第三十二話
ウッドバードリーダーが翼を動かした。
風が吹き荒れ、それがまっすぐにリーベに向けられる。
合わせて、リーベが火の柱を打ち込んだ。
二つの力はぶつかりあう。ウッドバードリーダーは翼をさらに速く動かしたが――リーベの火柱のほうが威力は強かった。
風を吹き飛ばし、その体を飲み込もうとした瞬間、ウッドバードリーダーは空へと逃げていた。
地上以外となると、俺の身体強化だと難しいな。無理やり跳躍するとかできないこともないが、不利といわざるをえない。
リーベは火柱を止めるように、拳を握りしめたあと、空にいたウッドバードリーダーを睨みつけた。
ウッドバードリーダーはそこでまた何度か翼を動かし、風を生み出そうとしていた。
「面倒くさいですわね」
ぽつりとリーベが呟くと同時、周囲から火の手がうかびあがった。
四隅から囲うように伸びたそれに、攻撃準備をしていたウッドバードリーダーは反応が遅れる。
「ガァァァ!」
それは悲鳴だと思ったのだが――違う。
ウッドバードリーダーは何とか火の手からのがれたが、火がかすったようで火傷していた。
リーベが未だ空に浮かぶ魔物を睨みつけていたので、俺は声をあげながら、身体強化を40%まで引き上げる。
「リーベ、手下たちが突っ込んでくるから、一応気を付けておけよ」
矢のような速さで飛びかかってきたのはウッドバードだ。
鋭いくちばしを矢にでも見立てたのだろう。まっすぐに襲い掛かってきたそいつを蹴り潰した。
次に、シーアを狙った一撃。
それを、瞬時に間に割り込んで肘を落とす。
「……よく見えるわね」
「まだこのくらいは余裕だ」
今度は俺を狙って背後から――振り返りざまに首根っこを掴んで、足元にたたきつけ蹴り飛ばした。
次に飛び掛かってきていたウッドバードのくちばしに、そいつが突き刺さった。
敵が動かなくなったのを確認してから、俺は手についた木材の羽を叩き落とした。
リーベがちらと俺を見てから、炎を巻き上げた。それは、逃げようとしていたウッドバードリーダーを完全に囲んで、飲み込んだ。
火が消えたそこには丸焦げになったウッドバードリーダーがいて、力なく落ちてきた。
ずしん、と大地を揺らすような音が響いた。
そちらに近づき、ナイフで体をさいてから魔石を取り出した。
「おっ、結構良質な魔石みたいだな」
「ええ、これで依頼にあったウッドバードリーダーの討伐は達成ね。あとは、もう少しウッドバードを倒して、数自体を減らしておけば十分だわ」
「意外とあっさり終わったな。やっぱ、リーベのおかげか?」
「ふふん、そうでしょう?」
「ええ、そうね」
「え? あ、あれ……わたくし、馬鹿にされるの待っていましたのに!」
驚いたようにリーベが叫び、腕を振り回している。
まあ、仕事をしてくれて助かったのは本当のことだからな。それを馬鹿にするつもりはまったくなかった。
ただ、リーベはどうやらただただ褒められるのが慣れないようだ。
「馬鹿にされたいのか?」
「そ、そういうわけではありませんわよ! けど、物足りない!」
「バーカバーカ」
「う、うるさいですわ! あぁ! この感覚ですのよ!」
嬉しそうにリーベが満面の笑顔を浮かべる。
……リーベがちょっとまずい方向に進んでいる気がしたが、俺とシーアは特に何も言わなかった。
「リーベの魔法って、結構即座に打ち出せるのか?」
「ええ、まあ」
「前に戦った魔法使いは、魔法の準備時間みたいなものがあったんだけど、それがないのは魔法外装のおかげなのか?」
「別に魔法外装は魔法を即座に打ち出すための技ではありませんわよ?」
「そうなんだな。じゃあ、なんでそんな即座に打てるんだ?」
「うーん、と……色々、こう準備していますのよ!」
「……準備?」
「ええ、そうですわ! よく説明できないですけれど!」
リーベがにこっと明るく笑う。相変わらずの、何も考えていない笑顔に、俺は何もいう気力さえ、わかなくなった。
