第三十四話
再び森へと戻ってきた俺はまず、中の状況を確認する。
さっきまでここにいた俺たちとしては、平和そのものだったこの森で人間同士の戦闘があったというのは、未だ現実感がなかった。
しかし、その空間にははっきりと魔力が揺れているのがわかった。
……数は四人と、一人。
四つは細々とした魔力で、残り一つは安定した呼吸から生まれる魔力だ。
「……犯人と思われる男がまだ近くにいるようだ」
「どういうことかしら? 逃走のためにこの森にきたわけではないのかしら……?」
追手を撃退した今、その場に留まる理由はないはずだ。
それでも、その場に残ったということは、何か他にも理由があるからだ。
「他の仲間たちが来るのを待っている、とか?」
「それらを倒すために? けど、それに何の利益があるのかしら? 向こうからしたら、面倒な戦いを増やすだけじゃない?」
「……正直に言うなら、さっぱりだな」
肩をすくめるしかない。
腕を組んでいたリーベが、俺のほうにやってきた。
「ちょうどいいですわっ! あの子たちのためにも、そいつをぶっ飛ばしてやりますわよ!」
今にも森へと入ろうとするリーベの肩を掴む。
……気持ちはわからないでもないが、無謀だ。
「相手が魔法を破壊してくるんじゃ、どうしようもないだろ?」
「け、けどですわよ! どうにかしてあげたいではありませんの!」
そりゃあどうにかできるのならな。
ただ、Bランクの人たち四人でもどうにもならなかったんだろ?
こうしている間にも、四人の魔力はどんどんと細くなっていく。
シーアが学園側に連絡をとっていたのだが、こちらに魔石を渡してきた。
『もしもし、聞こえるかアークくん』
その厳かな声に、俺は眉尻を寄せた。
声だけで分かる、只者じゃないと。
「……学園長よ」
小さくぼそりとシーアが耳元でささやく。学園長よりも、シーアの吐息に驚いた。
「……えーと、学園長。なんですか」
『キミたち三人に、強盗の捕獲……あるいは討伐をお願いしたい』
討伐。
つまりは、捕獲が難しいなら、殺してしまってもよいということだろう。
「俺たちに、ですか」
『ああ。リーベくんの実力は十分にわかっている。それに、アークくん。キミの実力もね』
「俺のことも知っているんですか?」
『この前のリーベくんとの決闘も見させてもらっているからね。素晴らしい戦いだった。……キミたち二人なら、Bランク四人のパーティーよりもはるかに強いだろうからね』
俺の持つ魔石に顔を近づいていたリーベが嬉しそうにはねた。
その間にシーアが割り込んでくる。……近い。正直いって、学園長の話が頭に入らなそうだった。
「それは光栄ですけど、どちらか一人は魔法が使えない状態で戦う必要があるんですよね?」
『ああ。作戦としては、魔法が使えなくなった一人が、四人を回収してシーアくんの治癒魔法で回復するんだ。そうすれば、数的有利は一瞬でとれるだろう』
「……なるほど。つまり俺たちは、囮ってわけですか」
『わかりやすく言えばそうだね』
モチベーションをあげるために、あえて先ほどのような言い方をしたはずだ。
俺はちらとシーアを見る。この作戦でもっとも大事なのは、シーアの治癒魔法になる。
シーアはこくりと頷いている。……彼女の真剣な目を見て、俺が首を横に振るわけがない。
「わかりました。できる限りはやってみますよ」
『ああ、お願いする。最悪、全員を救出して逃げてしまってもいい。それじゃあ、よろしく頼むよアークくん』
ふっと学園長が最後に笑ってから、通信が切れた。
「学園長がわたくしのこと褒めてくださいましたのー」
能天気な奴だな。
「学園長、かなり凄い人なのか?」
「そりゃあもう。この世界の魔力を二十年分は集めたって言われているほどだわ。まさに、世界の英雄よ」
「なるほどな」
そんな相手に期待されれば、確かに悪い気はしなかった。
冒険者たちに事情を説明してから、俺たちは森の中へと入る。
冒険者たちに協力してもらうってのも考えたが、万が一の場合にそのカバーをする必要がある。
