも提出すればいいだろう。
まずはこいつだ。
これがどうやら彼の本気らしい。ただ、振り回す剣はでたらめで、技術なんてものは皆無だ。
体の動かし方だって、力はあっても無駄だらけ。
それこそ、魔物でも相手にしているようだ。
「……終わらせてやるよ」
強盗が剣を両手に握り、頭上から振り下ろす。
俺はそれにあわせ、回りながら蹴りを放った。
強盗の手にあたり、剣を弾く。空中を舞った剣を、強盗は一度見てから、俺へととびかかってくる。
その顔にもう一度蹴りを叩き込む。瞬間的な100パーセントの強化。
吹き飛んだ強盗は近くの木に背中を打ち付け、動かなくなる。
捕獲ができれば、という話だったな。
これで、終わりだな。
俺は強盗の近くで落ちていたネックレスを掴もうとして、手を伸ばす。
その瞬間、男の目がぎょろりとこちらを見て、がしっと俺の手を掴んできた。
「ガァ!」
「もう終わってるんだぞ?」
噛みついて来ようとした彼の頭を掴み、地面にたたきつけると、完全に動かなくなる。
俺は強盗の四肢をへし折ってから、改めてネックレスを回収した。
それを眺めながら乱れた制服を整えていると、慌てた様子で六人が戻ってきた。
そして、唖然とこちらを見ていた。
「ひ、一人で、倒したのか?」
「まさか……い、いくらなんでも、魔法が使えない状況でだぞ!?」
「し、知らなかった。こんな子が学園にいたなんて……」
「ば、化け物かよ……」
戻ってきた四人が、そろって似たような反応を見せる。
ほっとしたように息を吐いてくれたシーアに、俺もちょっぴり嬉しい。シーアには悪いが、心配されるのが嬉しいんだ。ちょっとでも、気にかけてくれているんだと思えるからな。
「一応、治癒魔法を使っておくわね」
「別にどこも怪我はしていないが」
「いいから。まだ、あたしの魔力は余っているんだから、受けておきなさいよ」
「へいへい」
シーアが俺の体に手を触れ、治癒魔法を発動する。
男に掴まれたときの傷、あるいは剣が掠ったときなどの傷もあったが、それらすべてが治った。
シーアの治療を受けている間に、四人が強盗に魔法をかけていた。
「何の魔法を使っているんだ?」
「睡眠の魔法と拘束の魔法ね」
それを念入りに使っているようだ。
魔法だけではなく、持ってきていた縄も使って体を縛り付けている。
あれだけされれば、中々解くのは無理だろう。
そもそも、睡眠の魔法から目覚めるかどうかというところからだよな。
治療を終えた俺は、体を軽く動かした。
「シーア、学園への連絡はしたのか?」
「そうね。倒したってことで、もう一度連絡を入れておきましょうか」
シーアはポケットから魔石を取り出す。
しばらくして、彼女は数度のやり取りを行ったあと、俺に魔石を渡してきた。
「学園長から」
「……了解」
俺は魔石を受け取って耳に当てる。
「もしもし、学園長なんですか?」
『お礼を伝えておこうと思ってね。どうやら一人で強盗を退治してくれたみたいじゃないか』
「まあ、たまたま相性がよかったからですけどね」
『それはまた、貴重な情報を得られたよ。また、詳しい話は学園に戻ってきてから確認しようと思う。そのときは、協力してくれたら嬉しい』
「もちろんですよ」
『ああ。とりあえず、帰りも気を付けて戻ってきてね。怪我のないように』
「はい、わかりました。もう他に連絡はありませんか?」
『大丈夫だ。それじゃあ』
学園長との通話はそこで切れた。
ちらとシーアを見ると、Bランクのリーダーと話している。
こちらの状況も伝え終わったようだ。
強盗の体を風魔法が包んでいた。まるで風の檻だな。
四人が、すっとこちらに頭を下げてきた。
「本当に、ありがとう三人共」
「キミたちがいなかったら、死んでたかもしれないからね……助かったよ」
「うんうんっ、今度学園に戻ったら何か奢るから声かけてよ!」
「それじゃあ、僕たちは先に戻るね」
彼らは強盗を連れて、森の外へと向かった。
途中で、馬の声が聞こえた。どこかに、隠していたのかもしれない。
ちらとリーベを見ると、彼女は一振りの剣を持っていた。
それは強盗が持っていたものだろうか? 一度も使っている姿は見ていなかったが、
「リーベそれ、冒険者たちの剣か?」
「ええ、そうみたいですわね」
「そうか。おまえから返してやってくれ」
「わ、わかりましたわ」
ちょっと緊張している様子だ。
もともとリーベは人見知りみたいだからな。
俺たちも、学園に戻るために馬車へと向かった。