そんな様子にシーアが軽く息を吐いた。
「まったく……才能のある人は、なんだかこういう感じの魔法、というものを用意しておけるみたいよ?」
「……こういう感じの魔法?」
「事前に、使う予定の魔法を準備しておくみたいだわ。……人によっては魔法名を考えていて、言葉をキーにして一瞬で使えるように、ね」
……なるほどな。
例えば、ファイアーショットといえば、火を打ち出す魔法だとわかりやすいだろう。
そんな感じで自分の中での決め事をしておくことで、即座に魔法が打てるようになるのかもしれない。
「アークの20パーセントとかも似たようなものじゃない?」
「……そういえば、そうだな」
ある程度、自分の中で強化の具合を決めている。
基本的には二十、四十、六十といった、二十の倍数での強化を基本としている。
だから、それ以外の強化になると、意識的に行う必要も出てくる。
そんな感じってことか。
「だから、強い魔法使いになればなるほど、あらゆる状況に対応できる魔法を即座に打てるようになるのよ。もちろん、肉弾戦も合わせてね」
「ふふん、強い魔法使いですわよ!」
「リーベはそんなに即座に打てる魔法ないでしょうが」
「い、今勉強中ですの!」
なるほどな。
俺も、聴力強化などの部位だけの強化をもっと即座に打てるようにするとか、色々と工夫する必要があるのかもしれない。
いくら、若い間がもっとも魔法が強い時期といわれても、今のリーベと互角の力ではこの先がおもいやられるからな。
俺が目指すのはあくまで最強だ。
そのためにも、シーアにだって負けていられない。
俺はそんなことを考えながら、またウッドバードの探索をはじめていく。
多少、先ほど言われたことを意識しながらだ。
ウッドバードを三十体ほど倒してから、俺は肩を伸ばした。
「こんなところでいいんじゃないか?」
気持ちよさそうな声をあげ伸びをしていたリーベも、頷いている。
そろってシーアを見るとこくりと頷いた。
「まあ、これだけ倒して文句を言われたらもうどうしようもないわ。……戻りましょうか」
「ああ、そうだな」
俺たちが森の外へと向かって歩き出したところだった。
シーアが持っていた通信用魔石が震えた。
「何かしら?」
「進捗状況でも聞きたがっているんじゃないか?」
「……うーん、そんなことあるのかしらね? りーべ、まえにうけた討伐依頼のときはどうだったかしら? あたし、受けたことがないからわからないのよ」
「うーんとですわね……。わたくし、何度も連絡来ましたわよ!」
それは、リーベがあまりにもあれで心配だったからではないだろうか。
シーアも同じようなことを思ったようで、諦めた様子通信用魔性を取り出した。
彼女はそれを耳にあてながら、何度か声をあげていく。
「……学園に強盗が? はい」
俺たちにもわかるように単語を繰り返してくれる。
……学園に強盗。
「……サラマンダー国のほうへと逃げたのが確認されていて、もしかしたらあたしたちのほうに向かっているかもしれない、ですか……だから、すぐに避難を……なるほど。Aランク依頼として、すぐに高ランクの人間が追いかけている……わかりました」
シーアは連絡をきってから、息を吐いた。
少し眉間にしわを寄せている。
「こちらに学園にしまってあった魔道具を盗んだ男が向かってきているみたいよ」
「……なるほどな。それで、避難か。急いだほうがいいんじゃないのか?」
「……そうね」
「なんでですの? ぶっ倒してしまえばいいではありませんの!」
拳を振りぬいたリーベに俺たちは顔を見合わせる。
「相手の力がわからないわ。……それに、強盗がぬすみだしたのは、魔法を破壊する魔道具よ」
「……そんなものがあるのか?」
「ええ。以前、他世界から回収されたものよ。何の対応策もなしに戦うのは危険よ」
「だろうな」
それに、シーアを危険にさらすわけにはいかない。
俺たちの言葉に、リーベは不満げながらも頷いた。