そうなると、結局足手まといが増えてしまうかもしれないので、やめた。
「作戦はどうするかしら?」
「俺とリーベで突っ込んで、魔法を打ち消されなかったほうで突っ込むしかないだろ? そっちが時間稼ぎしている間に、シーアの治癒魔法で回復して……あとは数でおしきる」
「わかりやすくていいですわね!」
リーベがにっこりと笑ってから、拳を合わせる。
「ちょうど、体が鈍っていましたの! 全力で潰してあげますわよ!」
その拳をぐるぐると回す。
シーアが片目を閉じて、呆れた様子で腰に手をあてる。
「あたしは、一人分の治癒魔法は準備しておくわ。リーベも、最初の一撃だけは様子見で魔法を放ってみるといいわね」
「了解ですわ!」
俺は呼吸を行い、強盗が動いていないのを確認しながら進む。
……できれば、シーアを危険にさらす可能性のある戦いには参加したくないんだがな。
何かあったら、命をかけてでもシーアを守りぬく。
その決意を胸に抱きながら進んで進んで――そして見つけた。
「赤の服に、青のズボン……間違いないな」
呟くようにいって、茂みから様子を伺う。
男は倒れた木の上に座っていた。
手には剣のようなものを持っている。包丁……あるいはナタ、に近い形をしているが、人や魔物を相手にするためなんだろう。
刃の部分が大きい。
そこには血がついており、男は不気味な笑みとともに倒れていた四人の体を浅く斬りつけていた。
四人は痛みをこらえるような悲鳴をあげていて、そのたびに男は嬉々とした笑い声をあげていた。
おおよそ、正常な人間が発する声ではない。
目はうつろで、光はなく、まるで獣か何かのようだ。
その光景に、シーアとリーベが顔を顰めている。
俺は比較的冷静にそれを見ていられたのは、グルドの訓練があったからかもしれない。
「タイミングは、リーベに任せる」
「……それでは、いきますわよ」
リーベが一度息を吸ってから、顔を引き締めた。
彼女の顔には早く助けてあげたい、という感情がありありと見えた。
素直な奴……良いやつだな、こいつは。
リーベが片手を向けると同時、周囲から火の矢が現れ、それが男へと真っすぐに向かった。
「……ガァ!」
男はそちらを一瞥してから、左手に持っていたネックレスを掲げる。
瞬間、強い光があふれ、リーベの魔法が消えた。
奇襲は失敗だ。即座に俺たちは動き出す。
茂みから飛び出したリーベが魔法外装をまとう。全身が火に包まれ、服とともに変化していく。
彼女が大地を蹴りつけて、一気に強盗へと距離をつめた次の瞬間だった――。
彼女の体から火が失われる。彼の手で揺れるのはネックレスだ。あれが魔法を破壊する魔道具ということで間違いないようだ。
急激に力が抜けたことでリーベが、その場で足をもつれさせた。
それでも、すぐに起き上がって、四人のうちの一人の足を掴んだ。
それを見て、強盗は大地を蹴りリーベへと迫る。
そこに、俺は割り込んで足を振りぬいた。身体強化は60パーセントだ。
俺の一撃を、強盗は瞬時に剣で防いだ。幅広の剣で、俺の蹴りを確実に防いでみせる。
それでも、時間稼ぎは成功だ。リーベがシーアの隠れていた茂みにまで連れて行き、そちらで魔法があふれる。
「ガァァ!」
強盗は叫びながら、ネックレスを空へと掲げる。
今度は俺の魔法を破壊するってところか? そう思いリーベと交代の準備を整えていた俺だったが――。
「全員、気をつけろ! 奴は、すべての魔法を破壊するんだ! 一人じゃない、この空間内すべての魔法を――!」
シーアの治療を受けた男が、まだ完全に傷が治っていない状況でありながら、叫んだ。
次の瞬間、シーアの魔法が打ち消され、リーベもまだ同じように動けない状況となっていた。
そして、男がこれまで見せたことのないような最高の笑みを浮かべ、シーアのほうへととびかかった。
「シーア、逃げるのですわよ! 死んじゃいますわ!」
リーベが叫び、男が空中から剣を振り下ろそうとした瞬間――。
俺は身体強化を100パーセントまで引き上げて、殴り飛ばした。




